急性散在性脳脊髄炎 ADEM: Acute disseminated encephalomyelitis
目次
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)とその疫学
・急性散在性脳脊髄炎(ADEM:Acute disseminated encephalomyelitis)は感染症などの外陰を契機に免疫病態が惹起されて中枢神経に脱髄が生じる疾患で、典型的には脳症と多巣性脳病変とを伴う。
・通常、3~7歳の小児に好発し、しばしば単相性の経過で、良好な転帰を辿る。
・鑑別では抗MOG抗体関連疾患(MOGAD)、あるいは多発性硬化症(MS)や視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)との検討が求められる。
・検査で急性の脱髄疾患であることが示唆されたら、炎症と活性化された免疫病態とを抑えるための治療を開始し、罹病期間と重症度とを改善させることが重要。また、理学/作業/言語療法などを早期から開始することで転帰は改善するかもしれない。
・小児10万人あたり年間0.2~0.4人が発症すると推定されていて、稀な疾患である。
・最大75%で、発熱を伴う上気道炎あるいは消化器疾患の発症が先行する。
・冬と春に多く発症するという報告例がある。
病態
・ADEMは前述のように感染症などの外陰を契機に免疫病態が惹起されて中枢神経に脱髄が生じる疾患である。
・髄鞘を構成するミエリン蛋白が、誘引となる病原体の抗原を交叉性を有することで発症するとも考えられている。
・ADEMの発症と関連することが報告されている病原体としては麻疹、風疹、帯状疱疹、インフルエンザウイルス、EB virus(EBV)、単純ヘルペスウイルス(HSV)、エンテロウイルス、コクサッキーウイルス、肺炎マイコプラズマ、ボレリア・ブルグドルフェリ、β溶連菌などが知られる。また、2020年にCOVID-19が流行した際に、ADEMの発症報告例が複数存在した。
・現在のところ、ADEMと予防接種歴との間に有意な関連性はないというエビデンスが多くを占める。
臨床症状/臨床経過
・典型的には外因曝露(主に感染症)から1~2週間で神経症状が出現する。症状としては頭痛、悪心/嘔吐、意識障害などがみられ得る。
・特に脳症と多巣性の神経症状とがADEMの中核的な症状である。そのほかの症状として四肢脱力、精神状態の変化、運動失調などがみられる。
・脳症の程度は様々で、錯乱、傾眠、嗜眠などのこともあれば、昏睡状態に相当することもある。
・通常、症状のピークに達するまでに4~7日間ほどかかる。
・視力異常、四肢脱力/尿閉などを呈することもあり、この場合、視神経炎や横断性脊髄炎の合併を疑うこととなる。
・ADEMによる急性の変化は2~4週間程度続くこともある。重症例では呼吸不全、難治性のけいれん発作、重篤な脳症を伴うこともあり、ときにICUでの管理も必要となる。また、急性出血性白質脳炎(AHLE)はADEMの劇症型としても知られ、ときに致死的な転帰を辿る。
臨床評価
・ADEMは通常、臨床症状/所見、画像所見などから総合的に臨床判断される。特異的な検査内容や予後を規定するような画像所見はない。また、同時に他の病因、特に感染症(脳炎など)、他の炎症性脱髄疾患の除外が重要である。
・The international pediatric multiple sclerosis study groupはADEMを以下のように定義している。
- 炎症性脱髄が原因と推定されるような、多巣性な中枢神経症状がみられる
- 脳症は発熱によるものとして説明できない
- 発症から3ヶ月以上経過しても、臨床所見およびMRI所見が変化しない
- 急性期(発症3ヶ月以内)の頭部MRI所見で異常がみられる
・以下にADEMの発症が疑われるすべての小児で実施されるべき検査について取り上げる。
MRI撮像
・MRI撮像はADEMに特徴的な多巣性病変を確認するために有用。
