アニサキス症 anisakiasis
アニサキス症とその疫学
・アニサキス症(anisakiasis)とはアニサキス属の線虫(主にAnisakis simplex)に感染した生または加熱不十分な魚介類の摂取により発症する人獣共通感染症である。
・アニサキスの自然宿主としてはクジラ、アシカ、アザラシ、イルカ、セイウチなどが、中間宿主としてはサケ、ニシン、サバ、タラ、イカなどが各々知られている。ヒトはいわば偶然宿主にあたり、誤って摂取することで感染する。
・アニサキス症は1960年にvan Thielらにより初めて報告された。食習慣の影響もあり、日本や韓国でよく報告される。
アニサキス症の分類と病因
・アニサキス症は胃アニサキス症、腸アニサキス症、異所性アニサキス症(消化管外アニサキス症)の3つに大別され、大部分は胃アニサキス症が占める。大腸アニサキス症の報告例が増加傾向にある。
・臨床症状としては消化管症状のみならず、血管性浮腫、蕁麻疹、アナフィラキシーなどを伴うこともある。
・アニサキス症の病因は完全には解明されていないが、アニサキスが侵入することによってアレルギー性反応が生じることが関与していると考えられている。
臨床症状
<胃アニサキス症>
・胃アニサキス症はアニサキスに感染した魚を摂取し数時間後から激しい上腹部痛が出現することが典型的な病像である。症状は通常、12時間以内に生じる。
・そのほかの自覚症状として悪心/嘔吐、微熱などが挙げられる。
・胃潰瘍により吐血を呈するケースもある。
・萎縮性の胃粘膜よりも正常粘膜に侵入する頻度が高いと考えられていて、また正常粘膜に感染したケースの方がより臨床症状を呈しやすいとされている。
<腸アニサキス症>
・胃アニサキス症と比べると、自覚症状は非特異的であること多い。多くのケースでは疝痛、びまん性の腹痛、悪心/嘔吐がみられる。
・自覚症状は通常、感染した魚を摂取し5日以内に発症する。つまり、胃アニサキス症よりも症状発現までにより長く時間がかかりやすい。
・ときに急性虫垂炎、回盲部炎、憩室炎などと誤って判断されることもある。
・腸重積、腸閉塞、穿孔、腹膜炎、消化管出血などを合併することがある。
診断
<胃アニサキス症>
・胃アニサキス症の診断には生魚の摂取歴の聴取が重要で、上部消化管内視鏡検査で幼虫を直接確認することで診断される。
・最も頻度の高い粘膜変化はアニサキスが侵入した箇所を中心とした顕著な胃粘膜浮腫である。また、胃体部の大弯に侵入しやすい傾向にある。
・腹部CT撮像は激しい腹痛をきたす他疾患の除外に有用である。胃アニサキス症の場合は胃壁の顕著な粘膜下浮腫所見が確認される頻度が高い。また周囲脂肪織濃度上昇や腹水貯留もみられることがある。
<腸アニサキス症>
・腸アニサキス症の確定診断は困難で、これは小腸において幼虫の存在を直接確認することが困難なためである。診断においては腸アニサキス症に矛盾しない臨床症状と、生魚あるいは加熱不十分な魚の摂取歴の聴取とが重要である。
・また診断の補助として腹部CT撮像は有用であり、典型的には口側の腸管拡張を伴うような分節性の腸管浮腫性壁肥厚、腹水貯留がみられる。超音波検査でも腸管の浮腫性壁肥厚を確認できる場合はあるが、描出能はCTに劣ると思われる。
・また血清学的検査もときに有用であるが、診断を決定づけるほどのものではない。実際、ELISA法でのアニサキス特異的IgEまたはアニサキス特異的IgA/IgGの上昇も参考になることはあり、感度70%、特異度87%程度と報告されている。
・血液検査でWBC増多、CPR上昇、好酸球増多がみられることはあるが、腸アニサキス症に特異的な所見ではない。
治療
<胃アニサキス症>
・最も有効な治療法は早期の内視鏡的な虫体の除去である。なお、虫体は1体に限らず、複数の虫体が存在する場合もあり、注意を要する。また、前述したように胃体部の大弯に存在する傾向が強いとされている。
・虫体を除去できれば、通常、症状は速やかに改善する。
・現時点で明らかに有効な薬物治療は挙げられない。ただし、限られたエビデンスではあるが、アルベンダゾールが有効であることを示唆する報告もある。
<腸アニサキス症>
・腸アニサキス症の自覚症状は重篤で、ときに腸閉塞を呈し、外科的治療を必要とするような、いわゆる急性腹症に類似する病像を呈することがある。
・以前は手術治療が第一選択であったが、保存的加療の有効性を示す報告が以前よりも増えている。
・腸アニサキス症に対する標準治療はないが、本疾患が強く疑われる場合には保存的加療を選択する場合がある。アニサキス幼虫は人体内で生存ができないことも保存的加療を選択する根拠になっているかもしれない。しかし、保存的加療が無効であった場合には手術を検討しなければならない状況もあり得る。
予防
・予防において最も重要なことは生魚を摂取する際にはアニサキス症のリスクがあることを広く認識してもらうことである。
・またアニサキスを可能な限り目視で確認して、可能な限り予め除去しておくことが望ましい。
・米国食品医薬品局(FDA)は−35度以下で15時間冷凍するか、あるいは−20度以下で7日間定期的に冷凍するかを推奨している。なお、日本の厚生労働省は−20度で24時間以上冷凍するか、あるいは70度以上での加熱、60度であれば1分以上加熱を推奨している。
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<参考文献>
・Shimamura Y, Muwanwella N, Chandran S, Kandel G, Marcon N. Common Symptoms from an Uncommon Infection: Gastrointestinal Anisakiasis. Can J Gastroenterol Hepatol. 2016;2016:5176502. doi: 10.1155/2016/5176502. Epub 2016 Oct 9. PMID: 27800471; PMCID: PMC5075291.