消化性潰瘍 peptic ulcer
消化性潰瘍とその疫学
・消化性潰瘍(peptic ulcer)は消化液の酸によって生じ、粘膜下層に達する障害を指す。
・通常、胃や十二指腸近位部に生じるが、ときに食道やメッケル憩室においても生じる。
・生涯有病率は5~10%、年間発生率は0.1~0.3%と推定される。なお、直近20~30年間で消化性潰瘍の罹患率や入院率などは急激に減少していて、特に高所得国ではその傾向が強い。NSAIDsによって潰瘍が生じる認識が広がったことや、H.pylori除菌の影響などがその原因として想定される。
・H.pylori感染症とNSAIDs使用は胃潰瘍および十二指腸潰瘍の主要なリスク因子である。ただし、これらのリスク因子を有する患者のうちで実際に消化性潰瘍を発症するのはごく一部に過ぎないことから、発症には個人の特性も関与していることが推定される。
・NSAIDs内服患者は消化性潰瘍の合併リスクが約4倍に上昇し、アスピリン内服患者では約2倍に上昇する。また、SSRI、ステロイド、アルドステロン拮抗薬、抗凝固薬と、NSAIDsあるいはアスピリンを併用することで上部消化管出血のリスクは大きく増加する。喫煙、学歴、所得などがリスク因子になるかどうかは不明確な部分もある。
・心理的ストレスが発症率増加に関与することが示されている。
病態生理
・H.pylori感染症が胃十二指腸粘膜病変を生じさせる機序は完全には解明されていない。
・H.pylori感染に伴う胃粘膜の炎症が根本的な原因であると推定される。
・NSAIDsはCOX-1抑制によって、胃粘膜保護に寄与するプロスタグランジン低下が生じ、粘膜障害を生じさせると考えられる。この仮説に基づけば、COX-2選択的阻害薬であるセレコキシブは消化性潰瘍のリスク上昇に与しにくい。
臨床症状/臨床経過
・消化性潰瘍に特異的な症状はない。
・胃潰瘍では食後の腹痛、悪心/嘔吐、体重減少がみられ、十二指腸潰瘍では空腹時や夜間の腹痛がみられることがある。
・高齢者では無症状であることや、症状があっても軽微であることも経験する。
・H.pylori感染症やNSAIDs使用などが原因と推定される患者ではその原因除去を行わない限り、症状が再発することが多い。
・主な合併症としては出血、穿孔、幽門狭窄などが知られる。
・出血は主に黒色便や吐血として認識され、約半数の患者では前兆なく生じる。消化性潰瘍による出血が原因で入院する患者は世界的に減少しているが、致死率は約5~10%で安定している。穿孔は通常、上腹部の強い痛みが突発的に生じる。
診断
・消化性潰瘍の診断方法としては上部消化管内視鏡検査がゴールドスタンダードである。また、悪性腫瘍の否定にも有用である。
・内視鏡検査を行った場合にはH.pylori感染症を想定し、尿素呼気試験や便中抗原検査の実施を検討する。
治療
・再発防止策を講じることは死亡率を低下させる観点で重要。H.pylori除菌のみで再発予防、出血予防として十分であるという多くのエビデンスがある。H.pylori除菌療法の詳細については記載を割愛する。
・ほとんどの消化性潰瘍はPPI治療を6~8週間続けることで治癒する。治癒しない場合には服薬コンプライアンスを確認する。なお、PPIを標準用量の2倍量で使用することがより有効であることを示したエビデンスはなく、原則として標準用量の投与でよいと考えられる。
・高所得国ではH.pylori感染率が低下傾向にあり、NSAIDsによる消化性潰瘍が比較的多い。ただし、NSAIDs潰瘍とH.pylori感染症による潰瘍とを区別することは困難であるため、原則としてH.pyloriの検査と治療の実施が推奨される。
・NSAIDs潰瘍の場合は原因薬剤を中止し、PPI治療を6~8週間行うことで約85%以上の患者で治癒に至る。しかし、NSAIDsの使用を継続する場合は治癒が遅延する。
・NSAIDsやアスピリンを常用する患者で消化性潰瘍のリスクが高いケースでは予防的に制酸薬を使用することが推奨される。RCTでは抗ヒスタミン薬(H2RA)が、リスクが平均的な患者に対する予防策として有効であることが示されている。ただし、あるRCTでは上部消化管出血または重度の消化性潰瘍の予防に関して、ファモチジンがパントプラゾールよりも成績が劣ることが示されていて、状況によってはPPIを優先的に使用するべきと考えられる。ただし、PPIの長期使用が適さないと考えられるケースではH2RAはときに妥当な代替策となる。
・前述のようにCOX-2阻害薬(セレコキシブ)は非選択的COX阻害薬よりも消化性潰瘍のリスクは低い。しかし、リスクがゼロということはなく、実際、メタ解析ではセレコキシブ+PPI併用は、セレコキシブ単独使用よりも、さらに消化性潰瘍の予防効果が高いことが示されている。
・H2RAがNSAIDs潰瘍を予防できるというエビデンスは乏しい。あるメタ解析では標準用量のH2RAでは胃潰瘍のリスクを軽減できないことも示されている。
・PPIによる胃粘膜保護効果はクラスエフェクト(Class effect)であり、用量依存性のものではない。
・NSAIDsやH.pylori感染症が原因でないと考えられる消化性潰瘍では頻度が低い原因も想定する必要がある。具体的には悪性腫瘍、感染症(例: CMV感染症)、Crohn病、血管炎、上腹部への放射線治療の影響、Zollinger-Ellison症候群などである。
消化性潰瘍による出血に対するマネジメント
・急性の上部消化管出血の原因の40~60%を占め、早期の内視鏡治療と制酸薬投与(静注投与)が重要。
・出血が制御できないケースや大量出血を繰り返すケースでは外科手術が検討される。
・輸血については制限輸血を原則として、Hb濃度を7mg/dL以上を維持することを目的とする。このアプローチは死亡率低下と関連することが知られている。
・リスク層別化にはRockallスコア、Glasgow-Blatchfordスコア(GBS)が利用される。GBS≦1点の場合は緊急内視鏡治療を行わずに外来診療が可能とするものもある。
・トラネキサム酸、抗線溶薬の有用性は明らかでない。内視鏡検査前に静注されるメトクロプラミドなどの消化管運動促進薬は内視鏡所見を改善させる可能性が示唆されている。
・24時間以内に早期内視鏡検査を行うことで、内視鏡所見など基づき、ときに予後推定もでき、早期退院が可能な患者の特定にも役立つことがある。
・制御不能な出血、または再出血は重要な予後不良因子である。
・薬剤溶出性ステント留置がされていて、DAPTを行われている患者ではステント血栓症のリスクがあるため、短期間であっても抗血小板薬を2剤とも中止することは回避するべきという見方もある。
・凝固異常による出血を来していて、かつワルファリン内服中の患者では、ビタミンK、新鮮凍結血漿、プロトロンビン複合体製剤による治療の適応となる。なお、十分な止血が確認された時点でワルファリンは再開するべきとされる。
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<参考文献>
・Lanas A, Chan FKL. Peptic ulcer disease. Lancet. 2017 Aug 5;390(10094):613-624. doi: 10.1016/S0140-6736(16)32404-7. Epub 2017 Feb 25. PMID: 28242110.