・まず頭部MRI撮像についてであるが、T2-FLAIRは病態を反映しやすく、典型的には境界不明瞭な非対称性の信号変化として捉えられる。大きさは1cm未満のものから、数cmに及ぶものまで様々である。特に深部白質と皮質化白質が侵されやすいが、脳室周囲の白質が侵されにくいことがMSとの違いである。また、T1WIでは低信号病変がみられにくいのがADEMらしい所見である。
・次に脊椎MRI撮像についてであるが、感覚障害や四肢脱力、膀胱直腸障害を伴う小児に対しては脊椎MRI撮像を検討することとなる。T2WIやSTIR像での高信号変化は中心灰白質、白質、混合パターンなど様々なパターンでみられることがある。脊髄病変は通常1~2椎体レベルと短いものから、3椎体以上に及ぶものまで様々である。成人では長椎体脊髄病変(LETM: longitudinally extended transverse myelitis)が抗AQP4抗体陽性のNMOSDと高い相関性を示すが、小児においてはそれよりもさらに長い病変がみられることが典型的である。
・抗MOG抗体関連脊髄炎ではLETMを呈することがあり、また灰白質優位のパターンを呈することもある点に留意が必要。なお、抗MOG抗体関連疾患(MOGAD)では下部胸髄や腰髄などの脊髄尾側を侵す傾向にあるが、この傾向はMSやNMOSDではあまりみられない。
脳脊髄液検査(CSF)
・髄液検査は中枢神経系の炎症性疾患あるいは感染性疾患を鑑別することに有用である。
・CSFの検査では細胞数、分画、蛋白、グルコース、髄液圧などを調べる。ときにHSV-1/HSV-2、エンテロウイルス、インフルエンザウイルス、EBvirus(EBV)、VZV、ウエストナイルウイルス、サイトメガロウイルス、風疹、細菌(梅毒、肺炎マイコプラズマなど)に関する検査も行う。
・髄液中の多核球増多、蛋白増加はADEMでよくみられる所見である。出血を伴うタイプのADEMでは髄液中の赤血球増多がみられることもあるが、HSV脳炎などの感染性疾患でもこういった所見はみられ得る。
・脳圧亢進がみられることもあり、注意する。
・CSFのオリゴクローナルバンドの確認もときに有用である。CSF検体で2つ以上の特異なオリゴクローナルバンドが存在する所見はMSでみられることがある。なお、ADEMの患者でオリゴクローナルバンドがみられるケースは20%未満である。
血液検査
・MOG-IgG、NMO-IgGの検査は感度が高く、またそれぞれ疾患特異的である。
・MOG-IgGが持続的に陽性となるケースでは再発リスクが比較的高いと考えられる。
補助的な検査
・感染性/腫瘍性/血管性/代謝/遺伝性(ミトコンドリア病を含む)疾患の鑑別を進めることも重要。
・代謝/遺伝性疾患はは月~年単位での緩徐な経過をとることが多い。一方で、血管性疾患であれば一般的に分単位から長くても時間の経過で症状のピークに達することが典型である。
・血液検査でのCRPやESR亢進はときに炎症性/感染性疾患を示唆する。
・精神状態や覚醒度が変動する場合には不顕性発作の有無を確認する目的で脳波検査を実施することも考慮する。
・非常に稀ながら、原発性中枢神経血管炎(PACNS: primary angiitis of the central nervous system)が鑑別疾患となることがある。この場合は脳生検の適応となる。
治療アプローチ
・ADEMの初期検査および治療を行ううえで、急性脳症や髄液ないし頭部MRI撮像で炎症性病態が示唆される場合には抗菌薬の経験的投与を行うことが考慮される。
・低血糖あるいは髄液糖低下は感染性の病因を反映していることもある。
・臨床的にADEMの可能性が最も高いと考えられる場合には高用量ステロイド投与、免疫グロブリン大量静注療法(IVIG)、血漿交換療法などの急性期治療が行われる。
First-lineの治療
・治療の第一選択としてはmPSLなどのステロイド静注が一般的に行われる。通常は30mg/kg/日(Max 1,000mg)を3~5日間投与する。
・代替レジメンとしてmPSL 10mg/kgやDEX 1~2mg/kg/日を3~5日間投与する方法もある。
・ステロイド投与により、炎症の鎮火、T細胞性免疫の抑制、CNSへの免疫細胞浸潤の抑制、活性化した免疫細胞のアポトーシス誘導などが期待されている。
