筋痛性脳脊髄炎(ME: myalgic encephalomyelitis)/慢性疲労症候群(CFS: chronic fatigue syndrome)
筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群の疫学および予後
・筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(以下ME: myalgic encephalomyelitis/CFS: chronic fatigue syndrome)は重度の疲労感、認知機能障害、睡眠障害、自律神経障害、疼痛などを特徴とする疾患で、ときに日常生活を送ることができないほどの重度の疲労感を伴う。
・診断基準が一定しておらず、診断に有用な検査所見などもない。
・ME/CFSは2015年に米国医学研究所(IOM)により、全身労作不耐症(SEID: systemic exertion intolerance disease)という名称が提唱された。
・男女比は1:2程度とされていて、女性に好発する。
・あらゆる年齢に発症し得るが、典型的には中年女性に好発する。
・有病率は0.004%~0.0087%という推定がある。
・予後は様々である。発症後5年間は多少の改善がみられることがあるが、通常は発症前の機能レベルを下回った状態で横ばいの形に推移する。ほとんどの患者は発症前の状態に回復することはない。
・機能障害が軽度の場合では勤務時間を短縮することなどで対処できる場合があるが、重度の場合では寝たきりの状態にもなり得る。
・日によって状態が良い日と悪い日とがあり、悪い日はcrash daysと呼ばれる。回復しやすい患者は多くの休息をとっている傾向がある。
・重症化のリスク因子としては①発症時の重症度が高い ②母親が線維筋痛症を有する ③線維筋痛症を併存する などが挙げられる。
・ME/CFSはときに重度の衰弱を伴い、失業率は35~69%とされる。その観点で社会や個人に与える影響が大きい。
・ME/CFSは医療者間における認知度が低いため、症状発現から診断に至るまで数年間かかることも稀でない。また、ME/CFS患者のうち、最終的に実際に診断されたのはわずか20%という報告もある。
病態生理
・ME/CFSの特定の原因は発見されていない。
・ME/CFS患者の50~80%はインフルエンザ様症状から始まり、そこから回復することはない。ME/CFSはウイルス、細菌などによる感染症の後に発症することが多い。ウイルスではEBV、PVB-19、新型コロナウイルスなどの関連が指摘されている。また、副鼻腔炎、気管支炎、胃腸炎などの後に発症することがある。
・遺伝的素因も指摘されていて、成人においては女性であることが素因の一つとされる。
・免疫系の機能不全の関連も示唆されている。特に病的疲労感は複数の要因によるもので、免疫系、認知機能、睡眠、自律神経系などの要因によって生じている。強い疲労感やインフルエンザ様症状はIFNやインターロイキンなどを含む、様々なサイトカインのレベル上昇と関連している可能性がある。さらに認知機能低下はNK細胞の機能低下と関連していることが示唆されている。
診断プロセス
・まずは易疲労感、睡眠障害、認知機能障害、疼痛を引き起こす治療可能な疾患を除外することが重要。他に治療可能な疾患が存在する場合にはその治療がなされるまではME/CFSという診断は保留されるべきである。
・ME/CFSには併存しやすい疾患がある。そのなかには主に線維筋痛症、起立不耐症(本邦では起立性調節障害が類似)、過敏性腸症候群、過活動膀胱、間質性膀胱炎、顎関節症、片頭痛、アレルギー疾患、甲状腺炎、レイノー現象、僧帽弁逸脱症候群などが含まれる。
・診断基準は複数提唱されているが、ここではカナダの診断基準(2003年)を提示する。
<治療可能な鑑別診断>
<内分泌/代謝性疾患>
・アジソン病/Cushing症候群/糖尿病/甲状腺機能低下症/甲状腺機能亢進症/鉄過剰症/重度肥満症(BMI>40)
<リウマチ性疾患>
・全身性エリテマトーデス/関節リウマチ/リウマチ性多発筋痛
<感染性疾患>
・HIV感染症/ライム病/結核/慢性肝炎
<神経性疾患>
・多発性硬化症/Parkinson病/重症筋無力症/ビタミンB12欠乏症
<貧血>
・鉄欠乏性貧血/他の原因による貧血
<睡眠障害>
・睡眠時無呼吸症候群/ナルコレプシー
<その他>
・物質中毒/悪性腫瘍
<実施を検討するべき検査>
・血算/分画
・ESR/CRP
・鉄動態(血清鉄/TIBC/フェリチン)
・ビタミンB12/葉酸
・電解質:Na/K/Ca/P/Mg
・空腹時血糖/HbA1c
・生化学(肝腎機能など)
・甲状腺機能(FT4/TSH)
・血清CK
・血清アミラーゼ
・25-OH-Vit.D
・感染症関連項目(HIV/肝炎ウイルス/ライム病/Q熱など)
・午前と午後のコルチゾール値
・レニン/アルドステロン比
・ACTH/PRL/テストステロン
・RF
・可能であればtilt table test
・多発性硬化症が疑われるならば頭部MRI撮像
・尿検査
カナダの診断基準(2003年)
- 疲労感(必須)
- 労作後の倦怠感および疲労感(必須)
- 睡眠障害(過眠または不眠) (必須)
- 疼痛(必須)
- 神経学的/認知機能の障害(下記2つ以上)
・錯乱
・集中力低下, 短期記憶障害
・見当識障害
・情報処理, 分類・単語検索困難
・知覚・感覚の障害
※運動失調, 筋力低下, 筋線維束収縮がみられることは一般的.
