甲状腺機能亢進症 Hyperthyroidism
甲状腺機能亢進症とその疫学
・甲状腺機能亢進症の最も一般的な原因としてはバセドウ病(GD: Graves’ disease)が挙げられる。そのほかに、中毒性多結節性甲状腺腫、亜急性甲状腺炎、無痛性甲状腺炎などが挙げられる。
・バセドウ病ではTRAbによって、TSH受容体が刺激され、甲状腺ホルモンの分泌が促進される。
・甲状腺機能亢進症の他の原因としてはヨード過剰摂取、TSH産生下垂体腫瘍、TSH産生腫瘍(絨毛がん、胚細胞性腫瘍など)、甲状腺癌、アミオダロン誘発性甲状腺炎、妊娠による影響などが挙げられる。
・妊娠に伴う甲状腺機能亢進症では典型的には産後1~4ヶ月で生じる無痛性甲状腺炎などが考えられる。通常、これらの病態はSelf-limitedな経過となり、その後、一時的に甲状腺機能低下状態に変わった後に、甲状腺機能が回復する。したがって、通常、抗甲状腺薬や放射性ヨード内服治療(RAI)を必要としない。通常はβ遮断薬による支持療法が用いられる。
・アミオダロン誘発性甲状腺炎はⅠ型とⅡ型とがある。Ⅰ型はバセドウ病型とも呼ばれ、バセドウ病あるいは中毒性多結節性甲状腺腫が甲状腺ホルモンの過剰産生を起こすタイプである。Ⅱ型は破壊性甲状腺炎型とも呼ばれ、甲状腺濾胞の破壊を伴うタイプである。いずれも通常はSelf-limitedな経過をたどり、必ずしもアミオダロンの中止を要するとは限らないこともある。治療にはステロイドや、難治性の場合には手術が検討される。
臨床症状
・甲状腺機能亢進症では基礎代謝率が向上する。症状は様々で、体重減少、易疲労感、暑がり、発汗亢進などが知られる。
・皮膚所見としては温かく湿った皮膚、脱毛などが知られる。また、バセドウ病では前脛骨部に粘液水腫がみられ、浮腫として認識されることもある。また、リンパ節腫脹、男性では女性化乳房、女性では無月経に至ることもある。
・筋骨格系の症状/所見としては脱力感、骨膜下吸収像、骨粗鬆症、骨折リスク増加などが知られる。
・消化器症状としては嚥下障害、下痢、食欲亢進などが知られる。
・眼所見として、バセドウ病では上眼瞼後退(lid retraction)、甲状腺眼症(Graves’ ophthalmopathy)がみられることもある。高齢、喫煙、症状の持続期間の長さ、女性という点はそれぞれ甲状腺眼症のリスク因子である。
・甲状腺機能亢進症では高血圧症、頻脈を伴いやすい。甲状腺機能亢進症では主に過剰なFT3により心収縮力が増強し、一方で細動脈は拡張し、体血管抵抗は減少する。その結果、RAA系の活性化に至ると考えられている。
・甲状腺機能亢進症は動脈硬化リスクになり、また心房細動や慢性心不全のリスクにもなる。特に高齢、男性という点は心房細動のリスク因子である。
・頻脈などの治療は甲状腺機能亢進症の治療と並行して行われ、β遮断薬が利用されることが多い。
血液検査
・TSHは感度が高いため、甲状腺機能異常を疑った場合に提出が求められる。TSHが異常値である場合に、さらなる評価を目的にFT4、FT3の提出などが検討される。
・バセドウ病ではTRAbが陽性となる。
・T3/T4比も鑑別における参考所見となる。バセドウ病でT3/T4比がより高値になりやすいことが知られ、Cut off値を2.5とする報告もある。破壊性甲状腺炎では濾胞破壊により濾胞内のT3、T4が同程度に血中に漏出するのに対し、バセドウ病ではT4をT3へ変換する1型脱ヨード酵素が活性化され、T3濃度がより高くなることが知られている。
・稀な病態も存在し、TSHが低値でなくても、異常な蛋白結合状態(妊娠/エストロゲン治療/肝炎/急性間欠性ポルフィリン症/薬物中毒/高地など)により、FT4やFT3が高値である場合があり、このとき甲状腺機能亢進症状態にあるケースもみられる。
・高用量のビオチン(Vit.B7)摂取によりFT4が偽高値となることがある。
・甲状腺がびまん性に腫大し、甲状腺機能亢進状態が証明され、TRAb陽性であればバセドウ病の診断は確定する。TRAbが陰性であったり、診断が不明確であったりするケースではシンチグラフィによりバセドウ病とその他の疾患の区別をすることができる。
・甲状腺機能亢進症の病因が自己免疫性である場合には抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体)が陽性となることもある。
画像検査
・病歴や検査所見から甲状腺機能亢進症が疑われるケースでは超音波検査やシンチグラフィなどの画像検査が診断および治療方針決定に役立つ。
・超音波検査ではバセドウ病においてはびまん性の血流亢進がみられる。そのほ甲状腺炎、中毒性結節性甲状腺腫の区別にも役立つ。
・シンチグラフィは全例では行わないが、バセドウ病や中毒性多結節性甲状腺腫、破壊性甲状腺炎などを区別することに有用である。
・甲状腺ホルモンが過剰に分泌されているが、継続的な過剰産生が生じているわけではない病態ではシンチグラフィでの取り込み亢進は生じず、具体的にはアミオダロン誘発性甲状腺炎、亜急性甲状腺炎、異所性甲状腺組織による甲状腺中毒症、甲状腺濾胞癌の転移、卵巣甲状腺腫(struma ovarii)などが挙げられる。
抗甲状腺薬とその他の薬物治療
<バセドウ病>
・バセドウ病に対して、一般的にまずは外科手術や放射性ヨード内服治療(RAI)ではなく、薬物治療が選択される。
