深部静脈血栓症/肺塞栓症 deep vein thrombosis/pulmonary embolism
疫学
・深部静脈血栓症(以下DVT: deep vein thrombosis)と肺塞栓症(以下PE: pulmonary embolism)とを合わせ、静脈血栓塞栓症(VTE: venous thromboembolism)と呼ぶ。
・DVTは通常、下肢に生じるが、ときに上肢や腸間膜静脈などにも形成される。ここでは下肢のDVTを主に取り上げる。
・ノルウェーからの報告ではVTEの初回発生率は1,000人年あたり1.43とされる。
・PEによる死亡と関連する予後因子としては、70歳以上であること、悪性腫瘍、うっ血性心不全、慢性閉塞性肺疾患、収縮期血圧が低値、頻呼吸、心エコーで右室運動低下が指摘されている。
・PEの主なリスク因子としては高齢(≧65歳)、長距離移動、血栓性素因を有する(例: 第Ⅴ因子ライデン変異)、肥満、喫煙、高血圧、糖尿病、大気汚染、安静/術後、外傷後、経口避妊薬/妊娠/閉経後のホルモン補充療法、悪性腫瘍、急性疾患の発症(例: 肺炎, 急性心不全)などが挙げられる。
診断
・比較的大きなPE(Massive PE)は特に迅速に診断するべきで、ショック状態など血行動態が破綻する危険を有する。最終的にPEは造影CT撮像で診断されることが一般的である。
・検査前確率が低い患者であれば、D-ダイマーが基準値内であることをもって、VTEは除外できる。
・検査前確率は臨床症状、身体所見、酸素飽和度、胸部X線所見、心電図異常、既往歴/家族歴などから総合的に判断される。また、Clinical predicitono ruleも使用可能で、特にPEを疑った場合にはWellsスコアと改訂Genevaスコアが広く使用されている。
・WellsスコアはDVTにも利用され、肺塞栓症に関するWells score(Wells score for pulmonary embolism)では4点をカットオフ値とすることが多く、これにより可能性が高いか低いかを二分する。
・メタ解析によるとWellsスコアと改訂Genevaスコアは同程度の正確性を有するが、完全に同等とまではいえず、肺塞栓症の発生率や診療セッティング(外来 or 入院)など様々な状況を勘案し使い分けるべきと指摘される。例えば改訂Genevaスコアは肺塞栓症を診断される割合が高い状況でより使用されるべきである一方で、Wellsスコアは入院患者に対してのみ検証されたスコアリングであるため、内的妥当性については留意して使用しなければならない。
・一般的に動脈血液ガス分析、胸部X線撮影、心電図はPEの診断に対して感度も特異度も十分でない。ただし、なかでも心電図検査はPEの可能性を低めるのには有用である可能性が示唆されている。心電図変化としてはSⅠQⅢTⅢパターン、V1-3誘導での陰性T波、洞性頻脈、右室拡大に伴う時計方向回転(移行帯がV5などに移動)などがみられることがある。ただし、いずれの所見も感度が十分高いはいえない。
・D-ダイマーはフィブリンの分解産物であり、VTEでは通常上昇する。D-ダイマーは急性VTEあるいはPEを除外する感度が非常に高く(95%以上)、通常カットオフ値は500μg/Lに設定される。したがって、このカットオフ値を下回るようであれば、検査前確率が低いあるいは中程度のケースでは急性VTEを除外できる。なお、検査前確率が高いケースではD-ダイマーの値のみで除外することはできないことに留意する。また、65歳以上の高齢者、妊婦などにおいてもD-ダイマーの有用性は相対的に低くなることが知られている。
DVTと超音波検査
・DVTの主な画像診断法として超音波検査が挙げられる。
・2-point compression ultrasonography(2-point CUS)が簡易なスクリーニング法として知られ、大腿静脈と膝窩静脈の2点で、静脈圧迫法を用いながら評価する。ただし、急性期血栓は柔らかいことが多いので、あまり強く圧迫しないことも重要である。
・この方法で陰性であった場合、おsの3ヶ月後のVTE発症率は低いことも知られている。
・なお、膝窩静脈より近位部のVTEを近位型DVTと呼び、遠位部のDVTを遠位型DVTと呼ぶが、無症候性遠位型DVTはルーチンでの治療対象とすることは推奨されていない。あくまでPEのハイリスクとなるのは近位型DVTである。
診断後の予後層別化
・PEと診断された患者は予後に基づいて層別化されるべきである。
・層別化にはPulmonary Embolism Severity Index(PESI)が利用できる。
・高リスク患者は有症状患者の約5%を占め、短期死亡率は約15%とされる。
・中リスク患者は有症状患者の約30%を占め、通常入院は必要で、血栓溶解療法の有益性について検討が必要である。
・低リスク患者では短期死亡率は約1%で、早期退院や外来治療が可能なケースが一部存在する。
・低~中リスク患者をnon-massive PEと呼ぶことがある。また、心エコー検査、高感度トロポニン、NT-proBNPなどのバイオマーカーの測定も予後の層別化をより正確にする可能性がある。
治療
・補液の有用性については一定の見解がないが、血圧低下やショックのケースでは補液のほか循環作動薬の使用も検討される。
・酸素飽和度低下に対しては速やかな酸素投与を開始し、最低でもSpO2 90%以上を維持できるようにする。
・抗凝固療法としては未分画ヘパリン(UFH)が使用されることも多い。なお、低分子ヘパリンと未分画ヘパリンの臨床的有用性は同等とメタ解析で示されている。
・抗凝固療法の治療期間についてはVTE再発リスクと治療に伴う出血リスクとの比較考量で決定されるべきである。また最も懸念されるのはVTEの再発であるため、リスク因子の有無、抗凝固療法中止1ヶ月のD-ダイマー値、下肢静脈内の血栓の残存の有無などを考慮して総合的に検討される。
・現在はDVTあるいはPEの患者は少なくとも3ヶ月間は抗凝固療法を受けるべきと考えられている。発症の誘因となったリスク因子が除去された場合には抗凝固療法の中止も検討する。一方で担癌状態での発症などでは癌が治癒するまでは抗凝固療法を継続するべきという見方もある。
・DOACの利用も有用な選択肢として、挙げられ、経口抗凝固薬としては禁忌がない限り、ワルファリンよりも優先して選択される。なお、初期に静注抗凝固療法を必要としないDOACとしてはリバーロキサバン(イグザレルト®)、アピキサバン(エリキュース®)があり、初回から内服のみで治療可能。また、投与開始時の投与量と、維持量の投与量が異なる点に注意する。腎機能低下などを理由にDOACを利用できない場合にはワルファリンが選択されるが、ワルファリンは投与開始から治療域に達するまで4~5日ほどかかるため、治療開始当初はへパリンなどとの併用が必要である(bridging)。
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<参考文献>
・Goldhaber SZ, Bounameaux H. Pulmonary embolism and deep vein thrombosis. Lancet. 2012 May 12;379(9828):1835-46. doi: 10.1016/S0140-6736(11)61904-1. Epub 2012 Apr 10. PMID: 22494827.