認知機能, 感覚機能, 感情の過負荷が起きることがあり, 抑うつなどをもたらすことがある.
6. 以下3カテゴリーのうち, 2カテゴリー以上で, 各1つずつ以上.
・自律神経系の障害(起立不耐症/立ちくらみ/極端な蒼白/悪心やIBS/頻尿や排尿障害/動悸/労作性呼吸困難)
・神経内分泌系の障害(体温調節障害/発汗や繰り返す体熱感/四肢の冷え/暑さ・寒さへの耐性低下/体重変化/適応性低下やストレスによる症状悪化)
・免疫系の障害(リンパ節の圧痛/繰り返す咽頭痛/繰り返すインフルエンザ様症状/倦怠感/新たな食物過敏/薬剤過敏/化学物質過敏)
7. 症状の継続が6ヶ月以上(小児は3ヶ月が適切)
臨床症状
<疲労感>
・ME/CFSにおける易疲労感は病的といえるほどのものであり、通常の疲労感よりも強いものである。
・疲労感には身体的な疲労感、認知的な疲労感があり、患者によっては脱力感、めまい、眠気などが伴うこともある。
・患者の疲労感の程度は患者によって様々であり、重度であれば寝たきりの状態もあり得る。
・Medical Outcomes Study(MOS) Short Form-36(SF-36)という質問票もあり、評価に有用かもしれない。
<労作後の倦怠感および疲労感(PEM: post-exertional fatigue and malaise)>
・PEMはME/DFSを特徴づける症状の一つである。
・PEMは激しい身体的/精神的/認知的な労作後の疲労感を指す。つまり、最小限の身体的/精神的/認知的な労作の後に症状が悪化する。例えば通常の日常生活活動(歯磨き, シャワーなど)の後でも回復しないほどの倦怠感や疲労感を伴う。
・回復が病的なほど遅く感じられるのも特徴である。
<睡眠障害>
・患者は睡眠によってもリフレッシュできない。これは入眠困難、中途覚醒、昼夜逆転などが原因である。
・特に発症初期や若年患者では日中の過眠(過度な眠気)がみられることがある。
・患者の20%では睡眠時無呼吸症候群(SAS)、むずむず脚症候群(RLS)、あるいはその他の睡眠障害が併存する。
<疼痛>
・筋肉痛や関節痛を経験する患者の割合が高い。
・疼痛は移動することが多い。
・疼痛は慢性的で、軽度から重度なものまで様々で、線維筋痛症の診断基準を満たすことが多い。
・重度の頭痛を伴うこともあり、パターンが異なることもある。
<神経学的/認知機能の障害>
・認知機能は疲労とともに悪化する。
・認知機能障害はしばしばBrain fogとも表現される。
・症状としては混乱、集中力低下、注意力低下、情報処理の遅延、短期記憶力の低下、見当識障害(特に場所)、分類/単語検索が困難といったものが知られる。
・運動失調、筋力低下、筋線維束収縮はしばしばみられる所見である。
・患者はときに感情的に耐性が小さくなり、不安なども伴いやすくなる。
治療
・以下に記載する症状に関するマネジメントは主にExpert opinionによるものが主で、エビデンスレベルが高いものとはいえない。
・現在までにME/CFSに関して特異的な治療法は存在しない。
・治療の目標は症状/機能/QOLの改善を図ること、症状の悪化を予防することにある。また慢性的な複雑な消耗性疾患であるため、患者自身の心理面への影響も含めた支援することにある。ときにうつ病や自殺企図につながってしまうこともあるため、その可能性を予防することも重要である。
・「気持ちのせいだ」という風な対応をされてきた患者も多いため、まずはME/CFSという疾患を認識してもらうことが重要な場合があり、そこが治癒に向けた第一歩になることがある。もちろん良好な患者-医師関係の確立も重要である。
<疲労感と労作後倦怠感(PEM)>
・症状が悪化する場合には運動を中止するべきである。
・あくまで個々の患者に合わせて運動プログラムを調整することが重要。