・抗甲状腺薬としてはメチマゾール(MMI)、プロピルチオウラシル(PTU)がある。コレラの薬剤は効果がピークに達するまでに数週間(文献により4~6週間)要するため、治療開始初期においては症状緩和目的にβ遮断薬を併用することもある。ただし、β遮断薬は喘息に対して禁忌である点に留意する。β遮断薬を使用できない場合の代替薬の候補としてはカルシウム拮抗薬(ベラパミルなど)が挙げられる。
・β遮断薬は頻脈や振戦を改善させながら、T4からT3への変換を阻害する効果も併せ持つ。プロプラノロールは比較的使用されることが多く、1回10mgを1日3~4回服用とすることも多い。
・抗甲状腺薬ではMMIが第一選択薬とされるが、催奇形性があるため、妊娠中は原則としてPTUが選択される。したがって、特に器官形成期にあたる妊娠初期はMMIの投与が禁忌とされる。バセドウ病治療ガイドライ2019ではMMIについて妊娠5週0日から9週6日までは使用を避けること、内服中に妊娠が判明した場合、妊娠9週6日までであれば速やかに中止し、患者の状態に応じて休薬または他剤へ変更することが強く推奨されている。
・MMIは一般的にPTUよりも有効性が高く、半減期や作用時間が長く、1日1回の投与が可能である点、副作用の観点などからPTUよりも優れる。MMIは15~30mg/日、PTUは300mg/日などで使用される。
・MMIは甲状腺ペルオキシダーゼを阻害することで甲状腺ホルモン合成の初期段階を阻害し、サイログロブリン合成も阻害する可能性が指摘されている。PTUは新規のホルモン合成を阻害するが、末梢でのT4からT3への変換も減少させることが指摘されている。
・MMIの軽度の副作用としては発熱、皮疹、脱毛、リンパ節腫脹、頭痛、筋肉痛、関節痛などが知られる。重篤な副作用としては無顆粒球症、肝障害、血管炎などが知られる。抗甲状腺薬の副作用は主に投与開始3ヶ月以内に出現する。ただし、副作用で知られるANCA関連血管炎は投与1年以降の方が発症頻度は高いという報告もある。なお、ANCA関連血管炎を発症するリスクはMMIよりもPTUの方が高く、約40倍とする報告もある。
・初回投与の2~6週後にFT4、FT3をチェックし、その値に応じて投与量を調整することも検討される。TSHは通常、数カ月間は抑制されたままであることも稀でない。甲状腺機能の正常化が確認されたら、4~6週間毎にモニタリングしながら用量を30~50%減少させられる。
・バセドウ病の場合、抗甲状腺薬はTSHとTRAbが基準値内に復帰して寛解状態にあると考えられる場合、12~18ヶ月後に中止することを検討可能。抗甲状腺薬による治療を受けている患者の約半数が寛解状態に至る。もしも抗甲状腺薬を中止できた場合には最初の6ヶ月間は2~3ヶ月毎に、次の6ヶ月間は4~6ヶ月毎に、その後は6~12ヶ月毎に甲状腺機能をフォローすることを推奨するガイドラインもある。なお、数年経過してから甲状腺機能亢進症が再発することもある。
・バセドウ病では投与中止前のTRAb値から薬剤を離脱できる可能性を予測できる場合がある。再発しやすいケースでは若年で、甲状腺腫が大きく重症例に相当し、T3/T4比が高く、TRAbのベースラインが高い傾向にある。
・バセドウ病ではヨウ化カリウム(KI)を併用する場合もある。KIは甲状腺からのT4およびT3分泌を抑制する効果を有する。ヨウ化カリウム丸 50mg/日で併用することも多く、迅速な甲状腺ホルモン低下が期待できる。ただし、KIではエスケープ現象が知られるため、1~2ヶ月程度の短期間の投与に留めることもある。
<無痛性甲状腺炎>
・通常は自然軽快するため、頻脈などに対するβ遮断薬といった支持療法が基本となる。
・典型的には1~3ヶ月程度かけて甲状腺機能亢進状態を脱する。しかし、その後、数ヶ月は甲状腺機能低下状態に転じることもあり、ときに甲状腺ホルモンを補充することも検討される。
<亜急性甲状腺炎>
・治療はPSL投与で行うことが通常である。ただし、軽症例などではNSAIDsや無治療で経過観察することもある。
・PSLは15mg/日で開始することが多い。2週毎に5mg減量することもある。
・炎症が鎮火し、超音波検査で無エコー域が消失したことなどを確認し、総合的判断で治療終了とする。
RAI(放射性ヨード内服治療)
・RAIのメリットとしては手術のリスクを回避できる可能性があることなどが挙げられる。
・詳細は割愛する。
手術
・手術による治療のメリットは治癒率がほぼ100%であることなどが挙げられる。
・デメリットとしては出血、低カルシウム血症、反回神経麻痺損傷のリスクがあることや、その後の甲状腺ホルモン補充が必要になる可能性があることなどが挙げられる。
・通常、バセドウ病と中毒性多結節性甲状腺腫に対しては甲状腺全摘術が推奨される。中毒性の孤立性甲状腺結節の場合では部分切除術が行われることがある。
・詳細は割愛する。
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<参考文献>
・Doubleday AR, Sippel RS. Hyperthyroidism. Gland Surg. 2020 Feb;9(1):124-135. doi: 10.21037/gs.2019.11.01. PMID: 32206604; PMCID: PMC7082267.
・バセドウ病治療ガイドライン2019