肝硬変 cirrhosis
肝硬変とその疫学
・肝硬変(cirrhosis)は進行性の肝障害と肝線維化を特徴として、病期が進行すると門脈圧亢進状態に至り、腹水貯留、特発性細菌性腹膜炎(SBP)、肝性脳症、静脈瘤破裂、肝腎症候群、肝細胞癌を合併することもある。
・主な原因には慢性ウイルス性肝炎(HBV, HCV)、アルコール性、NASHなどが挙げられる。
・代償性肝硬変の平均余命は10~13年で、非代償性肝硬変の場合には平均余命が2年短くなる可能性も指摘されている。
・アルコール性肝硬変の患者のうち、禁酒を行えた患者の65%は3年後も生存するが、禁酒をできない患者の多くにおいては予後不良である。
・腹水貯留に至る患者の15%は1年以内に、44%は5年以内に死亡するという報告もある。
・食道静脈瘤は肝硬変患者の1/3以上において診断後3年以内に併発する。
・肝細胞癌(HCC)の年間発症率は約5%であある。限局性肝細胞癌患者の平均生存期間は約2年で、進行性肝細胞癌患者では約6ヶ月という報告がある。
・門脈圧亢進症は肝硬変を伴わないNAFLD患者の約1/3でみられ、脂肪肝の重症度と相関する。
身体所見/検査所見
・手掌紅斑、くも状血管腫、女性化乳房、体毛減少、精巣萎縮はいずれも男性ホルモンの肝代謝およびクリアランスが低下して、エストロゲンへの変換量が増加することに起因して生じる。
・肝性脳症は解毒能の低下が反映されている。
・Terry nailは爪床の近位部の蒼白化を示す。病期が進行すると爪甲全体が白色化することもある。なお、Terry nailは特に母指と示指でみられやすい。
・手掌紅斑は母指球筋と小指球筋において目立ち、手掌の中心部はスペアされるのが典型である。圧迫すると色調は薄くなり、圧迫を解除するとまた赤みが戻る。
・くも状血管腫は上前胸部などで確認されやすい。2~3箇所でみられる場合には異常所見と捉える。
・腹壁静脈怒張は門脈圧亢進状態を反映し、心臓へ血液を灌流させることが難しくなった結果、側副路が形成され、そちらが腹壁静脈怒張として認識される。したがって、血液の流れを圧迫などで確認することが有用で、通常は肝硬変による腹壁静脈怒張では臍から離れる方向に流れるはずである。なお、下大静脈閉塞症(Budd-Chiari症候群)では逆方向に流れるはずである。
・黄疸や低アルブミン血症は肝細胞障害や合成能低下を反映する。なお、黄疸や眼球結膜でも観察できるが、舌下の粘膜も検出感度が高いことが知られている。黄疸は通常Bil値が2.5~3.0mg/dL以上の場合に認められる。
・血小板減少は脾腫あるいは骨髄抑制によって生じる。
・PT延長、APTT延長は凝固因子の合成能低下によって生じる。最も半減期が短い凝固因子はⅦ因子であるため、PT延長が初期からみられやすい。
診断学的特性
<リスク因子>
・糖尿病の存在は肝硬変の可能性を高める(LR+2.8, LR−0.75)。
・アルコール摂取に関する情報は肝硬変の可能性に影響を及ぼさない。
<身体所見>
・陽性尤度比4.0(LR+4.0)以上の所見としては
- 腹壁静脈怒張(LR+ 11)
- 肝性脳症(LR+ 10)
- 腹水(LR+ 7.2)
- くも状血管腫(LR+ 4.3) が知られる。
・そのほか末梢浮腫、黄疸、脾腫はLR+3.0~4.0であった。
・単独の所見で肝硬変を否定させるものはないが、LR− 0.40未満の所見としては肝腫大(LR− 0.37)が挙げられる。
<血液検査>
・LR+4.0以上の所見としては
- 血小板数<16万/μL (LR+6.3, LR−0.29)
- PT延長(LR+5.0)
- 血清Alb<3.5g/dL(LR+4.4) が知られる。
・AST/ALT比>1.0の場合は肝硬変の可能性が高まる(LR+4.6)。
・APRI(AST:platelet ratio index)>2.0の場合も肝硬変の可能性が高まる(LR+4.6)。
・なお、ALT高値、Bil高値は診断学的特性としては有用でない。
栄養療法
・肝硬変患者の20~60%に低栄養が生じている。タンパク質摂取量は1.0~1.5g/kg/day(dry body weight)が推奨されている。
・一般的に高タンパク食は精神状態の持続的な改善に寄与する。また急性肝性脳症を発症している状況においてもタンパク制限は不要という報告もある。
・肝硬変患者では代謝亢進状態にあるため、絶食によって筋肉の異化が亢進しやすい。就寝前の間食、つまりLate evening snack(LES)は窒素バランスを改善させる可能性が指摘されている。
・腹水に対する治療の観点で、塩分制限は有用。水分制限は必須ではなく、例えば血清Na 120mmol/L未満の場合などにおいて考慮する。
