ネフローゼ症候群 nephrotic syndrome
成人のネフローゼ症候群とその疫学
・ネフローゼ症候群(nephrotic syndrome)は成人や小児の腎疾患では比較的頻度の高い疾患として知られる。本ページでは主に成人のネフローゼ症候群について記載する。
・年間発症率は10万人あたり3人程度とされる。
・浮腫の存在はネフローゼ症候群の診断において必須ではないが、それでも重要な所見となる。しかし、浮腫は例えば進行した肝疾患や悪性腫瘍などでもみられ、上眼瞼浮腫はアレルギー反応の結果としてみられることもあり、他の疾患の除外も重要となる。
・ネフローゼ症候群の原因となる一次性糸球体疾患は頻度が高い順に巣状分節性糸球体硬化症/FSGS(35%)、膜性腎症/MN(33%)、微小変化型ネフローゼ症候群/MCNS(15%)、膜性増殖性糸球体腎炎/MPGN(14%)、その他(3%)と報告されている。
診断基準
- 蛋白尿:3.5g/日以上が持続する.
(随時尿において尿蛋白/Cr比が3.5g/gCr以上の場合もこれに準ずる)
2. 低アルブミン血症:血清アルブミン濃度3.0g/dL以下.
血清総蛋白量6.0g/dL以下も参考になる.
3. 浮腫.
4. 脂質異常症(高LDL-C血症).
<注意>
・上記の①蛋白尿 ②低アルブミン血症 の両所見を認めることはネフローゼ症候群の診断において必須条件。
・浮腫はネフローゼ症候群の必須条件でないが、重要な所見。
・脂質異常症は診断に必須でない。
・卵円形脂肪体はネフローゼ症候群の診断の参考となる。
病態生理
・ネフローゼ症候群では主にアルブミンをはじめとした高分子蛋白の糸球体における過剰な透過が生じている。
・蛋白尿によって血清アルブミン低下が進行し、肝臓におけるアルブミン合成が促されるが、尿へ喪失される蛋白量を補うことができなければ、血清アルブミン低下は進行し、浮腫が生じる。
二次性糸球体疾患
・一次性糸球体疾患の頻度については冒頭で記載したため、割愛し、ここでは二次性糸球体疾患について記載。
・ネフローゼ症候群の二次的原因として様々な全身性疾患や薬剤が関係し得る。
・なかでも糖尿病腎症は比較的よくみられる原因の一つである。また、アミロイドーシスも重要な原因で、アミロイド腎症が10%を占めるとする報告もある。
<主な二次性糸球体の原因>
<全身性疾患>
・糖尿病
・全身性エリテマトーデス
・アミロイドーシス
<悪性腫瘍>
・骨髄腫
・悪性リンパ腫
<薬剤>
・白金製剤
・抗菌薬
・NSAIDs
・ペニシラミン
・カプトプリル
・タモキシフェン
・リチウム
<感染症>
・HIV
・HBVおよびHCV
・肺炎マイコプラズマ
・梅毒
・マラリア
・住血吸虫
・フィラリア
・トキソプラズマ
<先天性>
・Alport’s syndrome
・Congenital nephrotic syndrome of the Finnish type
・Pierson’s syndrome
・Nail-patella syndrome
・Denys-Drash syndrome
アセスメント
・まずは現在の臨床症状を把握することが重要で、病歴も加味しつつ、背景に二次的な原因が存在しないかどうかの評価を進めていくこととなる。
・初期評価を行ったうえで、腎臓専門医に紹介がなされることとなる。
<病歴>
・前述の全身性疾患を疑うような病歴、症状の有無、薬剤投与歴(新規処方薬やOTC医薬品など)、急性または慢性感染症の有無などに注意して聴取する。
・膜性腎症では大腸癌や肺癌といった悪性腫瘍と関連する場合もあり、特に高齢患者では注意を要する。
・またAlport症候群などの先天性疾患が関与することもあるため、腎疾患の家族歴も重要。
<臨床症状>
・主に新規に出現した浮腫がみられるケースではネフローゼ症候群の可能性を想起するべきである。
・多くのケースは眼窩周囲の浮腫によって、浮腫が認識されることが多い。また、下腿や陰部の浮腫や、胸水、腹水、心嚢液の貯留がみられることもある。
・胸痛が出現した場合にはネフローゼ症候群の合併症である肺血栓塞栓症の可能性を想定する。
<臨床検査>
・血液検査では一般的な腎機能などの項目に加え、凝固能、カルシウム、ESR、血糖関連項目、免疫グロブリン値、血清蛋白電気泳動、ANA、抗ds-DNA抗体、補体(C3, C4)、(同意を得たうえで)HBV/HCV/HIVなどについて検査する。これらの項目をルーチンで全て提出する必要はないと思われるが、病歴などの種々の情報を総合的に勘案して、状況に応じて選択することが重要。