・ペース配分が重要で、活動と活動との間に休憩を適切に挟むことで、ペース配分を習得できれば、疲労感を最小限に抑えることができる。
・疲労感に対する薬剤の使用は推奨されていない。
<睡眠>
・患者は目覚めたときにスッキリせず、就寝前と同じくらいの疲労感を自覚していることも多い。
・睡眠衛生を適切に維持することが重要。決められた時刻に就寝して起床することで、概日リズムを維持することが重要。就寝時刻を定めることが難しい場合にはまず起床時刻を連日固定することが重要。また、夜間のテレビ視聴なども避け、就寝前の20~60分間ほどはリラックスして、気持ちを落ち着かせることが重要。
・睡眠衛生の指導のみで対処が困難なこともあり、必要に応じて睡眠導入剤を使用する。
<疼痛>
・ME/CFSの疼痛は筋肉や関節に生じ、移動性であることが多い。ときに頭痛を伴うこともある。
・一部の患者では瞑想/リラクゼーション、温浴、マッサージ、ストレッチ、鍼治療、カイロプラティック、ヨガ、太極拳、理学療法、神経ブロックなどが有効とされる。
・鎮痛薬としてはアセトアミノフェン、NSAIDs(ジクロフェナク/ナプロキセンなど)、抗うつ薬(デュロキセチン/ミルナシプラン)、抗けいれん薬(ガバペンチン/プレガバリン/バルプロ酸/トピラマート)、オピオイド(トラマドール/リン酸コデイン/オキシコドン/モルヒネ)などが検討可能。
・疼痛管理が困難な場合にはペインクリニックなどとの連携も重要。
<認知機能>
・短期記憶障害がみられる場合には覚えておく必要のあることをメモする習慣をつくることが重要。あとは前述のように作業に関してペース配分を重視する。
・有効な薬剤は現時点で明らかでない。
<抑うつ状態/不安>
・同じ境遇の患者とのグループ活動はときに安心感をもたらし、孤独感を軽減する可能性がある。
・薬物治療としては不安症、うつ病、強迫性障害などと同様の薬剤が検討される。ときに薬物に対する過敏性がみられるため、低用量から始め、数週間かけて漸増することが望ましい。
・非薬物治療としては認知行動療法(CBT)は有効な場合がある。ME/CFSは身体疾患であり、精神疾患でない。慢性疾患と向き合う手助けをし、感情的な反応をうまく管理できるようにすることが大切。
<起立不耐症>
・多くの患者がめまい、立ちくらみ、失神、動悸などの症状を自覚する。
・起立不耐症が生じた際には座位になる、臥位になるなどの対処が重要。
・長時間の立ち仕事は回避できたほうがよい。
・ときに弾性ストッキングは有効。また水分と塩分を適切に摂取することも勧められる。
・薬物治療としてはミドドリンの内服が有効なケースがある。頻脈や動悸に対してプロプラノロールなどが有効なケースがある。
<消化器系の症状>
・バランスの取れた規則正しい食事が重要。
・腸内細菌叢の乱れがある場合にはプロバイオティクスで症状改善する場合がある。
<泌尿器系の症状>
・ME/CFS患者では頻尿、排尿困難、排尿時痛を自覚することがある。
・間質性膀胱炎、子宮内膜症なども生じ得るため、必要に応じて専門医へ紹介する。
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<参考文献>
・Bested AC, Marshall LM. Review of Myalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome: an evidence-based approach to diagnosis and management by clinicians. Rev Environ Health. 2015;30(4):223-49. doi: 10.1515/reveh-2015-0026. PMID: 26613325.