急性冠症候群 ACS: acute coronary syndrome

急性冠症候群とその疫学

・急性冠症候群(以下ACS: acute coronary syndrome)は不安定狭心症(UAP: unstable angina pectoris)、ST上昇型急性心筋梗塞(STEMI)、非ST上昇型急性心筋梗塞(NSTEMI)の3つを包含する。

・心筋梗塞には発症の原因によってType1~5に分類される。

・アテローム性動脈硬化によって発症するType1の心筋梗塞は心電図所見に基づきNSTEMIとSTEMIに分類され、高感度トロポニン(hsTn)の上昇を伴う。

Type2では酸素需要が亢進するか、あるいは酸素供給が減少することで発症する心筋梗塞を指す。

・そのほかType3は予期せぬ心臓突然死に関連するもの、Type4はカテーテル治療に関連するもの、Type5はCABGに関連するものと区別されている。

・アテローム性動脈硬化と関係性が低い、Type2の心筋梗塞はType1のそれよりも死亡率が高い傾向にあることが重要である。Type2の心筋梗塞に関するデータは豊富とはいえないが、集中的な脂質プロファイルの改善によって発症率を低下させる可能性が示唆されている。

・また臨床的に心筋梗塞と診断されたにも関わらず、冠動脈造影検査で冠動脈閉塞が指摘できない場合がある。この状態は通常、①MINOCA(Myocardial infarction with no obstructive coronary artery disease) ②特発性冠動脈解離(SCAD: spontaneous coronary artery dissection) のいずれかである。

・全ACSの5%未満をSCADが占め、通常は妊婦または産後の女性、ホルモン治療を受けている方などでリスクが高いと言われている。SCADのマネジメントに関するRCTは実施されていないため、不明確な部分もあるが、薬物療法による保存的加療と積極的な二次予防がなされることが通常である。ほか、線維筋性異形成症などが併存している可能性も想定する。

ST上昇の定義

連続する2つの誘導でST上昇が認められる場合にSTEMIと判断する。

・ST上昇は誘導と性別とによって定義が異なる。

・通常は1mmでST上昇と判断するが、V2~3誘導だけは定義が異なる。

V2~3誘導では女性の場合は1.5mm男性は2.5mm(<40歳)あるいは2.0mm(≧40歳)でST上昇が生じていると判断される。

身体所見

・ACSに特異的な身体所見はない。

頻脈、脈圧低下、血圧低値、肺うっ血/体うっ血徴候、末梢灌流低下(例: 四肢の冷感)はいずれも危険な状態を反映する。

Killip分類は急性心筋梗塞の重症度評価に用いられることがある。Ⅰ群:心不全徴候なし, Ⅱ群:軽度~中等度心不全(肺ラ音聴取域<両肺野の50%), Ⅲ群:肺うっ血(肺ラ音聴取域≧両肺野の50%), Ⅳ群:心原性ショック(sBP<90%/尿量減少/皮膚冷感・冷汗/意識障害など)と分類される。

・心筋梗塞の機械的合併症としては左室自由壁破裂(LVFWR)/心タンポナーデ、心室中隔穿孔(VSP)、僧帽弁乳頭筋断裂(MR)が主に知られる。

NSTE-ACSが疑われる場合の評価

・ACSを疑った場合の診療は迅速な診療が求められるが、通常、病院の受付に来られてから10分以内に心電図検査を行うことが推奨されている。

・病歴や症状からACSが疑われ、心電図検査で少なくともSTEMIではないことが確認された場合には主にNSTEMとUAPとが鑑別疾患として残り、この状況をNSTE-ACS(non ST-elevation ACS)と呼ぶ。

・NSTE-ACSの心電図では陰性T波ST低下が認められることがあるが、これらは特異的な所見ではない。

・肝心のNSTEMIとUAPとの鑑別は主にhsTn上昇の有無に基づいてなされ、補助的に血清CK値も参照する。

・来院0時間目と来院1~3時間目時点でのhsTnの数値変化を確認して、効果的にNSTEMIを除外する方法が示されている(0/1時間 ESCアルゴリズム)。なお、来院0時間目(初回測定)のhsTnのみで除外する場合には「症状が3時間以上続いていること」という条件があることに注意する。なお、hsTnT(Elecsys)の場合であれば、「発症3時間経過し0時間値<3ng/L」または「0時間値<12ng/Lで、Δ1時間値<3ng/L」の場合にRule out(除外)が可能とされている。一方で、「0時間値≧52ng/L」または「Δ1時間値≧5ng/L」の場合にRule in(診断)が可能となる。それ以外のケースは慎重に経過観察することとなるが、状況によっては循環器内科へ即時コンサルトもあり得る。

NSTE-ACSにおける冠動脈造影の実施タイミング

非常にリスクの高い患者群(Very high clinical risk)、例えば血行動態不安定/強く持続する胸部症状/致死的不整脈がみられるケースなどでは緊急冠動脈造影の適応となる。

リスクの高い患者群(High risk clinical risk)、たとえば前述のような所見は欠くものの、TIMI risk score>4、GRACE score>140、動的な心電図変化がみられるケースでは早期冠動脈造影(<24時間以内)が推奨される。

低リスク~中等度リスクの患者群(Low or intermediate clinical risk)、例えばTIMI risk score≦3、GRACE score≦140の場合などでは待機的冠動脈造影(>24時間以降)が検討される。