・ステロイド投与した後は、慎重に臨床経過を観察し、精神症状、筋力、歩行能力、協調運動、感覚症状などを確認することとなる。なお、臨床的に有意な改善までに数日かかることもある。改善がみられない場合には劇症型に相当するADEMやあるいは診断が別にある可能性を考慮する。
・症状が著明に改善すれば、免疫療法を追加することは必須ではないかもしれない。その後、PSLなどの経口ステロイドを最初は1~2mg/kg/日(Max 60mg/日)ではじめ、5~10mg/週程度のペースで、4~6週間かけて漸減することが一般的とされる。いくつかの観察研究ではステロイドの漸減期間が3週間以内であったケースではより再発しやすい傾向にあったことが示されている(ただし統計学的有意差なし)。
Second-lineの治療
・ステロイド治療に反応性がみられるケースでは免疫治療を追加しないこともある。
・しかし、歩行不能、視力低下、持続的な意識障害などがみられる場合にはIVIGや血漿交換療法を検討することとなる。また、必要に応じて血漿交換療法を行った後にIVIGを行うという方法も提案されている。
・血漿交換療法は1日おきに5~7回行うことがある。血漿交換療法では循環する病的な免疫グロブリン、免疫複合体、補体、サイトカインなどを除去することで治療効果が発揮される。通常、3~4回の血漿交換療法で治療反応性がみられる。想定される有害事象としては低血圧、低カルシウム血症、疼痛、出血などが挙げられる。
・IVIGではその治療により免疫グロブリンの内因的産生量が減少し、病的な免疫複合体が減少することによって治療効果が発揮されると期待されている。IVIGは主にステロイド投与後に治療効果がみられないケースで実施され、ときに良好な治療効果が示される。
その他のマネジメント
・劇症型のADEMやADEMの超急性期では脳圧亢進が生じることがあり、脳圧の管理を要する場合もある。
・劇症型のADEMや、難治性のADEMではリツキシマブやシクロホスファミドなどの治療法が検討されることもある。しかし、多くのADEMの症例ではFirst-lineの治療、あるいはSecond-lineの治療までで治療反応性がみられる。
支持療法
・意識障害が悪化したケースなどでは気道確保を要することもあり、その場合は侵襲的人工換気を導入する場合がある。
・ほか、ときに抗痙攣薬、体液量および電解質異常の補正などを行う場合もある。
治療後の主な経過
・一般的にADEMに関連する臨床症状およびMRIで確認される病変は急性期治療が実施されることにより、経時的に改善する。
・初回の症状が出現して3ヶ月までの間に、ほとんどの神経学的症状は消失し、関連する脳MRI画像所見は縮小するか、あるいは完全な消失に至ることもある。この変化を確認するために、3~6ヶ月後に脳MRI撮像でフォローすることが推奨される。
再発性脱髄に対する主な治療
・ADEMを発症した場合には長期的な臨床経過およぼ画像所見のフォローアップがときに重要である。ADEMの別のエピソードが初発症状から3ヶ月以上経過してから生じることがあり、これをMultiphasic ADEMと呼ぶ。
・MOG-IgGあるいはNMO-IgG/AQO4-IgGが検出された場合は将来的に脱髄発作を起こす場合もある。もしもMOGADの一部としてADEMを発症していると考えられる場合で、発作を繰り返さない場合には免疫抑制薬が必須というわけではない。一つの方法としては発症6ヶ月時点と12ヶ月時点とでそれぞれMOG抗体を再評価し、もしも陰転化するようであればそれ以上の脱髄は生じにくいと考える見方もある。
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<参考文献>
・Wang CX. Assessment and Management of Acute Disseminated Encephalomyelitis (ADEM) in the Pediatric Patient. Paediatr Drugs. 2021 May;23(3):213-221. doi: 10.1007/s40272-021-00441-7. Epub 2021 Apr 8. PMID: 33830467; PMCID: PMC8026386.