ヘモクロマトーシス hemochromatosis
ヘモクロマトーシスとその疫学
・ヘモクロマトーシス(hemochromatosis)は鉄過剰状態により様々な症状をきたす疾患で、主に肝臓と関節とを侵しやすい。そのほか、膵臓、皮膚、心臓、甲状腺、下垂体、精巣などに影響を与えることもある。
・ヘモクロマトーシスは一般的には遺伝的要因により生じるが、組織に鉄が沈着しても症状が生じるまでは数十年を要することもあり、遺伝的要因により生じる場合には30~40歳代で好発する。
・ヘモクロマトーシスの症例の95%はHFE遺伝子変異により生じる。遺伝様式は一部の遺伝子変異を除き、多くが常染色体劣性遺伝である。
臨床検査
・ヘモクロマトーシスでは通常、血液検査におけるトランスフェリン飽和度、フェリチン値の上昇がみられることで特徴づけられる。ただし、鉄関連項目はときに変動するため、あくまで再現性をもって検査所見が確認される必要がある。
・トランスフェリン飽和度上昇(45%以上)はp.C282Yホモ接合体の存在に関して、感度が男性で94%、女性で73%とされている。また血清フェリチン>300μg/Lは感度が男性で88%であり、血清フェリチン>200μg/Lは感度が女性で57%とされている。
・「トランスフェリン飽和度<45%」かつ「血清フェリチンが基準値内」である場合は陰性適中率97%とされている。
スクリーニング
・ヘモクロマトーシスのスクリーングが死亡率を低下させるなどといった根拠はなく、一般的にスクリーニングは推奨されない。
・ただし、最近のイギリスにおける研究ではp.C282Yのホモ接合体を有する男性ではHFE変異がみられない男性に比べて、死亡率が有意に高いことが示され、ハイリスクな男性集団においてはスクリーニングが有用かもしれないと考えられつつある。もしかしたら患者の一親等以内の人はスクリーニングが有用かもしれない。
肝疾患
・ヘモクロマトーシスであっても、肝線維化が進行していないケースでの生存期間は、年齢および性別をマッチさせた健康な対照群と同等であることが示されている。
・他の肝疾患が併存していない45歳以下のケースでは線維化が進行した肝硬変(肝生検によりScheuer fibrosisステージでF3~F4相当)はみられにくい。なお、F3~F4相当の肝硬変はヘモクロマトーシスの男性患者の約25%、女性患者の約8%でみられる。
・ヘモクロマトーシスにおける進行した肝硬変が生じるリスク因子としてはアルコール多飲、糖尿病、関節炎合併例、血清フェリチン>1,000pg/L、AST高値、肝における鉄濃度>200μmol/gなどが挙げられる。
・p.C282Yのホモ接合体である男性における原発性肝癌の生涯発症リスクはHFE変異を有さない男性の約12倍とされている(7.6% vs 0.6%)。なお、女性患者ではp.C282Yホモ接合体と肝癌との間に有意な相関性は示されていない。
・肝線維化が進行したケースでは原発性肝細胞癌または胆管癌の発症リスクが最も高くなり、約6ヶ月おきの超音波検査でのサーベイランスを受けるべきである。治療により肝線維化がF1~F2に改善した場合は肝細胞癌に関するサーベイランスを中止することも検討可能となる。瀉血は肝細胞癌のリスクを有意に減少させる。
関節炎
・ヘモクロマトーシスに関連した関節炎は1964年に初めて報告された。少なくともヘモクロマトーシス患者の24%でみられる。
・典型的にはMCP関節が最も侵されやすく、次いで股関節、足関節、橈骨主根関節、肘関節、肩関節、膝関節、腰椎が侵され得る。
・関節炎はヘモクロマトーシスのいずれの病期でもみられ得る。
・関節炎のリスク因子としては高齢、肝線維化の進行例、血清フェリチン値>1,000μg/L、血清トランスフェリン飽和度>50%の状態が最低6年間持続していることなどが知られている。
・関節炎を合併したヘモクロマトーシスのケースでは、関節炎非合併例に比してMCVが有意に高い。
・肝疾患と関節炎とは併存する傾向がある。関節炎を合併したヘモクロマトーシスでは、鉄貯蔵量が多いケースや肝疾患が進行しているケースでみられやすい。
その他の臨床症状
