肺炎マイコプラズマ感染症 Mycoplasma pneumoniae
肺炎マイコプラズマ感染症とその疫学
・肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)感染症は市中肺炎の一般的な原因の一つである。
・マイコプラズマ肺炎は良好な転帰を辿ることの方が多く、しばしば”walking pneumonia“とも称される。しかし、全マイコプラズマ肺炎の0.5~2.0%は劇症型マイコプラズマ肺炎(fulminant MPP)に相当し、特に若年健常者で発症しやすい。
・マイコプラズマ肺炎は悪性疾患とはいえず、感度や特異度が高い検査がないことなどから依然として過小診断されているという報告もある。
・一般的にマイコプラズマ肺炎は4歳以上の小児と、青年期とにおいて好発することが知られる。
・日本からの研究ではマイコプラズマ肺炎は特に夏季の温度と湿度との上昇に関連していることが報告されている。マイコプラズマ肺炎の患者は気温が1℃上昇するごとに17%、湿度が1%上昇するごとに4%増加することが示唆されている。
・気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)を基礎疾患として有する方で発症率が高い。
臨床経過/臨床症状
・マイコプラズマ肺炎の症状は肺症状と肺外症状とに区別される。症状は非特異的で、ウイルス感染症の前駆症状に類似している場合がある。
・喀痰貯留やリンパ節腫脹がみられることは稀である。
・多くのケースで発熱、乾性咳嗽、筋肉痛、消化器症状を伴う。
・マイコプラズマ肺炎を発症している際に身体所見やバイタルサインに異常所見がみられないこともある。なお、比較的徐脈(relative bradycardia)がみられることがある。比較的徐脈は腸チフス、レジオネラ症、リケッチア感染症、鳥飼病などの他の疾患と比較すると、マイコプラズマ肺炎においてみられる頻度は比較的低いと考えられている。
・マイコプラズマ肺炎の発熱の程度については、微熱程度のケースから、39度超の高熱がみられるケースまで様々である。
・マイコプラズマ肺炎の臨床検査の所見も非特異的である。全体の約25%で白血球増多がみられるが、多くは基準値内か、むしろ低値なこともある。赤沈(ESR)が亢進している場合もある。肝機能、腎機能に影響が生じることは少ないが、血清CKやLDHが高値となるケースはある。
肺病変
・気管支炎に続く湿性咳嗽や乾性咳嗽はマイコプラズマ感染症の最も一般的な症状である。
・症状の程度は様々で軽度のウイルス感染様症状のようなケースから、感染を契機にCOPD増悪を来すケースまで様々である。
・なお、劇症型ではARDSや肺胞出血を合併することもある。
神経症状
・マイコプラズマ感染症による肺外症状で最も重要な所見として神経学的後遺症が挙げられ、患者の最大10%で報告され、特に小児発症例で多い傾向にある。
・頻度の高い神経学的後遺症は脳炎で、ときに遅発性の経過を辿る。
・マイコプラズマ感染症による二次的な免疫調節障害により、小脳障害、脳神経麻痺、Guillain-Barré症候群などを発症することがある。また、Mycoplasma pneumoniaeが髄液から分離される場合もある。
・神経学的症状のみられる患者における、Mycoplasma pneumoniaeに関する血清学的検査、PCR検査との相関性は乏しく、ときに診断は困難。
皮膚症状
・Stevens-Johnson症候群(SJS)はマイコプラズマ感染症で最も一般的かつ重篤な皮膚症状である。
・マイコプラズマ感染症に伴うSJSは、一般的な薬剤性SJSとは臨床経過、皮疹の分布、重症度が異なる場合があり、別個の疾患であることも示唆されている。
血液学的合併症
・血小板減少や寒冷凝集素症、血栓性血小板減少性紫斑病、播種性血管内凝固など様々な合併症が知られる。
・鎌状赤血球症の患者では寒冷凝集素症の発症リスクはさらに高まる。心臓関連合併症
・マイコプラズマ感染症で心臓由来の症状がみられることは稀であるが、心外膜炎、心タンポナーデ、心筋炎、心内膜炎などが知られている。
・こちらも自己免疫学的機序が想定されている。
筋骨格系症状
・マイコプラズマ感染症で化膿性関節炎、横紋筋融解症などの合併症が知られる。
・横紋筋融解症では多くの場合、肺症状と神経症状と併発しやすいが、単独の合併症となることもある。
