乳酸アシドーシス Lactic acidocis
乳酸アシドーシスとその疫学
・乳酸アシドーシス(Lactic acidocis)は体内に乳酸とH+(プロトン)が蓄積することによって生じる。
・乳酸アシドーシスが敗血症や末梢低灌流状態によって生じている場合は死亡率が約3倍に上昇し、乳酸値が高いほど予後は不良となる。
・乳酸高値は組織における低酸素状態に起因する頻度が多いが、他の機序により生じることもある。
・乳酸の光学異性体はD-LactateとL-Lactateが存在するが、本まとめではL-Lactateについて記載する。
病態生理
・通常の乳酸代謝としては「ピルビン酸+NADH+H↔乳酸+NAD」で示される。
・ピルビン酸は主に嫌気的解糖系によって生成される(Embden-Meyerhof pathway)。上記の式で示されるような酸化還元反応は細胞質で生じ、LDHが触媒する。
・血中の乳酸:ピルビン酸比は通常10:1であるが、NAD濃度に対するNADH濃度が上昇すると乳酸の蓄積は促進される。
・体内では主に骨格筋などのLDHが多く含まれる組織で産生されやすい。乳酸はピルビン酸に変換され、肝臓、腎臓、その他の組織のミトコンドリアで消費される。この過程においては肝臓/腎臓で生じる糖新生と、肝臓/腎臓/筋肉/心臓/脳で生じるTCA回路、酸化的リン酸化とが存在する。
高乳酸血症(hyperlactatemia)
・乳酸高値は乳酸の産生量が消費量を上回る場合で生じる。なお、乳酸高値の原因を把握することはその治療方針を決定するうえで重要である。
・組織における低酸素状態は全身性のものであっても、局所的なものであっても、いずれにせよ乳酸は過剰に産生される。実際、低酸素血症が明らかでないケースであっても、末梢の微小循環障害による局所的な組織低酸素状態により乳酸高値となる。
・高乳酸血症は好気的解糖(aerobic glycolysis)によっても生じ、つまりカウンターホルモンの分泌亢進によっても生じる。たとえば敗血症や広範な外傷、重症の喘息(特にβ2受容体作動薬の使用)、ショック、褐色細胞腫などによるアドレナリンレベルの上昇に関連して高乳酸血症は生じる。また、炎症性病態が存在すると、サイトカイン依存性のグルコースの細胞内シフトによって好気的解糖は駆動される。
・好気的解糖と組織低酸素状態とはどちらも乳酸高値の原因となる。
・抗レトロウイルス療法やプロポフォールなどの酸化的リン酸化を阻害する薬剤の使用により、乳酸産生は促進され、稀に重篤な乳酸アシドーシスを呈する場合がある。
・肝臓は全身の乳酸のクリアランスに関わり、特に全体のクリアランスに関わる機構の最大70%は肝臓が担う。
・敗血症患者では血行動態が安定して、肝機能が正常であっても、ピルビン酸デヒドロゲナーゼの障害により乳酸クリアランスが低下する可能性がある。
・慢性肝疾患は敗血症やその他の原因による乳酸蓄積を増悪させる。しかし、特記すべき疾患がなければ、重度の肝硬変であっても血中乳酸値が過度に上昇することは稀である。ただし、劇症肝疾患ではしばしば乳酸高値がみられる。
乳酸高値の細胞機能への影響
・乳酸高値が細胞機能に与える影響は複雑である。
・ときに心収縮力、心拍出量、血圧、組織還流が低下して、不整脈を惹起しやすくなり、カテコラミンに対する心血管系の反応性が減弱する可能性がある。
・乳酸高値の程度よりもアシデミアの重症度の方が細胞機能障害や臨床的予後に影響する比重が大きい。
原因
・乳酸アシドーシスの原因とその機序は様々である。
・乳酸アシドーシスは組織低酸素血症を伴うタイプ(A型)と、伴わないタイプ(B型)とがある。しかし、実際には組織低酸素状態による影響と、それ以外の影響とを複合的に有するケースもある。
・A型乳酸アシドーシスの原因としては主に末梢還流障害による影響(敗血症、ショック、四肢の虚血、NOMIなど)、組織低酸素状態による影響(PaO2低値、Hb低値、CO中毒、メトヘモグロビン血症など)、組織の代謝需要亢進による影響(てんかん発作、悪寒戦慄、呼吸仕事量の増大など)で生じる。