・皮膚の色素沈着、糖尿病、低ゴナドトロピン性性腺機能低下症、心筋症などを合併することがある。
・ヘモクロマトーシスではVibrio vulnificus感染症や日和見感染が生じやすい。
・心筋症は鉄除去治療により可逆的に改善し得る、稀な合併症である。
臨床評価
・ヘモクロマトーシスに関するアセスメントを行うべきケースは主に3つあり、①(無症状であっても)ヘモクロマトーシスの家族歴があるケース ②(無症状であっても)血清トランスフェリン飽和度、フェリチン値、アミノトランスフェラーゼ値が上昇しているケース ③ヘモクロマトーシスを疑う症状が存在するケース である。
・肝における鉄濃度の定量は線維化リスクの予測に役立つ。肝生検によってその評価を行うこともできるが、現在はより非侵襲的な方法もあり、具体的にはMRI撮像などが挙げられる。また、心筋鉄沈着の定量化にも有用という見方もある。
・進行した肝線維化は肝生検や前述の非侵襲的アプローチにより検出でき、線維化の進行度の評価は予後や肝細胞癌のリスクを見積もるうえで重要である。
・APRI(AST-to-platelet ratio index)やFIB-4 indexは肝生検で診断されたヘモクロマトーシス患者の進行した肝線維化を80%以上の精度で検出できる。また、APRIは治療に伴う肝線維化の改善に関するモニタリングに有用である。
・Hepascoreとtransient elastographyは進行した肝線維化を過小評価し、臨床的な有用性には一定の限界があることが示されている。
・臨床的に妥当と考えられるケースでは確定診断のために肝生検が推奨されることがある。
治療
・血清フェリチン高値を伴うヘモクロマトーシスのケースでは治療により臨床的改善が得られることが示されている。
・治療としてはまず瀉血が選択される。食事における鉄の摂取制限はほとんど有効性が証明されていない。
・生活上の注意点としてはV.vulnificusに関する感染リスクを減らすために生の魚介類の摂取を避け、また肝線維化の進行リスクを減らすために飲酒を控える。
・治療は治療期(treatment phase)と維持期(maintenance phase)とに分けられる。治療期としては血清フェリチン値が50~100μg/Lに達するまで毎週、瀉血を行う。そして、その後は目標とする血清フェリチン値を維持するための維持期となり、多くの場合で3ヶ月ごとの瀉血が必要であるが、その頻度は個々で異なる。
・瀉血は血清フェリチン高値で、鉄過剰症、真性多血症、晩発性皮膚ポルフィリン症で有用性が示されている。ただし、脂肪肝をはじめとした他の疾患で血清フェリチン値が高値なケースでは有用性は十分に示されているわけではない。
・治療により易疲労感を改善し、認知機能を改善させ、肝線維化を抑制し得る。肝硬変は適切な瀉血療法により最大23%のケースで改善を認め、18%のケースでは線維化レベルF2まで改善した。実際、瀉血療法により原発性肝癌のリスクは減少させられ、関節炎症状も改善させ得る。ただし、ヘモクロマトーシスに合併した糖尿病の治療には有効性は示されていない。
・瀉血療法を継続することができないような有害事象が生じてしまったケースでは赤血球アフェレーシスなどによる対処が検討される。赤血球アフェレーシスでは選択的に赤血球を減少させられる。そのほか鉄キレート治療(デフェラシロクス)が検討される。なお、米国消化器学会(ACG)は鉄キレート治療には肝毒性や腎毒性のリスクがあるため、鉄過剰症に対する第一選択とすることを推奨していない。ただし、瀉血に忍容性がないケースや重度の貧血や心不全などで瀉血が容易でないケースでは鉄キレート治療を推奨している。
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<参考文献>
・Olynyk JK, Ramm GA. Hemochromatosis. N Engl J Med. 2022 Dec 8;387(23):2159-2170. doi: 10.1056/NEJMra2119758. PMID: 36477033.