脳振盪 concussion
脳振盪とその疫学
・脳振盪(Concussion)とは頭部が何らかの衝撃を受けた際に発現する神経の機能的変化を伴うTBI(traumatic brain injury)を指す。
・脳振盪で最も注意すべきなのはセカンドインパクト症候群(second impact syndrome)である。初発の脳振盪から7~10日以内に再発性脳振盪を発症するリスクが高く、再発例では症状の回復により時間を要し、意識を失う可能性もより高い。
臨床症状/臨床経過
・脳振盪の症状は非特異的で、個々で大きく異なる。
・症状としては頭痛、頸部痛、悪心/嘔吐、めまい、視界がぼやける、光/音過敏、不安など様々である。
・SCAT 5(the Sports Concussion Assessment Tool, fifth edition)の症状のチェックリストも利用可能である。このツールでは症状の数だけでなく、重症度も算出可能になっている。
・症状は身体的症状(Physical)、認知的症状(Cognitive)、情動的症状(Emotional)、睡眠/覚醒の変化(Sleep)に大別可能。特によくみられるのは身体的症状、認知的症状で、具体的には頭痛、めまい、集中困難などとして表出される。
・多くのケースでは症状は徐々に改善していく。
・脳振盪後の最も一般的な症状は頭痛である。頭痛に関してはいわゆるRed flag signに相当するものがないかについて注意する。もしも該当する項目があり、疑わしいようであれば画像検査を検討する必要がある。また、例えば起立により増悪する頭痛があれば、外傷に伴う低髄液圧症候群の可能性も想定する。
<Red flag sign>
・頸部痛, 頸部の圧痛
・複視
・四肢の脱力, 異常感覚
・頭痛が増悪傾向にある
・発作, けいれん
・意識消失
・意識障害
・嘔吐
・興奮状態にある
身体診察
・バイタルサインの評価をまず行い、意識レベルの評価も欠かさずに行う。
・外出血がないかを確認し、触診で圧痛箇所の把握、耳漏や鼻漏の有無、頸部の圧痛や可動域制限の有無などを評価する。
・特に頭部、眼、耳、鼻、喉の評価は入念に行い、神経学的所見の有無にも配慮する。
・脳神経(CN)は詳細に評価すべきであり、外眼筋麻痺(CN-Ⅲ,Ⅳ,Ⅵ)、顔面の感覚(CN-Ⅴ)、顔面神経麻痺(CN-Ⅷ)、発声や嚥下(CN-Ⅸ,Ⅹ,Ⅻ)、肩挙上(CN-Ⅺ)などの評価を行う。ほか、腱反射、歩行機能、協調運動障害の有無などの評価も行う。
診断
・脳振盪は病歴、臨床症状、身体所見などに基づく臨床診断が原則である。
・現時点で脳振盪の診断に有用な、特異的な検査項目、画像所見などはない。通常、脳振盪それ自体に関して、X線撮影やMRI撮像などで異常所見は認められない。
・診断においては特に病歴と身体診察が重要である。スポーツに関連した脳振盪では症状の悪化を最小限に抑え、その後の生活や運動に関する指導を行うためにも受傷72時間以内に医師の診察を受けることが望ましい。
・病歴聴取では受傷日時、どんな機序で受傷したか、受傷した場所、意識消失の有無、逆向性健忘および順行性健忘の有無などを把握する必要がある。
・SCAT5に含まれるような22項目の症状の有無についてもときに重要で、症状の数とそれぞれの重症度を把握しておくことは、その後の経時的な症状の変化をモニタリングするうえでも有用かもしれない。
治療
・脳振盪では対症療法が原則となる。
・セカンドインパクト症候群(Second impact syndrome)を防ぐために脳機能が回復するまでの間に衝撃を再度加わらないように注意する必要がある。セカンドインパクト症候群とは脳振盪になった後、回復しないうちに再度、脳振盪を起こすような強い衝撃を加わり、血管が破綻する状況を指す。ときに硬膜下血腫を形成するなど、致命的な転帰をたどることもある。
・脳が回復するまでの間は安静にすることが大切である。脳振盪直後は神経代謝的に脆弱な時期に相当するため、安静にすることで回復をより早める可能性が高まる。状況によっては感覚刺激をなるべく制限し、学校も休むことも推奨される。ある研究では安静は受傷後24~72時間を超えてはならないという報告もなされている。脳振盪の急性期にあたる期間を過ぎたら、症状に合わせて身体的活動と認知的活動を始めることが重要。
・ある研究では症状の程度に関わらず、脳振盪後、5日間の厳格な安静を指示された群と、1~2日間の安静の後に症状に応じて活動を開始するように指示された群とでは前者の方が症状回復までの期間がより長いことが示されている。
段階的な認知活動の開始
・脳振盪を発症したアスリートの場合、その後の症状の悪化を防ぐために、個々のケースに応じて、学業面での配慮を必要とする場合がある。
・特に受傷後数週間は平時よりも多めに休憩をとりながら生活を送ることを意識する。大切なことは段階的に認知活動の強度を高めていくことである。
段階的な運動の開始
・自覚症状が完全に消失するまでは競技復帰は控えることが望ましい。
・受傷後24~72時間程度は身体的安静と精神的安静とを維持し、症状が消失するようであれば、段階的競技復帰を図る。
・段階的競技復帰の手順としては、「症状を悪化させない範囲での活動/就業や学校生活への段階的な再開」、「軽い有酸素運動/心拍数が上昇する程度の運動」、「頭部への衝撃や回転を伴わないものに限定した運動」、「接触ブレーがなく、より負荷の高い運動」、「(メディカルチェックを受けたうえで)接触プレーを伴う可能性のある運動」、「平時と同様の競技復帰」と一段回ずつ上げていく。各段階の間は24時間以上あけることが望ましい。
・受傷後の身体活動に関する推奨はなるべく具体的に伝えることが望ましい。
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<参考文献>
・Jackson WT, Starling AJ. Concussion Evaluation and Management. Med Clin North Am. 2019 Mar;103(2):251-261. doi: 10.1016/j.mcna.2018.10.005. Epub 2018 Dec 3. PMID: 30704680.