・B型乳酸アシドーシスの原因としてはTCA回路の機能低下による影響(中毒性(アルコールを含む)、敗血症、薬剤性(メトホルミン、プロポフォール、バルプロ酸、リネゾリド、ミノサイクリン系抗菌薬、カルボプラチンなど)、Vit.B1欠乏など)、解糖系の亢進による影響(悪性腫瘍(Warburg効果)、交感神経亢進(アドレナリン作動、SABA/LABA吸入、カフェイン/テオフィリンなど))、糖新生低下による影響(肝疾患、薬剤性など)で生じる。
診断
・乳酸アシドーシスの確定診断には血中乳酸値の確認が必要で、つまり血液ガス分析が必要である。
・アニオンギャップ(AG)が基準値内であっても乳酸アシドーシスの存在を否定することはできない。
・ケトアシドーシスではAGの上昇幅とHCO3の低下幅との間には1:1の関係が認められることが多いため、この比率から逸脱した結果がみられる場合には酸塩基平衡障害の存在を疑う。
・一般的に乳酸9mg/dL(1mmol/L)あたりAGが1ほど上昇することが知られる。したがってAGの開大幅から乳酸に上昇分を差し引いても、説明がつかないような余剰の開大がみられる場合にはケトーシスの存在を疑う。なお、ケトン体1,000pmol/Lあたり、AGは1ほど上昇する。
治療
<循環動態と呼吸状態のサポート>
・血行動態が悪化した場合などでは必要に応じて血管収縮薬や強心薬の投与を開始する。
・アシデミアはカテコラミンに対する反応性を減弱させ、ときに薬剤必要量を増加させる。一方で、高用量のカテコラミンは末梢還流を減少させるか、あるいはβ2受容体作動それ自体により、乳酸高値を増悪させる可能性があり、薬剤の用量は慎重に調節する必要がある。
・生理食塩水の投与は高Cl性代謝性アシドーシスを悪化させる可能性があり、それ自体が腎機能障害を助長させ得ることが知られる。したがって、乳酸リンゲル液などが推奨する見方もある。
・大量の乳酸リンゲル液を投与することで、血中乳酸濃度が上昇することはあるが、乳酸クリアランスに異常がなければ、その上昇幅は小さいことが多い。
・組織への酸素供給は心拍出量、局所の血流量、Hb濃度、酸素分圧に依存する。Hb濃度が7g/dL以上を維持するために赤血球輸血を考慮するべきである。
・必要に応じて気管挿管と人工呼吸を導入することとなる。
<微小循環(microcirculation)の維持>
・微小循環障害が続くと、臨床的予後は悪化する。
・ドブタミン、アセチルコリン、ニトログリセリンを含むいくつかの薬剤は全身的な血行動態とは無関係に、微小循環(microcirculation)を改善させ、高乳酸血症を軽減し、そのことで臨床的転帰は改善することが知られている。
<原因特異的な治療>
・根本的には乳酸アシドーシスが生じる原因自体にアプローチすることが大切である。
・原因によるが、例えば細菌感染症に対する抗菌薬の開始、不整脈の管理、冠動脈インターベンション、透析療法などが挙げられる。
<酸塩基平衡障害のマネジメント>
・アシデミアは様々な有害な影響を来すため、特に重度のアシデミア(pH<7.20)に対しては重炭酸Naの静脈内投与が推奨される。しかし、死亡率減少や血行動態の改善に寄与するという根拠は乏しい事実もある。
・重炭酸Na投与による不利点としては投与後の二酸化炭素の蓄積による細胞内環境の酸性化などが挙げられる。
・乳酸アシドーシスに対して血液透析が選択される場合もある。
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<参考文献>
・Kraut JA, Madias NE. Lactic acidosis. N Engl J Med. 2014 Dec 11;371(24):2309-19. doi: 10.1056/NEJMra1309483. PMID: 25494270.