消化器症状
・マイコプラズマ感染症に伴う消化器症状に関するデータは不足していて、エビデンスも十分でない領域である。
・マイコプラズマ感染症による肝炎は比較的早期に発症するタイプ(early-onset hepatitis)と遅発性に発症するタイプ(late-onset hepatitis)とがあり、前者は肝細胞への直接的な傷害が、後者は免疫学的機序がそれぞれ推定されている。
腎症状
・マイコプラズマ感染症にはネフローゼ症候群、間質性腎炎、IgA腎症などの急性糸球体腎炎の関与が推定されている。
画像検査
・マイコプラズマ感染症における画像検査所見は非特異的である。
・胸部X線撮影ではマイコプラズマ肺炎患者の約5%で異常所見がないと報告されている。
・胸部CT撮像では浸潤影、すりガラス影、胸水貯留がみられる場合がある。28人のマイコプラズマ肺炎患者の所見を分析した報告では浸潤影とすりガラス影とが最も一般的なパターンであることが報告された。
診断
・肺炎マイコプラズマは細胞壁を有さないため、Gram染色では確認ができず、診断の確定はときに困難である。なお、喀痰塗抹でみられる白血球は主に単核球である。
・マイコプラズマ肺炎患者の約75%で、感染2週目までに少なくとも1:32の寒冷凝集素価を示し、6~8週後には消失する。寒冷凝集素価に関する所見はマイコプラズマ肺炎に特異的なものではないが、肺炎患者の寒冷凝集素価が高ければ高いほど(1:64以上)、その結果が肺炎マイコプラズマによるものである可能性が高くなる。
・診断方法についてであるが、矛盾しない臨床症状に加えて、喀痰あるいは咽頭スワブによるMycoplasma pneumononiaeのPCR検査が陽性となることが現在の診断のゴールドスタンダードとされる。なお、抗菌薬が先行して開始されると、PCR検査の感度は低くなる。
・ペア血清による診断を用いる場合は経時的に抗体価が4倍以上に上昇することを根拠とすることが多い。なおIgM抗体はIgG抗体よりも早期に上昇する。ただし、ペア血清による診断は現在頻用される方法とはいえない。
・EBVとの交差反応性が知られている。また、寒冷凝集素価はマイコプラズマ肺炎患者の50~60%で上昇するため、マイコプラズマ感染症の診断の補助に用いられる。
・日本呼吸器学会が提唱する非定型肺炎のスコアリングシステムには①年齢<60歳 ②基礎疾患がないか、軽微である ③頑固な咳嗽がみられる ④胸部聴診所見が乏しい ⑤喀痰がない ⑥末梢血白血球数<10,000/μL の項目が含まれる。このスコアリングシステムはマイコプラズマ肺炎の診断に関して、感度88.7%、特異度 77.5%とされている。
治療
・マイコプラズマ感染症が7~10日間程度で軽快することは珍しくないが治療は必要なケースが多い。
・Mycoplasma pneumoniaeには細胞壁がないため、抗菌薬は細菌のリボソームに作用してタンパク質合成を阻害する作用を有するものを選択することとなる。具体的にはマクロライド系抗菌薬、テトラサイクリン系抗菌薬、キノロン系抗菌薬が挙げられる。
・現在はMycoplasma pneumoniaeはマクロライド耐性化が進行していて、第一選択薬としてはDOXYが挙げられる。
・キノロン系抗菌薬はDNA複製を阻害し、殺菌性の作用を有し、マイコプラズマ肺炎治療にも有用である。
・なお、サンフォードでは第一選択薬としてDOXY 100mg 1日2回 7日間投与を、第二選択薬としてAZM 初日500mg、その後から250mgを1日1回 4日間、あるいはLVFX 750mg 5日間を提案している。
・肺外症状を有するケースでは抗菌薬による治療が勧められる。それは細菌量を治療により減少させることで肺外症状を起こす自己免疫学的機序の軽減を図れるためである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
<参考文献>
・Bajantri B, Venkatram S, Diaz-Fuentes G. Mycoplasma pneumoniae: A Potentially Severe Infection. J Clin Med Res. 2018 Jul;10(7):535-544. doi: 10.14740/jocmr3421w. Epub 2018 Jun 4. PMID: 29904437; PMCID: PMC5997415.