不眠症 insomnia
不眠症とその疫学
・不眠症(insomnia)はよく経験される睡眠障害で、プライマリ・ケアの現場で患者さんから打ち明けられる頻度も高い問題の一つである。
・成人の約10%が不眠症の基準をみたす。
・不眠症の発生率は女性や精神的問題の抱えた方に多い。発生率は中年期以降、また女性の場合は更年期において増加する。
・初期はストレスの多い生活状況、健康問題、不規則な生活リズムなどにより不眠症が生じる。ほとんどの人は一過性の症状であるが、こういったエピソードに対して忍容性が比較的低い人で不眠が慢性化することがある。
・更年期における女性では血管運動症状が睡眠障害を誘発する要素でもあり、睡眠障害を持続させる要素でもある。
・慢性不眠症はうつ病、高血圧症、アルツハイマー病などのリスク増加と関連する。
・24時間の過ごし方を聴取することは睡眠障害に対する介入ポイントを特定するのに役立つことがある。
不眠症のマネジメント
・不眠症に対する治療は認知行動療法(CBT-I)、薬物治療などが含まれる。
・適切な訓練を受けたセラピストが少ないことからCBT-Iが実施されることが少ないという問題がある。
認知行動療法(CBT-I)
・CBT-Iとしては不眠症の一因となっているような生活習慣や心理的要因(例: 睡眠に対する過剰な心配や不適切な考え方など)を変えることを目的とした取り組みが挙げられる。
・CBT-Iの中心的な構成要素として生活習慣の改善、リラクゼーション法、心理的/認知的介入(過剰な心配や不適切な考え方の修正など)、睡眠衛生指導が含まれる。マインドフルネスなどの心理学的介入も不眠症に適用されることがあるが、その有効性を支持するデータは現時点で十分でなく、また効果を得られるまでに時間がかかる。
・CBT-Iは現在、複数の診療ガイドラインで推奨される第一選択の治療法である。
・CBT-Iはメタアナリシスでも有効性を示されていて、全体の約60~70%で臨床的反応性がみられるとされている。
・睡眠衛生指導として、厚生労働省の研究班により作成された「睡眠障害対処 12の指針」が参考になる。
薬物療法
・ベンゾジアゼピン受容体作動薬の処方は着実に減少していて、トラゾドンの処方が着実に増加している。
・また、オレキシン受容体拮抗薬が2014年に登場し、今も広く使用されている。
・睡眠導入薬は女性、高齢者、非ヒスパニック系白人の患者さんで特に処方率が高く、これは不眠症の疫学的特徴を反映している。
<ベンゾジアゼピン受容体作動薬>
・ベンゾジアゼピン受容体作動薬にはベンゾジアゼピン系薬剤と非ベンゾジアゼピン系薬剤(いわゆる”Z-drug”のこと)とがある。化学構造は異なるが、いずれもGABA-A受容体のアロステリックモデュレーターであり、類似した作用と副作用を有する。
・ベンゾジアゼピン受容体作動薬は入眠潜時と中途覚醒をとを減少させ、総睡眠時間をわずかに増加させるという有効性が示されている。また、副作用として前向性健忘(5%)、翌日の鎮静作用(5~10%)、夢遊病などが知られている。これらの副作用は高用量、他の鎮静薬との併用、半減期が長い薬剤で特に生じやすい。
・疫学研究ではベンゾジアゼピン系受容体作動薬の長期使用は大腿骨近位部骨折、認知症の発症リスクの用量依存的な増加、期間依存的な増加に関係していることが示されている。ただし、交絡因子は関与している可能性は否定できない。
<鎮静作用を有する他の抗うつ薬>
・三環系抗うつ薬(例: アミトリプチリン、ドキセピンなど)やミルタザピン、トラゾドンなどの抗うつ薬は不眠症の治療でしばしば使用される。
・このうち、不眠症に対してFDAの承認を受けているのはドキセピン(本邦では未承認)のみで、不眠症の治療に対する有効性もドキセピン以外はエビデンスが十分でない。
・トラゾドンの使用に関するメタアナリシスでは、入眠潜時、中途覚醒、総睡眠時間に対する有効性について一貫性を欠く効果が示されている。
・現時点でのエビデンスを総括すると、鎮静作用を有する抗うつ薬の有効性は明確とはいえないかもしれない。
・副作用としては鎮静、口渇、心伝導障害、血圧低値、血圧高値などが挙げられる。
<オレキシン受容体拮抗薬>
・オレキシン作動性神経伝達を阻害することで覚醒が抑制され、結果として睡眠が促進されることが知られている。
・本邦ではスボレキサント(ベルソムラ®)、レンボレキサント(デエビゴ®)が使用可能で、臨床試験では入眠困難と睡眠維持に対する有効性が示されている。スボレキサント(ベルソムラ®)は連日の投与でせん妄の発症を予防する効果が示唆されている。
