機能性ディスペプシア functional dyspepsia
機能性ディスペプシアとその疫学
・Dyspepsiaはここでは上部消化管、特に胃十二指腸に関連した症状を指していて、主に心窩部痛や胃もたれ、早期腹満感などの心窩部を中心とした症状を指す。
・機能性ディスペプシア(以下FD: functional dyspepsia)は再発と寛解とを繰り返す疾患で、主に心窩部痛や早期腹満感などを主症状とする。
・1988年にアメリカ消化器病学会はNUD(non-ulcer dyspepsia)と命名していたが、1991年にRome基準が発表され、FDという概念が形成された。
・症状は器質的原因がみられない場合において、少なくとも週1回、かつ6ヶ月以上続く慢性経過のものである。
・機能性ディスペプシアの世界的な有病率は5~11%とされる。
・他の鑑別疾患を除外することが重要。上部消化管内視鏡検査で別の原因が同定されることも少なくない。Dyspepsiaを示す患者の10%未満で消化性潰瘍、1%未満で上部消化管腫瘍が判明する。本邦では稀であるが、セリアック病は類似した病像を呈する。
・上部消化管腫瘍を示唆するAlarm symptomsがみられる場合には上部消化管内視鏡検査の閾値を低くする。具体的には①55歳以上での新規のDyspepsia症状の出現 ②黒色便や吐血を伴う ③進行性の経過または嚥下時痛を伴うような嚥下困難 ④持続的な嘔吐 ⑤病的な体重減少 ⑥上部消化管腫瘍の家族歴 ⑦腹部あるいは心窩部における触知可能な腫瘤 ⑧鉄欠乏性貧血 が挙げられる。
・機能性ディスペプシアと異不全麻痺との症状には重複する部分がある。実際、機能性ディスペプシア患者の4人に1人以上が胃排出遅延の所見を伴うことが知られる。また異不全麻痺患者の約85%で機能性ディスペプシアの基準を満たすことが知られる。
・GERDとFDとは重複することもある。
主な鑑別疾患
・消化性潰瘍
・H.pylori感染症
・上部消化管腫瘍
・異不全麻痺
・胆石症/Oddi括約筋機能不全/胆道ジスキネジア/胆道系腫瘍
・薬剤性(NSAIDs/鉄剤/カルシウムチャネル拮抗薬/ACE阻害薬/ステロイドなど)
・慢性膵炎/膵癌
・寄生虫症(ジアルジア、アニサキスなど)
・肝細胞癌
・慢性腸間膜虚血症
・Crohn病
・浸潤性疾患(例: 好酸球性消化管疾患、サルコイドーシス)
機能性ディスペプシアの分類
・機能性ディスペプシアは①心窩部痛症候群(epigastric pain syndrome) ②食後愁訴症候群(postprandial distress syndrome) に区別する。この2つの病型が提唱されたのはFD患者の約80%で食事摂取により症状が悪化する病歴が聴取されるためである。
・心窩部痛症候群は心窩部の間欠的な疼痛や灼熱感が症状としてみられ、少なくとも週1回は症状を自覚する。
・食後愁訴症候群では食後に生じる不快な腹部膨満感、あるいは早期腹満感が症状としてみられ、こちらも1週間あたり数回以上、自覚される。
・2つの病型を区別することは治療方針の決定に役立つことがある。
病態生理/病因
・FDには心理的要因、特に不安が関連する。また、いわゆる腸脳相関や中枢性感作の関連が示唆される。
・遺伝的要因も想定されているが、その関与の割合は比較的小さいと考えられている。
・症状は主に胃排出遅延、食後の胃底部における弛緩不全などが関係していると考えられる。また、胃酸などに対する十二指腸の過敏性亢進も報告される。
・感染後過敏性腸症候群(PI-IBS)も病態として知られるように、FDにおいても感染性腸炎後に生じる可能性があるのかもしれない。また、サルモネラ菌、腸管出血性大腸菌、カンピロバクター・ジェジュニ、ランブル鞭毛虫、ノロウイルスに関する感染症により機能性消化管障害が生じることも実際、知られている。
・FD患者の最大40%において十二指腸に炎症がみられることが知られ、一部のケースでは好酸球の浸潤も病理学的に確認される。これは喫煙歴や早期腹満感、疼痛に関連する。
治療
<安心感を与える>
・他の器質的疾患を除外したことで得られる安心感は限定的なことがある。
・ときに了解可能な病態であることを平易に伝えることは重要かもしれない。
<ピロリ菌除菌療法>
・一般人口におけるDyspepsiaを自覚するケースの約5%はH.pylori感染に起因することが知られる。
・H.pylori感染症が存在している場合、除菌によりFDの症状が長期的には改善するケースが存在する。NNT(number needed to treat)は15という報告もあり、除菌治療の費用対効果は小さくないかもしれない。
<酸分泌抑制>
・FDでは胃酸に対する十二指腸の過敏性亢進が病態の一部として知られ、PPIやH2RAなどの酸分泌抑制薬の使用も検討される。
・3,347人の患者を対象にしたPPIの治療効果に関して報告したメタアナリシスでは症状改善に関してNNT 10とされた。H2RAではその有効性はPPIよりも大きく、NNT 7と報告されたが、研究の質は十分とはいえないという見方がある。
・PPIで奏功しない場合ではH2RAを試すことで有効性が発揮されることもあり得る。また、酸分泌抑制薬と消化管運動促進薬の併用が有用なケースもある。
<消化管運動促進薬>
・前述のように胃排出障害も一部みられるため、モサプリドやドンペリドンなどの消化管運動促進薬の使用は検討される。これらはFD患者においてプラセボ薬よりも有効であることは示されている。
・ほか、AchE阻害薬であるアコチアミドの使用も検討され、胃排出を促す作用がある。本邦での897人のFD患者を対象としたRCTでは介入群では52%の患者で症状が改善し、対照群では35%に留まった(P<0.001)。なお、アコチアミドは食後の腹部膨満感、早期腹満感に関しては有意な改善がみられたが、心窩部痛の改善に関してはみられなかった。
<抗うつ薬>
・FDには腸脳相関や中枢性感作が病態として関与している可能性が示唆されている。
・ミルタザピンは早期腹満感とQOLの改善に有用なことが示されている。ほか、アミトリプチリン、エスシタロプラムの有効性も示されている。
・ベンラファキシン、セルトラリンの有用性は示されていない。
・疼痛に関しては抗うつ薬とプレガバリンあるいはガバペンチンとの併用も一部有用なケースがあると考えられている。
<心理療法>
・FDにおける心理療法の有効性の検証に取り組む研究が十分とはいえない。
<その他の治療>
・ストレス軽減、不安の緩和は重要である。なお、抗不安薬を利用することが有益であるというエビデンスはない。
・食事に関する一般的な助言としては高脂肪食を回避すること、症状を悪化させる食物が判明していればそれを回避することなどが挙げられる。
・FDにおいて鍼灸治療、プロバイオティクスなどの有効性に関しては一貫していない。
・一部の患者ではハーブサプリメント、カプサイシンの有効性が示唆されるが、確固としたエビデンスとはいえない。
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<参考文献>
・Talley NJ, Ford AC. Functional Dyspepsia. N Engl J Med. 2015 Nov 5;373(19):1853-63. doi: 10.1056/NEJMra1501505. PMID: 26535514.