薬物治療
<降圧薬>
・高血圧症が併存する肝硬変患者は病期の進行に伴って、徐々に血圧は下がり、最終的には低血圧になることが典型的である。したがって、降圧薬は状況に応じてメリットとリスクとを比較して必要性を考えるべき。
・腹水を伴う肝硬変患者に関する研究では平均動脈圧が82mmHg以下であることが生存率低下と唯一強く相関する要素であったことが示されている。したがって、過度な降圧は回避するべきである。
<β遮断薬>
・非選択的β遮断薬は門脈圧低下作用があるため、静脈瘤破裂の一次予防および二次予防に使用される。
・難治性腹水、低血圧、肝腎症候群、細菌性腹膜炎、敗血症、重症アルコール性肝炎がみられる場合にはβ遮断薬の有効性は小さくなってしまうことが示唆されている。
・門脈圧亢進症に関するBaveno Ⅵ consensus guidelineではsBP 90mmHg未満、血清Na濃度120mmol/L未満、急性腎障害を生じた場合にはβ遮断薬の中止をするよう推奨している。
<鎮痛>
・急性腎不全や消化管出血のリスクは比較的高いため、NSAIDsの使用には注意を要する。
・オピオイドは肝性脳症を惹起させたり、悪化させたりする可能性が示唆されていて、慎重に使用するべきである。トラマドールは低用量であれば比較的安全と考えられている。
・アセトアミノフェンは禁酒を維持できることを条件に使用できるという見方がある。
<PPI>
・不必要に処方を継続しないように配慮する。
・特発性細菌性腹膜炎(SBP)のリスク因子となり得る。
<鎮静薬>
・肝性脳症の患者にはBZ系薬剤の使用をなるべく控えるべきである。
・アルコール離脱症候群の懸念がある場合には過鎮静のリスクを最小限に抑えるために、ロラゼパムなどの使用が望ましい。
<スタチン>
・スタチンはNAFLD患者において心血管疾患の発症リスク軽減に関する有益性が示されている。
<トルバプタン>
・トルバプタン(サムスカ®)は低ナトリウム血症を伴う腹水軽減を図るために有用とされる。
肝臓を保護するための戦略
・肝臓の再生能力は大きく、アルコール性肝硬変患者で禁酒ができるケース、HBV感染症に対して抗ウイルス治療ができるケースなどで病勢の回復がみられることがある。
・HBV感染症による肝硬変患者に対する抗ウイルス治療は肝細胞癌の発症リスクを低減する可能性がある。全ての肝硬変患者において6ヶ月ごとに腹部エコーまたはCT撮像によるサーベイランスを行うことが推奨される。また、血中AFP測定と腹部エコーとを併用することで、肝細胞癌のサーベイランスがさらに有効化される可能性が指摘されている。
・肝硬変患者では静脈瘤のスクリーニングを上部消化管内視鏡検査で行うことが推奨される。中等度以上の静脈瘤を有する患者では内視鏡的治療が検討される。難治性腹水、SBP、重症アルコール性肝障害、低血圧のいずれもみられないケースでは非選択的β遮断薬の投与を検討できる。
・非代償性肝硬変患者で、MELD score 17点以上の場合では移植も考慮される。
肝性脳症
・詳細は別の記事を参照。
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<参考文献>
・Ge PS, Runyon BA. Treatment of Patients with Cirrhosis. N Engl J Med. 2016 Aug 25;375(8):767-77. doi: 10.1056/NEJMra1504367. PMID: 27557303.
・Udell JA, Wang CS, Tinmouth J, FitzGerald JM, Ayas NT, Simel DL, Schulzer M, Mak E, Yoshida EM. Does this patient with liver disease have cirrhosis? JAMA. 2012 Feb 22;307(8):832-842. doi: 10.1001/jama.2012.186. PMID: 22357834.
・Córdoba J, López-Hellín J, Planas M, Sabín P, Sanpedro F, Castro F, Esteban R, Guardia J. Normal protein diet for episodic hepatic encephalopathy: results of a randomized study. J Hepatol. 2004 Jul;41(1):38-43. doi: 10.1016/j.jhep.2004.03.023. PMID: 15246205.