急性虫垂炎 acute appendicitis
虫垂炎とその疫学
・急性虫垂炎(Acute appendicitis)は30~40歳代に好発する。なお、9歳以下の小児では発症率が低い。
・男女比は1.4:1と男性に多い。生涯発症率は男性8.6%、女性6.7%という報告もある。
・急性虫垂炎の発症率は全体として低下傾向にあるが、一方で穿孔症例の発症率は増加傾向にある。
病因
・虫垂の閉塞は虫垂炎の主な発症要因として知られ、糞石や悪性腫瘍などにより閉塞が生じ得る。若年者における症例では感染症によるリンパ濾胞増殖(lymphoid follicular hyperplasia)が主な原因と考えられているが、一方で高齢者における症例では糞石や腫瘤による閉塞が生じる可能性が高い。
・急性虫垂炎は虫垂壁の炎症から発症し、局所の虚血、穿孔、膿瘍形成、汎発性腹膜炎と進展し得る。虫垂の閉塞は内圧上昇を招き、虫垂壁における小血管の閉塞やリンパ流のうっ滞を惹起する。その結果、虫垂壁は虚血に陥り、最終的に壊死し、穿孔する。虚血状態にある虫垂炎では抗菌薬が効果的に作用しない可能性が示唆される。
・虫垂内圧が高まり、拡張すると、Th8~10における求心性神経が刺激され、漠然とした腹部正中の内臓痛が生じる。炎症が悪化し、周囲の腹膜刺激により体性痛に変化し、右下腹部痛として自覚されることとなる。
・虫垂炎の初期では好気性菌が優位であるが、病期が進行すると嫌気性菌との混合感染の割合が増える。起因菌としては主にE.coli、Peptostreptococcus属、Bacteroides fragilis、Pseudomonas属などが挙げられる。
臨床症状/臨床検査
・古典的には腹痛が初発症状で、通常は臍周囲、腹部正中に出現する。なお、臍周囲痛が出現した患者の約50~60%で、24時間以内に右下腹部に疼痛自覚部位が移動する。
・約80~85%で腹痛が出現後に食欲不振が出現し、40~60%で悪心がみられる。
・BcBurney点における圧痛(Sn 50~94, Sp 75~86)、Rovsing徴候(Sn 22~68, Sp 58~96)、Psoas徴候(Sn 13~42, Sp 79~97)、Obturator徴候(Sn 8, Sp 94)がみられる場合がある。
・白血球増多(>10,000/μL)は患者の67~90%でみられ、約80%で左方移動を伴う。なお、白血球増多の感度は70~80%、特異度は55~65%とされる。
画像評価
・虫垂炎は単純性虫垂炎(uncomplicated appendicitis)と複雑性虫垂炎(complicated appendicitis)とに区別される。単純性虫垂炎は穿孔や膿瘍形成などを伴わない急性虫垂炎と定義される。なお、複雑性虫垂炎は男性および高齢者に多い。
・症状が24時間以上持続することは穿孔のリスク因子である。しかし、24時間以内であっても穿孔に至るケースは存在する。
・画像評価としては超音波検査、CT撮像が有用で、特に診断にはCT撮像が優れる。急性虫垂炎の診断において腹部エコーは感度78%(95%CI: 67~86)、特異度83%(95%CI: 76~88)で、CT撮像は感度91%(95%CI: 84~95)、特異度90%(95%CI: 85~94)である。
・造影CT撮像は特に虫垂穿孔や膿瘍形成の有無に関する評価に有用である。造影剤の使用が困難な場合は単純CT撮像でも虫垂炎それ自体の診断は比較的高い精度で可能である。
・超音波検査は放射線被曝をしないことなどを理由に、虫垂炎が疑われるケースでまず最初に行うことが推奨される検査法であるが、仮に虫垂が描出されなかったとしても虫垂炎を安易に除外しないことが重要である。
・特に肥満症例では超音波検査の診断学的特性は低下する。705人の急性虫垂炎患者に関するレトロスペクティブ研究ではBMI>25の患者の42%で、BMI<25の患者の6%でそれぞれ腹部超音波検査によって虫垂炎らしい所見を描出できなかったと報告されている。
