くも膜下出血 SAH: subarachnoid hemorrhage
くも膜下出血とその疫学
・くも膜下出血(以下SAH: subarachnoid hemorrhage)は脳卒中の一つで、約85%は脳動脈瘤の破裂に起因する。
・発症平均年齢は55歳と報告される。
・女性は男性の1.6倍多く発症すると報告されている。
・SAHは脳出血や脳梗塞よりは発症率が低いが、より発症年齢が低い傾向にある。
・地域差はあるが、年間発症率は人口10万人あたり約9.1例とされている。
・SAHの約半数は睡眠中または安静時に発症するが、約19%は運動中あるいは運動後2時間以内に発症する(OR:2.7(95%CI: 1.6~4.6))。ただし、定期的な運動は高血圧症の是正など、SAHのリスク因子の修正に寄与し、相対的にメリットが上回ると考えられている。
リスク因子
・脳動脈瘤の存在、加齢、女性、SAHの家族歴はSAH発症のリスク因子である。
・第1度近親者の家族歴がある場合のSAH発症リスクは一般人口の3~7倍であるが、第2度近親者の家族歴がある場合は一般人口と同程度のリスクとされる。
・そのほか修正可能なリスク因子としては喫煙、高血圧症、アルコール過剰摂取が挙げられ、これらのリスク因子は各々単独でリスクを約2倍に増加させることが知られている。なお、脂質異常症がSAHのリスク因子になるかどうかは不明瞭である。
・脳動脈瘤破裂の最大のリスク因子は高血圧症、加齢と考えられている。そのほかADPKD(常染色体劣性多発性嚢胞腎)の患者でも併発しやすいことで知られる。なお、症候性の脳動脈瘤、増大傾向にある脳動脈瘤は修復手術の適応となる。
・AKPKD患者の約10%は無症候性の脳動脈瘤を有する。
病態生理
・SAHの多くは脳動脈瘤破裂によって生じる。脳動脈瘤は高血圧症などの血行力学的負荷による内弾性板の変性、中膜の菲薄化をきたし発症する。破裂した脳動脈瘤の平均サイズは6~7mmとされる。
・動脈瘤破裂によるSAHではほとんどのケースでくも膜下腔に血液が流入する。
・出血後3~14日目に二次的に生じる脳血管攣縮によって遅発性の脳虚血が生じることがある。神経学的機能の悪化が約1/3でみられる。
・SAHには全身性の反応を合併することがある。特に呼吸器障害(肺水腫、ARDS)、心臓障害(不整脈、収縮異常(たこつぼ心筋症も含む))、電解質異常などを来す場合がある。これは交感神経系の賦活、カテコラミンの増加、RAS系の活性化などが関与していると考えられている。
・ときに水頭症や再破裂も合併する。
診断
・典型的には突発完成の頭痛を来し、雷鳴頭痛を呈する。
・患者の約70%で頭痛を自覚し、そのうち約50%は頭痛の突然発症のOnsetに相当する。頭痛の程度よりも、突発完成という発症様式にこだわることが重要。
・頭痛以外に症状がみられないケースが約半数を占める。そのほかのケースでは悪心/嘔吐、失神、局所の神経症状が認められる。
・頭部単純CT撮像はSAHの診断に有用である。ある前向き研究では約3,000人超の非外傷性SAH患者のCT画像を評価し、発症6時間以内での撮像であればSAHの診断を感度100%で行えたのに対し、その後は時間経過とともにdensityが低下して、SAHを認識しにくくなる傾向にあったことが示された。実際、はじめの72時間以内では感度97%以上であるが、5日以降では50%に低下する。換言すれば発症6時間以内のCT撮像で特記所見がなければ腰椎穿刺を追加で実施する必要性が乏しいことがわかる。腰椎穿刺では髄液中に赤血球やキサントクロミーが認められれば、SAHの診断を裏付けるものになる。なお、穿刺時の出血が混じる場合もあり、トラウマタップとも呼ばれる。
・SAHが除外できない場合には頭部の血管造影検査も選択肢には挙げられる。破裂した脳動脈瘤に対するコイル塞栓術などは血管造影下で実施される。
・メタ解析では動脈瘤の検出を目的とするMRI/MRA撮像の感度は95%、特異度は89%とされている。またCTで確認できない出血をMRI-FLAIRで描出できることもある。
・重症度分類としてはHunt and Hess分類やWFNS分類が用いられる。
マネジメント
・まずは他の救急疾患と同様にABCDの確保が重要。
・再出血予防のためには十分な鎮痛、鎮静を要し、降圧も重要である。降圧薬にはニカルジピンを利用することも多い(例: ニカルジピン1~2mL静注し, その後, 体重なども加味して持続静注)。降圧目標はsBP<120mmHgとすることも一般的。
・そのうえでコイル塞栓術などによる出血源の管理が行われる。早期死亡の主な原因としてはSAH自体による脳損傷や、修復術前の再破裂に起因しやすい。
・再破裂は発症72時間以内に8~23%のケースで併発すると報告されている。そのうち50~90%ははじめの6時間以内に発生する。入院時の高血圧、動脈瘤のサイズが大きい、抗血小板薬内服などは再破裂のリスク因子となる。
・再破裂リスクを減少させる可能性がある薬剤としてはトラネキサム酸などの抗線溶薬が挙げられる。RCTでは動脈瘤に対する修復術がなされるまでの間にトラネキサム酸を使用(1gを6時間毎に72時間まで投与)することで再破裂リスクが低減することが示唆されたが、予後の改善は乏しかった。エビデンスが十分とはいえないと考えられる。
・開頭クリッピング術とコイル塞栓術(血管内治療)とでは可能であれば血管内治療を行うことが推奨されている。メタ解析ではクリッピング術よりもコイル塞栓術の方が10年後の生存率などが有意に良好であったことが示されている。
・SAHの約20%では水頭症を合併する。World Federation of Neurosurgical Surgeons scaleでGrade 2以上の重症度の場合ではシャント術の適応となる。水頭症患者の約30%は24時間以内に改善経過に転じるが、致死的な転帰をたどるケースもある。
・SAH発症後は頭蓋内圧20mmHg未満に維持し、脳灌流圧を50~70mmHgに保つことが推奨されている。
・SAH患者の2%で長期的にてんかん(Epilepsy)を発症する。出血の程度(重症度)がてんかん発症のリスクに関わる。
予防
・「脳動脈瘤の近親者が2人以上いる場合」、「第1度近親者に脳動脈瘤の患者がいる場合」、「大動脈縮窄症、ADPKDの患者」「双子の一方に脳動脈瘤あるいはSAHが発見された場合」では未破裂脳動脈瘤を想定したスクリーニングが推奨され、5年ごとの間隔でのスクリーニングを検討する。
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<参考文献>
・Macdonald RL, Schweizer TA. Spontaneous subarachnoid haemorrhage. Lancet. 2017 Feb 11;389(10069):655-666. doi: 10.1016/S0140-6736(16)30668-7. Epub 2016 Sep 13. PMID: 27637674.