・尿検査では尿定性、尿沈渣のほか、蛋白/Cr比(可能ならば早朝尿検体)なども参照する。また状況に応じて、尿路感染症の可能性も想定する。
・ネフローゼ症候群の合併症として、深部静脈血栓症、腎静脈血栓症などの可能性も検討する。
合併症
・ネフローゼ症候群の合併症としては主に血栓塞栓症、感染症、その他の3つに大別される。
<血栓塞栓症>
・血栓塞栓症としては深部静脈血栓症と腎静脈血栓症とが挙げられ、結果として肺塞栓症に至るケースもある。そのほか、非常に稀ながら動脈血栓症を合併することもある。
・血栓塞栓症が生じやすい要因としては循環血漿量の減少、体動量減少などが挙げられる。また、プロテインC欠乏症、プロテインS欠乏症などの凝固異常を伴う場合にはより生じやすい。
・ネフローゼ症候群患者の1.5%で下肢深部静脈血栓症が、0.5%で腎静脈血栓症が発生したという報告もある。
・血栓症のリスクはネフローゼ症候群の診断後6ヶ月以内が最も高いことが知られている。
・原疾患別では膜性腎症において特に静脈血栓症を合併しやすいことも知られている。
・なお、予防的抗凝固療法については少なくともルーチンで実施することは推奨されない。腎生検を行う場合の出血リスクなどにも関係するため、あくまで実施するかどうかは腎臓専門医と慎重に協議したうえで決定する。
<感染症>
・感染症はネフローゼ症候群患者の最大20%で合併すると報告される。
・血清IgG低下、補体活性低下、T細胞機能抑制などにより感染リスクが高まると考えられている。
・感染症としては蜂窩織炎、肺炎などのほか、稀ながら細菌性腹膜炎を合併することがある。
・なお、予防的抗菌薬治療の有用性を評価した研究はない。
<その他の合併症>
・その他の合併症としては脂質異常症、ビタミンD欠乏、急性腎不全が挙げられる。
治療
・浮腫の主な原因はNa貯留であり、ナトリウムをマイナスバランスに維持することが重要と考えられている。したがって、塩分制限(<3g/日)が行われる。また利尿薬服用も検討される。ただし、積極的な利尿薬の使用は電解質異常、急性腎不全、血液濃縮による血栓症リスクの増大を助長させる可能性があるため、0.5~1.0kg/日程度の減量を目安に、徐々に浮腫を軽減させることが推奨される。
・利尿薬としてはループ利尿薬が使用されることが多いが、急性期は腸管浮腫の影響でBioavailabilityが低下している場合があり、ときに静注治療が選択される。ループ利尿薬に対する反応性が不良な場合にはサイアザイド系利尿薬やカリウム保持性利尿薬(MRA)の併用も選択肢となる。
・水分制限は通常必要ないという見方もある。
・アルブミン製剤静注の有効性についての裏付けはなされておらず、少なくともルーチンでの使用は推奨されない。
・蛋白尿の存在は末期腎不全進行のリスク因子であり、蛋白尿を減少させることも重要。原疾患に対する治療がまず優先されるが、ほかにACE阻害薬やARBの併用も検討される。実際、併用療法はより効果的に蛋白尿を減少させられることが知られている。ただし、電解質異常などの副作用のモニタリングも必要で、また蛋白尿減少に至るまで数週間を要するケースもある。
・ネフローゼ症候群で心血管イベントが増加することがあるが、脂質異常症と関連しちえる可能性がある。前向き研究では脂質異常症の治療により生存率が改善するということは示されていないが、スタチン系薬剤が腎障害進行に関して僅かながら予防効果が示されている。ただし、脂質異常症はネフローゼ症候群の原疾患の治療が奏功することで、改善されるため、やはり原疾患に対する治療がまず重要。
・食事からの最適な蛋白質摂取量についてはコンセンサスが得られていない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
<参考文献>
・Hull RP, Goldsmith DJ. Nephrotic syndrome in adults. BMJ. 2008 May 24;336(7654):1185-9. doi: 10.1136/bmj.39576.709711.80. PMID: 18497417; PMCID: PMC2394708.