・超音波検査は放射線被曝をしない点で、小児と妊婦の症例で重宝される。
・単純性虫垂炎のCT所見としては虫垂拡張(≧7mm)、虫垂壁肥厚、虫垂周囲脂肪織濃度上昇などが挙げられる。虫垂内にガスが存在すれば盲腸との交通が示唆されるため、急性虫垂炎は除外される。
・複雑性虫垂炎のCT所見としては膿瘍形成、糞石の存在、虫垂壁外ガスの存在、イレウスの合併などが挙げられる。
・糞石の存在は重度の炎症と関連しやすく、穿孔リスクが増加することが統計学的有意差をもって示されている(38.7% vs 4.4%)。
外科的治療
・虫垂切除術は急性虫垂炎の有効な治療法で、現代では腹腔鏡手術が主流となっている。
・198人の急性虫垂炎患者を対象にしたレトロスペクティブ研究では開腹手術に比して、腹腔鏡手術では統計学的有意差をもって入院期間が短いこと、Surgical site infectionの発生率が低いことなどが示されている。
・急性虫垂炎の手術を受ける際には術前に抗菌薬投与を行うことが標準治療とされる。なお、術後に抗菌薬は通常必要ない。
抗菌薬治療
・いくつかのRCTやシステマティックレビューによると、成人の単純性虫垂炎の約60%は抗菌薬単独による治療が有効であることが示されている。
・複雑性虫垂炎の患者では経皮的ドレナージと、GNRおよび嫌気性菌をカバーする抗菌薬投与との併用が推奨される。
・抗菌薬の投与期間は病状によって異なる。手術を行わない単純性虫垂炎では10日間が推奨される。複雑性虫垂炎でソースコントロールができているケースでは4日間の投与で十分という見方もある。
・抗菌薬単独での治療戦略と、外科手術を基本とする治療戦略とを比較した臨床試験の多くではprimary end pointを1年以内の再発と定義されている。なお、抗菌薬単独での治療戦略群の再発率は15~41%とされる。なお、外科手術後に虫垂炎が再発することは稀(約5万件に1件)である。なお、ほとんどの臨床試験で糞石を伴う急性虫垂炎の症例は除外されていて、これはより複雑かつ重症な病態を示すことが一般的なためである。
・治療開始24~72時間以内に臨床的に改善がみられないケースが8~12%を占める。
・単純性虫垂炎において、抗菌薬単独での治療戦略における長期的転帰を評価した唯一のRCTがAPPAC trialである。このtrialでは抗菌薬単独で治療を受けた患者群の5年再発率は39.1%(95%CI: 33.1~45.3)であった。
・多くの臨床試験で再手術、創部感染、腸閉塞などの重大な合併症の発生率は外科手術群で抗菌薬単独治療群に比べて2~4倍高いことが示されている。なお、抗菌薬単独治療群で合併症の発生率が高いのは糞石を有する患者層であった(20.2% vs 3.6%(95%CI: 2.11~15.38))。
・実際にはそれぞれの治療法の利点とリスクとを提示したうえで対話し、個々の臨床所見、画像所見などに基づいて、外科治療と抗菌薬治療とのいずれを選択するかを決定することとなる。耐術能があり、ハイリスクなCT所見(糞石、虫垂拡張など)がみられる患者では抗菌薬のみでの治療では治療失敗リスクが高いため、腹腔鏡下虫垂切除術を選択するべきである。ハイリスクなCT所見がなく、耐術能がある患者では外科治療と抗菌薬治療との選択肢を検討することができる。また、ハイリスクなCT所見も耐術能もない患者ではまず抗菌薬治療を選択することとなりやすい。
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<参考文献>
・Moris D, Paulson EK, Pappas TN. Diagnosis and Management of Acute Appendicitis in Adults: A Review. JAMA. 2021 Dec 14;326(22):2299-2311. doi: 10.1001/jama.2021.20502. PMID: 34905026.