鉄欠乏性貧血 IDA: iron-deficiency anemia
鉄欠乏性貧血とその疫学
・鉄は呼吸、エネルギー生成、DNA合成、細胞増殖などにおいて不可欠。
・鉄の過剰摂取は有害であるため、吸収量は1~2mg/日程度に制限されていて、1日に必要な鉄分(約25mg/日)の多くが寿命を迎えた赤血球が貪食され、そのリサイクルをもとに供給されている。
・肝臓で産生されるヘプシジンは全身の鉄分の総量を適正範囲に維持し、鉄不足と鉄過剰の両者の状態を防ぐことに寄与している。体内の鉄総量が多い状態にある場合や、全身性炎症性疾患が存在している場合では、ヘプシジン産生がより亢進する。
・世界の約20億人が鉄欠乏状態にあるという推計もあり、鉄欠乏性貧血は依然として貧血の主要な原因である。なお、世界における鉄欠乏状態の推定有病率は鉄欠乏性貧血の約2倍と考えられている。
・月経のある女性の約30%、妊婦の約40%が鉄欠乏状態にあると考えられている。
鉄欠乏性貧血の原因
<鉄需要の増大>
・幼児
・月経関連の出血
・妊娠(特に妊娠第2~3期)
・献血
<環境要因>
・鉄の摂取不足
・貧困
・低栄養
・ベジタリアン(vegetarian), ヴィーガン(vegan)
<鉄吸収の低下>
・胃切除後
・十二指腸
・肥満手術
・H.pylori感染症(ピロリ菌感染症)
・セリアック病
・萎縮性胃炎
・炎症性腸疾患(UC, Crohn病)
<慢性的な出血>
・食道炎
・びらん性胃炎
・消化性潰瘍
・憩室炎
・消化器がん
・炎症性腸疾患(UC, Crohn病)
・毛細血管拡張症
・痔核
・鈎虫感染症
・出血箇所が不明なケース
・過多月経
・血管内溶血
・Osler病
・慢性住血吸虫症
・ミュンヒハウゼン症候群
<薬剤性>
・グルココルチコイド
・アスピリン, NSAIDs
・PPI(鉄吸収障害をきたす)
<遺伝性>
・鉄剤不応性鉄欠乏性貧血(IRIDA: Iron-refractory iron-deficiency anemia)
<Iron-restricted erythropoietic>
・慢性腎臓病
・慢性疾患に伴う二次性貧血(anemia of chronic disease)
・EPO抵抗性貧血
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・原因不明の消化管出血では特に小腸からの出血の可能性も想定され、カプセル内視鏡検査が検討可能。
・鉄欠乏性貧血の原因が複数存在することは稀ではない。
・過多月経の患者では鉄の吸収不良をきたす病態が併存していることがある。
・特に高齢者の鉄欠乏性貧血では加齢自体による鉄欠乏状態、炎症性疾患、EPO産生低下、悪性腫瘍などの複数の原因が併存しやすい。
・肥満は潜在性の炎症、ヘプシジン産生亢進、鉄吸収低下により、軽度の鉄欠乏状態と関連しやすい。
・慢性心不全では鉄欠乏状態に至りやすい(30~50%)。これは鉄吸収低下と炎症による影響とが複合的に作用しているものと考えられる。
鉄剤不応性鉄欠乏性貧血(IRIDA)
・IDAのなかには経口鉄剤による4~6週間の治療を行っても血清学的反応が乏しいケース(Hb 1g未満の増加に留まる)が存在し、鉄剤不応性鉄欠乏性貧血(IRIDA: Iron-refractory iron-deficiency anemia)と呼ばれる。
・IRIDAには先天性疾患と後天性疾患とがある。
・IRIDAは頻度として鉄欠乏性貧血の1%未満とされている。
<先天性IRIDA>
・遺伝形式は常染色体劣性遺伝に相当する。
・TMPRSS6遺伝子の変異によって発症する。遺伝子変異はヘプシジン過剰産生の原因となり、腸管での鉄吸収が阻害されることとなる。
・ヘプシジンが高値となるため、血清フェリチンは低下しにくい。したがって、フェリチンが基準値内あるいは境界域にあるものの、MCVが著しく低い貧血というのが典型的な病像となる。
・小児ではより重症化しやすい。
・確定診断にはTMPRSS6の遺伝子検査を行うことが必要である。
<後天性IRIDA>
・後天性の原因の多くは消化管疾患による。部分的あるいは完全な胃切除、または十二指腸をバイパスするような外科手術は鉄剤の吸収に影響を及ぼしやすい。
・H.pylori感染症は鉄吸収を低下させることがしられている。
・グルテン過敏症が病態に含まれるセリアック病ではグルテンを含む小麦、ライ麦などの摂取により小腸粘膜などに炎症が生じ、鉄吸収に影響を来すことがある。
