肝膿瘍 liver abscess
肝膿瘍とその疫学
・嫌気性菌ではバクテロイデス属(Bacteroides spp.)、フソバクテリウム属(Fusobacterium spp.)が関与しやすい。
・肝膿瘍の最大10%では赤痢アメーバ(E.histolytica)が原因となり、特に熱帯地帯や発展途上国の患者、渡航者で好発する。なお、真菌が原因となる頻度はさらに低い。
・1980年代以前は大腸菌(E.coli)が主要な原因菌であったが、近年は特にクレブシエラ菌(Klebsiella spp.)が主な原因菌となり、ときに高病原性クレブシエラ菌が関与する。
・肝膿瘍の発症のピークは50~60歳代とされ、男性に好発する傾向にある。
病因
・肝膿瘍では経胆道感染が半数以上を占める、そのほか経肝動脈性感染、経門脈性感染もある。
・いくつかの研究ではK.pneumoniaeが原因となる肝膿瘍では消化管疾患(大腸癌を含む)によって生じていることが示唆されていて、この場合は主に経門脈性感染となる。
・なお、糖尿病の存在は高病原性クレブシエラ菌を原因菌となるリスク因子となる。
・赤痢アメーバ(E.histolytica)による肝膿瘍は大腸粘膜に侵入したアメーバ原虫が血行性(通常、経門脈性)に感染することが想定される。なお、アメーバ性肝膿瘍を発症した患者のうち、アメーバ赤痢を併発している患者はごく少数で、腸管症状もみられず、かつ便検体からE.histolyticaが検出されないこともある。
臨床症状/臨床経
・肝膿瘍の症状は非特異的なものであることも稀でない。
・頻度が高い症状は発熱(90%)、右上腹部痛(72%)、悪寒(69%)である。ほか、悪心(43%)、嘔吐(32%)、黄疸(21%)、頭痛(18%)、下痢(11%)などもみられる。
・肝膿瘍の破裂の頻度は小さいが、特にK.pneumoniae性肝膿瘍では比較的破裂リスクが高い。K.pneumoniae性肝膿瘍の破裂に関するリスク因子としては血糖コントロール不良な糖尿病の併存、5cm超の膿瘍、壁厚が薄くガス産生性の膿瘍が挙げられている。
・K.pneumoniae性肝膿瘍では血行性伝播のリスクが高く、10~45%で転移性感染巣を形成する。また5cm超の膿瘍は転移性感染巣形成に関する独立したリスク因子とされている。主な転移性感染巣は眼、髄膜、中枢神経系、肺である。眼内炎を併発した場合、亜急性経過の視力障害に至る場合がある。適切な抗菌薬静注治療および硝子体内注入療法を行っても視力が回復しないケースもある。
・アメーバ性肝膿瘍の臨床症状は細菌性肝膿瘍(化膿性肝膿瘍)の臨床症状と類似している。また、咳嗽がみられることもあり、ラ音が聴取されることもある。黄疸がみられる頻度は比較的低い。
血液検査
・血液検査ではときに貧血、白血球増多、赤沈亢進(ESR亢進)、CRP上昇、低アルブミン血症、高ビリルビン血症、トランスアミナーゼ上昇、ALP高値などがみられる。局所の胆管閉塞によりALPやγGTPは上昇しやすいが、肝酵素やビリルビン上昇は伴わないこともある。
・どの検査所見も肝膿瘍に特異的なものではなく、臨床症状、身体所見と合わせて検討し、肝膿瘍が疑わしい場合には画像検査へ進む必要がある。
・血液培養の提出は重要である。陽性率は20~30%程度と報告されている。
画像検査
・肝膿瘍は主に肝右葉に好発する。
・肝膿瘍の多くは単発性であるが、ときに多発性の膿瘍もみられる。
・右側性の胸水貯留がみられることもある。
・腹部超音波検査、造影CT撮像はともに感度96~100%とされ、主な診断法である。より感度が高いのはCT撮像である。
・単純CT撮像では膿瘍部分は低吸収域となる。造影CT撮像では膿瘍壁は通常、造影増強効果を伴う。
・腹部超音波検査では膿瘍部分が通常低エコー域として捉えられるが、多彩な所見となることもある。
・K.pneumoniae性肝膿瘍の頻度が増えつつあり、それに伴い特に血糖コントロール不良な糖尿病患者においてガス産生性の肝膿瘍が増加傾向にある。K.pneumoniaeは特に高血糖条件下で、組織中のグルコースを利用して、CO2を産生すると考えられている。
診断
・肝膿瘍の診断は主に画像検査と培養検査などに基づいて行われる。