・副作用としては鎮静、疲労感、悪夢などが知られているが、ベンゾジアゼピン系受容体作動薬よりも認知機能に与える影響が相対的に小さい。
・なお、ナルコレプシーを有する患者さんではカタプレキシーを誘発する場合があるため、投与は禁忌である。
<メラトニン受容体作動薬>
・メラトニンは松果体ホルモンの一種で、夜間の睡眠中に主に分泌される。
・メラトニン1受容体(MT1受容体)、メラトニン2受容体(MT2受容体)に結合する薬剤として、本邦ではラメルテオン(ロゼレム®)が使用可能である。また、ラメルテオン(ロゼレム®)は連日の投与でせん妄の発症を予防する効果が示唆されている。
・入眠に対する効果は小さく、中途覚醒や総睡眠時間に対する有効性もほとんどないことが示唆されている。
・副作用としては傾眠と疲労感が最も一般的である。
<その他の薬剤>
・抗ヒスタミン薬(ジフェンヒドラミン(トラベルミン®)、ヒドロキシジン(アタラックス®))は不眠症に対してしばしば使用されている。
・その有効性を支持するエビデンスは弱いが、ベンゾジアゼピン系受容体作動薬よりも安全と誤解されていることなどが使用されている原因かもしれない。
・鎮静作用を有する抗ヒスタミン薬では過度な鎮静、抗コリン性の副作用、認知機能低下などを生じるリスクが高まる。
・ガバペンチン(ガバペン®)、プレガバリン(リリカ®)は慢性疼痛などで使用されるが、鎮静作用も有するため、特に疼痛を伴う場合の不眠症では適応外使用される場合がある。
薬剤の選択
・薬物療法が選択される場合、オレキシン受容体拮抗薬や低用量の抗うつ薬などが第一選択となりやすい。
・ベンゾジアゼピン系受容体作動薬を選択する場合は若年成人や短時間の使用に限定するケースなどが望ましい。
・特に高齢者において処方が不適切な薬剤を挙げるBeers criteriaのリストにはベンゾジアゼピン系受容体作動薬、抗うつ薬が含まれるが、トラゾドンやオレキシン受容体拮抗薬は含まれていない。
・投与の際にははじめの2~4週間は連日の使用として、その後、効果と副作用とを評価する機会を設ける。長期使用をする場合は間欠投与(週2~4回の使用)が推奨される。薬剤にもよるが、内服は就寝15~30分前を原則とする。
・長期使用では特にベンゾジアゼピン系受容体作動薬において精神依存、身体依存が生じる。漸減スケジュール(例: 1週間あたり25%ずつ減量など)は長期使用の際での減量あるいは中止に有用な場合がある。
単独治療あるいは併用療法
・薬物療法はCBT-Iよりも総睡眠時間を増加させることが示されている。
・CBT-Iと薬物治療の併用療法はCBT-I単独による治療よりもより早期に睡眠の改善をもたらすが、このメリットは治療開始4~5週目には減少する。そして、結果としてCBT-I単独による治療は薬物療法や併用療法よりも長期にわたって持続的な有効性を発揮することが示されている。
・患者さんによっては睡眠薬の使用を選択肢として提供することで、睡眠衛生の改善などの遵守率が低下することがある。
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<参考文献>
・Hatta K, Kishi Y, Wada K, Takeuchi T, Odawara T, Usui C, Nakamura H; DELIRIA-J Group. Preventive effects of ramelteon on delirium: a randomized placebo-controlled trial. JAMA Psychiatry. 2014 Apr;71(4):397-403. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2013.3320. PMID: 24554232.
・Hatta K, Kishi Y, Wada K, Takeuchi T, Ito S, Kurata A, Murakami K, Sugita M, Usui C, Nakamura H; DELIRIA-J Group. Preventive Effects of Suvorexant on Delirium: A Randomized Placebo-Controlled Trial. J Clin Psychiatry. 2017 Sep/Oct;78(8):e970-e979. doi: 10.4088/JCP.16m11194. PMID: 28767209.
・N Engl J Med 2024;391:247-258