本態性振戦 essential tremor
本態性振戦とその疫学
・本態性振戦(以下ET: essential tremor)は主に両側上肢の動作時振戦と定義される症候群である。
・成人の本態性振戦の有病率は0.4~6%程度とされていて、特に65歳以上の4~5%が罹患していると考えられている。
・好発年齢は二峰性で、思春期から青年期(20歳前後)にかけてと、60歳代とに好発する。また発症年齢が若いほど家族歴を有する割合が増加することが知られている。
・成人発症の本態性振戦に性差はないと考えられているが、高齢者の本態性振戦患者を対象にした調査では統計学的に有意に男性に多いことが示された。
・本態性振戦の約50%に家族歴がある。
振戦の特徴
<四肢の振戦(limb tremor)>
・本態性振戦の発症と進行は緩徐である。
・主に姿勢時振戦、つまり重力に抗した姿勢をとってもらった際にみられる振戦が両上肢にみられることが典型的。
・振戦は律動的で、通常8~12Hzの周波数である。
・姿勢時振戦は本態性振戦における最も典型的な所見である。
・369人の本態性振戦患者を対象にした横断研究では約95%で姿勢時振戦(postural tremor)よりも運動時振戦(kinetic tremor)の方が重度であったと報告されている。
・本態性振戦では通常、両上肢が侵されるが、振戦の振幅の様子(重症度)は非対称性である。
・本態性振戦では下肢も侵される場合があるが、割合として10~15%程度とされる。
・本態性振戦の罹病期間が長いケースでは安静時振戦(tremor at rest)がみられることもある。
・本態性振戦では約44%で企図振戦(intention tremor)がみられるという報告がある。
・頭部や体幹部の振戦がみられることもある。
・ある症例対照研究では63人の本態性振戦患者のうち、約44%で下肢の運動時振戦がみられたと報告されている。なお、対照群では14%でみられ、統計学的有意差がみられた。
・本態性振戦では振戦の振幅の増大の所見を書字で確認できる場合がある(Spinal drawing)。
<頭部の振戦(head tremor)>
・本態性振戦患者の多くで頭部振戦がみられる。頭部振戦は通常、本態性振戦の病期としては後期における症状とされる。なお、頭部のみに限局する振戦がみられる場合には頸部ジストニアの可能性を想起する。
・頭部振戦は通常、より高齢患者においてみられやすい。また女性においてよりみられやすいことが示されている。
・頭部振戦は「あー」あるいは「いー」と15秒間程度発してもらった最中やその直後に増悪することがある。また頭部振戦は仰臥位で消失することが多く、これらの所見は本態性振戦と、安静時の頭部振戦を伴う他の疾患との鑑別に有用である。
<顎の振戦(chin/jaw tremor)>
・顎振戦は本態性振戦でみられることは稀である。
・顎振戦は本態性振戦の重症度とともに増加する傾向にある。
・顎振戦は本態性振戦においては安静時のみにおいてみられることはなく、通常は姿勢時や持続的な発声時や会話時にみられる。
<音声振戦(vocal tremor)>
・本態性振戦では音声振戦がみられることがある。ただし、音声振戦が単独でみられる場合には別の診断の可能性(ジストニアなど)を考慮する。
・女性は男性よりも音声振戦がみられやすい。
臨床経過
・本態性振戦は進行性の疾患である。ただし、進行性の経過はたどるものの、罹病期間が長い患者を対象にした研究では重大な障害を有するケースは割合として10%未満であったという報告もある。
・発症年齢が高いケースでは進行速度がより早い可能性が示唆されている。
アルコールに対する反応性
・本態性振戦患者の約50%は飲酒により症状が改善する。
・ただし、飲酒により症状が改善するのは本態性振戦に特異的な特徴ではなく、例えばジストニア患者の約29%で飲酒により症状が改善すると報告されている。
・発症年齢が若いほど、飲酒に対する反応性が良好である傾向が示唆されている。
・飲酒による反応性がみられるかについて検証したテストでは10人の患者で飲酒45分後に効果がピークに達し、飲酒後90分間は効果が持続したと報告された。
平衡障害/歩行障害/聴覚障害
・本態性振戦の患者のなかには平衡障害を自覚する方もいる。
・エビデンスは限定的であるが、本態性振戦の患者の一部は聴覚障害を伴いやすいと考えられている。
診断
・本態性振戦は臨床診断がなされ、病歴聴取と身体診察とが診断に必要。
・特異的な情報ではないことには留意が必要であるが、家族歴とアルコールに対する反応性とは聴取する。
・本態性振戦はときに小脳失調との鑑別が難しいケースがあるが、企図振戦の所見は一つの指標になる。企図振戦を確かめると、小脳失調では動作中に振戦が生じるのに対して、本態性振戦では動作中に軽減し、目標に到達した後に増強することが典型的である。また、構音障害や眼振、失調様歩行は小脳失調ではみられるが、本態性振戦では通常みられない。
・甲状腺機能亢進症などの他疾患の除外も行う。
本態性振戦プラス
・通常、本態性振戦は振戦以外に所見を伴わないことが原則である。
・しかし、本態性振戦の特徴を有しつつ、安静時振戦や軽度の認知機能傷害などもみられるケースを本態性振戦プラスという概念で表現されている。
治療治療
・薬物治療の第一選択薬はプロプラノロールとプリミドンである。しかし、これらの薬剤の使用により、振戦の振幅が有意に改善するのは約半数に留まるとされている。
・多剤併用療法は単剤治療では効果が不十分な場合に検討されることがある。
<β遮断薬>
・プロプラノロールは本態性振戦の第一選択薬の一つであり、通常1日3回に分けて投与する。なお、頭部振戦と音声振戦に対してはプロプラノロールの有効性は乏しいことが示されている。
・プロプラノロールは気管支喘息などの患者で禁忌とされ、その場合には選択的β遮断薬の使用が検討される。海外のガイドラインではアテノロール1日100mgが”probably effective”という記載で推奨されている。
・プロプラノロールに対する治療反応性が不良な場合、通常は他のβ遮断薬も有効でない可能性が高い。
<抗けいれん薬>
・プリミドンは本態性振戦の第一選択薬の一つであり、プロプラノロールと同等の効果が示されていて、特に四肢の振戦に有効である。
・二重盲検化RCT(n=113)では全ての用量のプリミドンが四肢の振戦を改善させた。また、低用量(250mg)は高用量(750mg)の場合と有効性は同等かそれ以上であった。
・レトロスペクティブ研究ではプリミドン内服者の約50%で音声振戦の改善がみられたと報告されている。また、頭部振戦は一貫して有効性がみられなかった。
・第二選択薬としてはトピラマートが推奨されている。ただし、副作用が影響して内服中断となることが多いという指摘もある。そのほか第二選択薬としてガバペンチン、アルプラゾラム、クロナゼパムが挙げられている。
・振戦の軽減は必ずしも機能改善に結びつくとは限らない。
<他の治療法>
・他にボツリヌス毒素注入療法や脳深部刺激療法(DBS)などが挙げられていて、こちらについては割愛する。
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<参考文献>
・Shanker V. Essential tremor: diagnosis and management. BMJ. 2019 Aug 5;366:l4485. doi: 10.1136/bmj.l4485. PMID: 31383632.