STEMIの評価とマネジメント

・STEMIと診断された患者は緊急的な再灌流療法の適応となる。Door-to-baloon timeは90分以内が目標とされるが、可能な限り早いことが望ましい。

・全例での酸素投与は不要であり、あくまでSpO2<90%の場合にのみ酸素投与を開始する。

・PCI可能な施設へ搬送するシチュエーションも多いと思われるが、STEMIの診断がつけられたらバイアスピリン200mg(100mg錠を2錠)を噛み砕いて内服してもらう。バイアスピリンは腸溶錠であるため、噛み砕かなければ吸収が迅速に行われない。噛み砕くことができればCOXは30分以内に阻害され、抗血小板作用が発揮されると考えられている。

・STEMI患者の約半数は梗塞を来した責任冠動脈以外に冠動脈にも閉塞性病変を有していることが報告されていて、その場合は予後不良とされる。なお、責任冠動脈以外の冠動脈も一機会にあわせてPCIを行うことは死亡率、腎不全発生率が高いことが示されている(CULPRIT-SHOCK trial)。したがって、責任冠動脈以外の病変へのアプローチは待機的に行われることが一般的である。

ニトログリセリン舌下投与虚血による胸部症状を改善させる目的で使用する場合がある。そのほか、うっ血を主症状とする急性心不全、コントロール不良の高血圧に対しても有効性が発揮される。一方で、血圧低値などの副作用も懸念されるため、慎重に必要性を判断する。

・β遮断薬は救急外来で診断直後に開始されることはないと思われるが、24時間以内には開始されることが多い。

・なお、侵襲的治療(PCIなど)あるいは非侵襲的治療を選択するか年齢、耐術能、周術期合併症のリスク、ADL、価値観や嗜好(patient’s preferences)などに基づいて総合的に決定される

抗血小板治療

・抗血小板治療は急性期のみならず、二次予防においても重要な役割を果たす。

・出血リスクを鑑みたうえでの判断となるが、ACS発症後は少なくとも12ヶ月間はアスピリン+P2Y12受容体阻害薬による治療(DAPT)を行うことが一般的に推奨されている。なお、P2Y12受容体阻害薬は第3世代製剤に含まれるチカグレロル(ブリリンタ®)およびプラスグレル(エフィエント)がクロピドグレルよりもさらに有効性が高いことが示されている。

・ただし出血リスクが高い患者においてはDAPTの投与期間をさらに短縮させることも検討される。一部の患者では実際にアスピリン単剤による早期SAPTへ置換する戦略をとることがある。

・2020年のESC NSTE-ACSに関するガイドラインではプラスグレルが適応となる患者ではチカグレロルよりも推奨すると記載されている(クラスⅡa/エビデンスレベルB)。

既に抗凝固薬を内服している患者において、新規にDAPTを開始する場合にはあわせて3剤による抗血栓療法が行われることとなり、出血リスクも高まる。2020年のESC NSTE-ACSに関するガイドラインでは3剤による抗血栓療法は1週間あるいは退院までの期間とすることを推奨していて、その後1年間はDOAC+P2Y12受容体阻害薬(通常はクロピドグレル)の2剤による抗血栓療法を行い、その後はDOAC単剤による治療を検討可能としている。ただし、虚血リスクがより高く、出血リスクを許容できるケースでははじめの3剤による抗血栓療法を1ヶ月間に延長することも検討可能と示されている。

・出血リスクの見積もりにはPRECISE-DAPTスケール(≧25点の場合は高リスク)あるいはARC-HBR criteriaの使用をESCは推奨している。

二次予防

・二次予防としては前述の抗血栓療法のほかに、禁煙、食事/運動療法の指導、心臓リハビリテーションなどが重要とされる。

・そのほか心筋リモデリングを抑制させる効果が示されている薬剤の導入も重要。

・ACSを発症した全ての患者において忍容可能な最大用量で投与することが推奨されていて、適切にスタチン製剤を導入してもLDL-Cが70mg/dL未満に達しない場合にはエゼチミブの併用を考慮することができる。また、70mg/dL未満に達しない、虚血性イベントの高リスク患者ではPCSK-9阻害薬の投与も考慮される。

高齢者における急性冠症候群

・高齢者のACSでは若年発症例よりも非典型的な症状を呈する割合が高いことが特徴で、虚血イベントと出血イベントのリスクがいずれも高いことが多い。

・ACSに関する臨床試験に登録される患者のうち、75歳以上の患者は10%未満であることが判明している。したがって、既存のエビデンスの多くが少なくとも75歳以上の高齢者においても同様に適用が可能かどうかは不透明である点には留意する。

・POPular AGE trialではNSTE-ACSを有する70歳以上の患者1,002例をクロピドグレル投与群と、チカグレロルあるいはプラスグレル投与群とに無作為に割り付けられたが、結果としてクロピドグレル投与群では出血率が有意に低く、そして虚血イベントの増加は認められなかった

・前述のように、侵襲的治療(PCIなど)あるいは非侵襲的治療を選択するか年齢、耐術能、周術期合併症のリスク、ADL、価値観や嗜好(patient’s preferences)などに基づいて総合的に決定される

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<参考文献>

・Bergmark BA, Mathenge N, Merlini PA, Lawrence-Wright MB, Giugliano RP. Acute coronary syndromes. Lancet. 2022 Apr 2;399(10332):1347-1358. doi: 10.1016/S0140-6736(21)02391-6. PMID: 35367005; PMCID: PMC8970581.

・Anderson JL, Morrow DA. Acute Myocardial Infarction. N Engl J Med. 2017 May 25;376(21):2053-2064. doi: 10.1056/NEJMra1606915. PMID: 28538121.

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