・血液培養あるいは膿瘍培養でK.pneumoniaeが検出された場合に、String testが陽性ならば高病原性クレブシエラ菌と考えやすい。
・アメーバ性肝膿瘍の場合は膿汁がアンチョビペースト様の外観であることが典型的である。また、アメーバ抗体が陽性となる場合には可能性は高まる。アメーバ抗原検査の有用性は報告されているが、保険未収載である。
・アメーバ性肝膿瘍は従来、肝右葉に単発性に生じることが典型的とされていたが、多発性に存在する場合もある。
抗菌薬治療
・鑑別診断としてアメーバ性膿瘍の除外に努めることは重要であり、血液培養の提出に加えて、可能であれば膿瘍穿刺排液を行い、培養検査を行う。
・サンフォードでは経験的治療(empiric therapy)として”CTRX+MNZ”、”PIPC/TAZ+MNZ”などを提案している。MNZは主にアメーバ性肝膿瘍の可能性を想定する場合において使用することとなり、アメーバ性肝膿瘍ではMNZに対する反応性が良好である。PIPC/TAZをABPC/SBTに置換することも検討されるが、地域のアンチバイオグラムや患者背景、重症度なども加味したうえでの判断が望ましいと考えられる。培養結果、薬物感受性試験結果も加味して適切にDe escalationを行うこととなる。多くのケースで単剤のβ-ラクタム系抗菌薬による治療が可能である。
・循環動態に影響を及ぼす状況にあるような重症なK.pneumoniae性肝膿瘍ではβラクタム系抗菌薬+アミノグリコシド系抗菌薬の併用がより有効というエビデンスもある。
・治療効果判定は発熱の有無、血液検査、膿瘍所見の変化などから総合的に行う。膿瘍径の変化に関しては腹部超音波検査を繰り返すことで行うことが多い。
・どのぐらいの期間を静注治療、内服治療それぞれにあてるべきかについては不明確である。3週間の静注治療と1~2ヶ月間の内服治療を基本とする考えもある。
・高病原性クレブシエラ菌によって、中枢神経系の感染や眼内炎を合併した場合、髄液移行性が良好な第3世代セファロスポリン系抗菌薬が選択されやすい。髄膜炎を合併している場合にはCTXを最大2g 4時間毎、あるいはCTRXを最大2g12時間毎の高用量の投与とする場合もある。治療期間が短いと再発率が高いため、最低でも3週間の治療が推奨される。なお、ESBL産生菌による中枢神経系感染症の合併がある場合にはMEPMを選択しなければならないこともある。
・高病原性クレブシエラ菌による眼内炎の治療には抗菌薬静注療法と硝子体内注入療法との併用が望ましく、CAZ+AMKの静注療法が検討されることもある。
経皮的ドレナージ
・ソースコントロールとして経皮的ドレナージは有用である。
・ある研究では経皮経肝ドレナージによる治療は手術によるドレナージと比較して多発性肝膿瘍のケースに対して同様の有効性を示し、かつ入院期間が短いことが報告されている。
・特に経皮的ドレナージが推奨されるケースとしては①48~72時間の適切な内科的治療を行っても発熱が続くケース ②膿瘍が5~6cm以上のケース ③臨床的に、あるいは腹部超音波検査で膿瘍壁の穿孔あるいはその切迫が示唆されるケース が挙げられている。
外科手術
・抗菌薬治療および経皮的ドレナージが奏功しない場合などで外科手術が検討される。
・なお、合併症のないアメーバ性肝膿瘍に対する外科手術は一般的に不要とされる。これはアメーバ性肝膿瘍のほとんどがMNZによる治療のみで完遂できるためとされる。RCTではアメーバ性肝膿瘍に対してMNZのみで治療した群と、MNZ+経皮的ドレナージで治療した群とで、入院期間も解熱するまでの期間においても有意差がなかったと報告されている。ただし、比較的大きな膿瘍の場合はドレナージによる利点が得られるという報告もある。
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<参考文献>
・Lübbert C, Wiegand J, Karlas T. Therapy of Liver Abscesses. Viszeralmedizin. 2014 Oct;30(5):334-41. doi: 10.1159/000366579. PMID: 26287275; PMCID: PMC4513824.
・サンフォード感染症治療ガイド2023