・胃の壁細胞や内因子に対する抗体を有する、自己免疫性胃炎もIRIDAの原因の一つとなる。
・炎症性腸疾患に伴う貧血では鉄欠乏性貧血のみならず、葉酸やビタミンB12の欠乏、炎症による影響も複合的に受けていることも多い。
・PPIやH2受容体拮抗薬などによる鉄吸収低下が背景に存在することもある。
臨床症状/臨床経過
・IDAでは易疲労感、呼吸困難、動悸、集中力低下などの非特異的症状がみられる。
・急性経過で貧血が生じた場合には自覚症状は目立ちやすい。一方で、慢性経過で生じた貧血では代償が効く影響によって症状が乏しいことが比較的多い。
・異食症(pica)が最大50%強でみられると報告されている。
・小児発症例では精神発達や運動発達の遅れを伴うこともある。
・妊娠中の重度のIDAは早産、新生児の低体重などのリスクを高める。
・鉄欠乏は易感染性を惹起することがある。
・そのほか急性心不全、むずむず脚症候群(RLS)などの誘引となる。
・頻度としては0.1%未満と稀であるが、Plummer-Vinson症候群を合併することもあり、嚥下困難、舌炎、鉄欠乏性貧血が三徴である。
身体所見
・乾燥肌や、乾燥し傷んだ頭髪、口角炎などは比較的みられやすい。
・萎縮性舌炎は約30%でみられるという報告もある。ツルツルと平滑で、赤さが目立つ舌が典型的である。
・匙状爪(spoon nail)は特に第1~3指でみられやすい。爪甲の中央部が陥凹している所見がみられる。
鉄動態の評価/血液検査
・鉄動態の評価ではフェリチン、血清鉄、TIBC、TSATなどを利用する。鉄欠乏性貧血では典型的にフェリチンおよび血清鉄が低値で、TIBCが高値を示す。
・血清フェリチンは鉄欠乏状態の特定に関して高い感度と特異度を有し、通常は<30μg/Lであれば鉄欠乏状態と考えて良い(感度92%, 特異度 92%)。
・TSAT<16%の場合では正常な赤血球生成を維持するために、十分な鉄量が供給できていないことを示している。
・炎症が背景に有する鉄欠乏性貧血の診断は単一の血液検査結果のみで判断することは困難で、あくまで全体像を評価したうえで判断することが求められる。なお、炎症を背景に有する鉄欠乏性貧血に関する血清フェリチン値のCut off値は100μg/Lと高めに設定されることが一般的である。
・また、同様に血液検査のみで判断は困難であるものの、慢性心不全を背景に有する鉄欠乏性貧血に関する血清フェリチン値のCut off値は300μg/Lとされている。また、TSAT<30%かつ慢性腎臓病を有する患者における鉄欠乏性貧血に関するCut off値も300μg/Lとされている。
・赤血球容積のばらつきの指標であるRDWは特にIDAの初期では高値を示す。なお、RDWは有効で鉄剤投与後も上昇することがあることに留意する。なお、慢性炎症に伴う二次性貧血(ACD)ではRDWは通常影響を受けない。
・網状赤血球数(Ret)は、ESAによる治療や鉄剤静注に対して反応性を示す。鉄剤静注を開始し2~4日後には反応性を示すことが典型的である。
内服治療
・鉄剤の内服治療は安価で簡便な治療法で、病状が安定している患者で適する。
・鉄欠乏状態にある患者で推奨される鉄の一日投与量は鉄成分として100~200mgである(小児では液体製剤が使用されやすく、3~6mg/kgを基本量とする)。
・鉄剤は空腹時に、分割投与することが理想的とされる。
・ビタミンCを追加することで吸収率が改善する可能性がある。ただし、有効性に関するエビデンスは十分とはいえない。
・IDAではヘプシジンが低いため、通常、鉄吸収は速やかに行われ、ヘモグロビン値は比較的速やかに改善する。しかし、貯蔵鉄の改善には時間を要し、血清フェリチンの正常化には通常3~6ヶ月の治療が必要。
・経口鉄剤の副作用としては悪心/嘔吐、便秘、便色調の黒色化などが挙げられる。副作用の頻度は比較的高い。分割投与に変更させること、剤形を変更すること、眠前投与にすること、徐放製剤(フェロ・グラデュメット)などが対策として挙げられる。
・便が黒色に変わることがあるが、便潜血検査で陽性となることはない。
静注治療
・別の記事にまとめがあり、ここでは割愛。
静注治療の適応などもそちらに記載。
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<参考文献>
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