鼠径ヘルニア/大腿ヘルニア

鼠径部におけるヘルニア(groin hernia)とその疫学

・herniaという言葉はもともとラテン語でいうところの”rupture(破裂)”に由来している。

・ヘルニアには3つの構成要素があり、ヘルニア門、ヘルニア嚢、ヘルニア内容である。

・鼠径部におけるヘルニア(groin hernia)は鼠径ヘルニア(inguinal hernia)大腿ヘルニア(femoral hernia)とに分けられる。直接型鼠径ヘルニア(内鼠径ヘルニア)も間接型鼠径ヘルニア(外鼠径ヘルニア)も鼠径靭帯より頭側で脱出し、前者は下腹壁動静脈の内側で、後者は外側でそれぞれ脱出する。一方で、大腿ヘルニアは鼠径靭帯より尾側で、大腿血管の内側において脱出する。

・鼠径ヘルニアの生涯発症リスクは男性で27%、女性で3%という推定がなされている。

・鼠径ヘルニアは右側性が左側性よりも多く、男性では女性よりも約10倍多いとされている。

・間接型鼠径ヘルニアは直接型鼠径ヘルニアの約2倍多い。

・大腿ヘルニアは鼡径部におけるヘルニア(groin hernia)で占める割合として5%未満である。しかし、大腿ヘルニアの35~40%は絞扼性腸閉塞をきたすまで診断されない。

・大腿ヘルニアの発症率は年齢とともに増加する。大腿ヘルニアは鼠径ヘルニアと異なり、女性の方が多い。

リスク因子

・鼠径ヘルニアの主なリスク因子としては男性、加齢、鼠径ヘルニアの家族歴が挙げられる。そのほか、COPD、喫煙、腹膜透析などもリスク上昇と関連するという報告もある。

・Ehlers-Danlos症候群、Marfan症候群、Hurler症候群、Hnnter症候群などのいわゆる結合組織に脆弱性を有する疾患でもリスク因子となると報告されている。

・重いものを持ち上げる労作などがリスク因子と成るかどうかについては明らかとなっておらず、システマティックレビューでもその関連性は明らかにされていない。

アセスメントと診断

・患者の約1/3は無症状である。

・症状としては患部の違和感(重い感じ、鋭い痛みなど様々)が自覚されることがある。また、咳嗽、排便、排尿、運動、性交時などの最中に疼痛や不快感が生じることもある。

・症状は通常は1日の終わり(夕方や夜など)に特に悪化しやすく、臥位になったり、ヘルニアを手で抑えたりすることで症状が緩和する。

突発的な激痛絞扼を示唆し、緊急的な外科手術が検討される。

・鼠径ヘルニアは視診で局所の膨隆がみられ、腫瘤を容易に触知されることで診断される。

・なお、直接型鼠径ヘルニアと間接型鼠径ヘルニアとは治療方針に影響を与えないため、区別は不要である。

・画像検査が必要なケースとしては身体所見が乏しいものの、鼠径ヘルニアを疑う典型的な症状を呈している場合が挙げられる。超音波検査は安価で被爆もせず、有用性が高い。ほか、CT撮像、MRI撮像も選択肢となる。実際にはMRI撮像までを要するケースは多くないと思われるが、解剖学的な詳細が最もよくわかるのはMRIと考えられる。

鑑別診断

・鑑別診断は臨床症状/所見によって区別が可能なことも多い。

・ヘルニアを疑う鼡径部の腫瘤を触れる場合の他の鑑別疾患としては鼡径リンパ節腫脹、軟部腫瘍、膿瘍などが挙げられる。

・陰嚢腫瘤の鑑別疾患としては陰嚢水腫、精巣腫瘍などが挙げられる。

・臨床症状は疑わしいが腫瘤がみられない場合には精巣上体炎、局所の筋骨格系疾患(股関節炎、恥骨炎など)、神経根圧迫、尿路結石などが挙げられる。

・スポーツ選手の場合には大腿骨寛骨臼インピンジメント、長内転筋腱障害、スポーツ性恥骨腱付着部炎などが鑑別疾患として挙げられる。

マネジメント

絞扼性腸閉塞の場合は緊急手術が必要とされる。この場合、圧痛を伴う鼡径部の腫瘤がみられ、ときに敗血症の徴候を示すことがある。

・なお、嵌頓(incarceration)絞扼性腸閉塞とは同義ではない。しかし、嵌頓状態は通常、保存的加療は困難で、治療をしない限りは絞扼性腸閉塞へ進行することが一般的である。

無症状あるいは症状が軽度なヘルニア

・ヘルニアの種類によらず、症状を有するケースでは修復術が推奨される。しかし、無症状あるいは症状があっても軽度な場合の鼠径ヘルニアに関しては少なくともルーチンでの修復術の実施が必須ではない。迅速な修復術とWatchful waitingとを比較したイギリスのRCTでは1年後の疼痛に統計学的有意差はなかったと報告された。ただし、Watchful waiting群に割り付けられた患者の約1/4が手術に移行していることにも留意する。

・Watchful waitingから手術に移行するまでの年数などについて調査したイギリスでの研究では7.5年後までに72%が手術に移行している。ケースによる判断は求められるが、無症状あるいは症状が軽度なヘルニアに対するWatchful waitingは危険とまではいえないが、最終的に手術は回避しがたい面もあるという見方もある。

・なお、これらの研究結果は鼠径ヘルニアに関するものであり、大腿ヘルニアに関しては適用ができない結果である。実際、大腿ヘルニアは手術による修復が推奨されやすい。

術後の慢性鼡径部痛

・鼠径ヘルニア術後に主に3ヶ月以上続く慢性鼡径部痛がみられることがある。

・その頻度は1.5~54%と報告によって異なる。ある報告によると鼠径ヘルニアに関する手術を受けた患者の約10%で何らかの慢性疼痛を呈し、2~4%では日常生活に支障をきたすとされている。

・この合併症が腹腔鏡手術と開腹手術とでどちらがより生じやすいかについては結論が得られていない。

・疼痛が生じる機序としては神経が損傷されていた可能性、瘢痕組織が生じていることによる可能性、人工物に対する反応が生じている可能性などが想定されているが、明らかにはされていない。

・なお、約1/3のケースで疼痛が6ヶ月以内に消失するという報告もあり、鎮静薬での対症療法が基本となることが多い。

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<参考文献>

・Fitzgibbons RJ Jr, Forse RA. Clinical practice. Groin hernias in adults. N Engl J Med. 2015 Feb 19;372(8):756-63. doi: 10.1056/NEJMcp1404068. PMID: 25693015.

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