前立腺炎 prostatitis

前立腺炎とその疫学

・前立腺炎(prostatitis)は特に50歳未満の男性に多い疾患で、発熱、排尿時痛、排尿障害などを特徴とする。

・男性が生涯で前立腺炎と診断される確率は25%以上とされる。

・前立腺炎の発症率は北米、アジア、ヨーロッパなどで同等。

泌尿器科手術後に生じる前立腺炎の一部は再発リスクや膿瘍形成リスクが高く、大腸菌以外の細菌が原因となることが多い。

・急性前立腺炎を発症した患者のうち、慢性前立腺炎に至るのは約5%で、前立腺膿瘍を合併するのは約2%とされる。慢性前立腺炎では泌尿器症状が長期的(通常3ヶ月以上)にみられる。

病態生理

・前立腺尿道は排尿や射精によりドレナージがなされるなど、感染に対するいくつかの防御機構が備わっている。

・しかし、尿道からの尿排出障害やそれに伴う逆流により、炎症、線維化、結石の形成がときに惹起される。

・前立腺炎のリスク因子としては人工物の使用(膀胱留置カテーテルなど)、尿道狭窄、尿道炎(特に性行為による)などが挙げられる。

・急性前立腺炎の一部で慢性前立腺炎を合併する。なお、慢性前立腺炎は過去に前立腺炎の既往がなくても、発症し得る。細菌バイオフィルムあるいは前立腺結石が形成されると、治療抵抗性の慢性感染が生じやすくなる。ただし、治療抵抗性の定義ははっきりと示されていない。

臨床経過/アセスメント

・急性前立腺炎では通常、排尿時痛と発熱や倦怠感などを伴う。

・評価の一環として、泌尿器疾患の併存の有無、Sexual activityの有無などを聴取する場合もある。

・身体診察では尿閉の有無、CVA叩打痛の有無、直腸指診などを確認する。

・急性前立腺炎における前立腺の触診は菌血症を惹起する可能性はあるが、愛護的に実施すれば安全と考えられている。急性前立腺炎では圧痛、熱感、腫脹がみられるが、慢性前立腺炎では圧痛、硬結、結節がときに触れる。

若年者などリスクのあるケースでは性感染症(淋菌、クラミジアなど)のスクリーニングを受けるべきである。

・前立腺炎の可能性を評価するうえで有用な血液検査項目はほぼないが、血液培養、尿検査、尿培養は提出する必要がある。急性前立腺炎における尿定性検査(亜硝酸塩、白血球反応定性)の陽性的中率は約95%であるが、陰性適中率は約70%である。

・古典的には診断は前立腺触診前に提出した尿中の白血球数および細菌数が、前立腺触診後の尿中の白血球数および細菌数よりも少ないことに基づく。

・慢性前立腺炎の評価としては通常、前立腺症状スコア(NIH-CPSI)の実施、尿流量、排尿後の残尿量の測定が含まれる。前立腺生検で得られた組織を利用した培養は感度が高くなく、特異性も低い。おそらく感染が局所的であるためと思われる。

・血清PSA値は急性前立腺炎患者の約60%、慢性前立腺炎患者の約20%、非細菌性前立腺炎患者の約10%で上昇がみられる。なお、抗菌薬治療後のPSA値の低下は全体の約40%でみられ、臨床的改善および微生物学的改善と相関することが知られている。

・前立腺膿瘍を疑うケースでは超音波検査などの画像検査を考慮する。

起因菌

・前立腺炎ではグラム陰性桿菌(GNR)が主な起因菌となる。

大腸菌は全体の50~80%で起因菌となる。その他の病原体としては腸内細菌科(主にクレブシエラ属、プロテウス属で全体の10~30%を占める)、腸球菌(全体の5~10%)、ブドウ糖非発酵菌(緑膿菌は全体の5割未満を占める)が挙げられる。頻度は低いが、ブドウ球菌や連鎖球菌が起因菌となることもある。

・若年者や性行為感染症のリスクが高いケースでは淋菌クラミジア・トラコマティスが起因菌となる割合が増えると考えられる。

・院内感染例では緑膿菌、腸球菌、黄色ブドウ球菌による割合が増える。

・なお、偏性嫌気性菌が慢性前立腺炎発症の原因となることは稀である。

・慢性前立腺炎を対象とした大規模前向きコホート研究によると74%が病因として感染性であることが示唆された。最も多く分離された細菌としてはクラミジア・トラコマティス(37%)、トリコモナス・ヴァジナリス(11%)であり、そのほかにウレアプラズマによる感染がみられた。

治療

・細菌性前立腺炎に対しては抗菌薬治療が治療の中心となる。一方で、非細菌性前立腺炎(NIHコンセンサス分類におけるカテゴリーⅢ・Ⅳ)に対する有用な治療法は明らかとなっていない

・細菌性前立腺炎では前立腺への抗菌薬移行性が小さいことなどが治療において障壁となる。前立腺内にはタンパク質と結合していない遊離型の抗菌薬のみが浸透する。

・淋菌や大腸菌をはじめとした細菌はフルオロキノロン耐性が進行していることが問題となっている。そのことも一つの理由として、第3世代セファロスポリン系抗菌薬(CTRXなど)などによる治療を選択することもある。

・抗菌薬種別ではPCGの前立腺内濃度は低いが、PIPCは良好な濃度を達成でき、慢性前立腺炎の治療に有用と示されている。また、AZT、IPM、一部のアミノグリコシド系抗菌薬、MINO、DOXY、EM、CLDM、STなども比較的、前立腺内濃度を維持しやすいことが示されている。

 <急性前立腺炎に対する治療>

・急性前立腺炎では少なくとも初期においては静注療法による治療が望ましい。多くの抗菌薬が急性炎症期においては前立腺に浸透しやすい。ペニシリン系(例:PIPC)、セファロスポリン系(例:CAZ, CTX)による経験的治療は比較的有用で、重症例などではアミノグリコシド系抗菌薬との併用も検討可能である。ただし、あくまで地域のアンチバイオグラムを加味した選択が望ましく、また培養結果に基づいて適切にDe escalationを行うことが重要。

臨床的に安定しているケースであれば内服治療に切り替えることができる。急性前立腺炎の治療期間は通常2週間であるが、重症例や菌血症合併例では4週間まで治療を継続することがある。

・急性前立腺炎に対する非薬物療法として十分な水分摂取、排尿を促すことなどが挙げられる。

 <慢性前立腺炎(カテゴリーⅡ)または炎症性非細菌性前立腺炎(カテゴリーⅢA)に対する治療>

・慢性前立腺炎は4~6週間の抗菌薬治療を要する。慢性感染を背景とし、前立腺結石が存在するケースなどではより長期の抗菌薬治療を要することもある。

・抗菌薬治療を繰り返すことは一般的に推奨されない。感染した前立腺結石が存在する場合には外科的に摘出することは他の方法が無効な場合に検討される。

・低用量の抗菌薬(例:ST合剤)による長期的治療は症状の再発を減少させる可能性があるが、エビデンスは十分でない。

・非細菌性前立腺炎のほとんどの症例に対して抗菌薬治療は有用でない。抗菌薬治療にα遮断薬(例:タムスロシン)を併用することで尿閉や排尿困難などの症状の緩和につながることが示唆されている。

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<参考文献>

・Lipsky BA, Byren I, Hoey CT. Treatment of bacterial prostatitis. Clin Infect Dis. 2010 Jun 15;50(12):1641-52. doi: 10.1086/652861. PMID: 20459324.

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