肢端紅痛症 erythromelalgia
肢端紅痛症の疫学/病態生理/臨床症状
・肢端紅痛症(erythromelalgia)は手足の紅潮、皮膚温の上昇、焼けるような疼痛を特徴とする疾患であり、1878年にMetchellにより報告された。
・肢端紅痛症は特発性と続発性とに分けられる。
・肢端紅痛症は病態生理がまだ十分に解明されていない。ただし、遺伝学的研究により遺伝性肢端紅痛症が存在し、SCN9A遺伝子が関与していることが明らかとなっている。本遺伝子がコードする領域は特定のニューロンに関連していると思われている。
・肢端紅痛症は稀な疾患であるが、欧米では年間10万人あたり0.36~2人が罹患すると推定されている。
・現在、有効な治療法は明らかとはいえない。
・肢端紅痛症の3徴は発作性の激しい灼熱痛、紅斑、四肢の皮膚温上昇である。また、顔面、耳介、外性器に症状が生じるという報告もある。
・肢端紅痛症はいかなる年齢でも発症し得るが、一般的には10歳代での発症例の報告がされる。しかし、50~60歳代での診断が最も多いとされている。
・疼痛は周囲の暑熱環境、運動などによって増悪する。多くの場合で、冷却や換気、扇風機などの利用により症状は緩和される。
診断
・肢端紅痛症の診断をするためには他の鑑別疾患の除外を行う必要がある。肢端紅痛症に正式な診断基準があるわけではないため、通常は発作性の激しい灼熱痛、紅斑、四肢の皮膚温上昇などという特徴的な症状に基づいて臨床診断される。
・肢端紅痛症の遺伝学的原因を検索することは薬物治療の選択の指標になるかもしれない。ただし、現時点では商業ベースで実施しがたい。
・また疼痛がセルフケア、身体活動、就労、睡眠などに与える影響をときに評価することも重要。
肢端紅痛症の鑑別疾患
・肢端紅痛症の鑑別疾患としては主に①遺伝性感覚神経/自律神経性疾患(Fabry病、Osmsted症候群) ②神経障害(複合性局所疼痛症候群(CRPS)、末梢神経障害をきたす疾患(糖尿病、栄養素欠乏など)) ③血管性疾患(血栓症) ④感染性疾患(蜂窩織炎) などである。
・CRPSではときに臨床所見で区別ができる場合がある。ほとんどのCRPSのケースでは片側の四肢に症状があり、寒冷刺激により疼痛が悪化するのが特徴的である。
・Fabry病はGLA遺伝子変異を原因とするα-ガラクトシダーゼ欠損によって様々な症状が生じる疾患で、X連鎖劣性遺伝(XR)の遺伝形式をとる。Fabry病では初期症状として、手足に限局する疼痛を特徴として、ときにアロディニアを伴う。またこの疼痛は極端な温度変化により誘発される場合がある。Fabry病を除外するためにはα-ガラクトシダーゼに関する臨床検査を行うことを検討する。
続発性肢端紅痛症の原疾患
・続発性肢端紅痛症の主な原疾患として、①血液疾患(骨髄増殖性疾患/真性多血症/本態性血小板血症/特発性血小板減少症/血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)/骨髄線維症/悪性貧血/皮下脂肪織炎様T細胞リンパ腫) ②リウマチ性疾患(Raynaud現象/全身性エリテマトーデス(SLE)/von Recklinghausen病) ③感染性疾患(HIV感染症/伝染性単核球症/ポックスウイルス感染症) ④神経障害(末梢神経障害をきたす疾患群) ⑤代謝性疾患(糖尿病など) ⑥薬剤性/中毒性(ベラパミル/ロスバスタチン/ニカルジピン/ロミプロスチム/シクロスポリン/ブロモクリプチン/インフルエンザウイルスワクチン/HBVワクチン/低分子ヘパリン/キノコ毒(Clitocybe acromelagia中毒)) ⑦腫瘍性(傍腫瘍症候群) などが挙げられる。
・薬剤性の続発性肢端紅痛症もあり、その場合は薬剤投与の中止により改善する。
・続発性肢端紅痛症のなかには真性多血症をはじめとする骨髄増殖性疾患、特発性血小板減少症、糖尿病などの疾患との関連性が報告されている。また、真性多血症に関連した肢端紅痛症ではアスピリンがより有効的である。
薬物療法
・肢端紅痛症の治療では、アスピリン、チクロピジン、プロスタグランジン製剤、Naチャネル遮断薬(リドカイン、カルバマゼピンなど)、抗うつ薬(三環系抗うつ薬、SSRI)、抗けいれん薬、抗ヒスタミン薬、免疫抑制薬などが試験的に用いられてきた歴史がある。しかし、有効性が明確に示された薬剤はない。
<アスピリン/チクロピジン>
・アスピリンは有効性を示した初期の研究を根拠に、当初は第一選択薬と考えられていた。
・ただし、アスピリンによる消化管出血などの副作用に留意する必要はある。チクロピジン(パナルジン®)はより忍容性が高いという見方もある。
<NSAIDs>
・肢端紅痛症の治療において、アスピリンを除くNSAIDsの有用性は限定的とされている。
・インドメタシンは顔面および耳介に症状を呈する肢端紅痛症で使用されやすく、これはインドメタシンが血液脳関門(BBB)を通過しやすいためと考えられている。
<プロスタグランジン製剤(PG製剤)>
・交感神経機能障害、皮膚における動静脈シャント、不十分な組織還流、組織における低酸素状態などが肢端紅痛症における疼痛に関与しているという考え方が存在する。
・血管拡張作用を有するプロスタグランジン製剤(ミソプロストール(サイトテック®))は症状などの軽減に関連していたことを示す小規模RCTが存在する。
<Naチャネル遮断薬>
・遺伝性肢端紅痛症、つまりSCN9A遺伝子変異が確認されているケースではNaチャネル遮断薬が症状の改善につながることがRCTで示されている。
・リドカインについての研究もあるが、治療域が狭く様々な副作用も存在する。
<カルシウム拮抗薬>
・肢端紅痛症において血管収縮を抑制するために、カルシウム拮抗薬が使用されることがある。この場合、アムロジピン、ニフェジピン、ジルチアゼムが使用され、症状が寛解したという報告もある。
・またマグネシウム製剤はカルシウム拮抗作用に加えて、交感神経抑制機能もあることから、有効な可能性がある。
<抗うつ薬>
・SSRIやSNRIが使用され、症状が寛解したという報告が存在する。
・三環系抗うつ薬(アミトリプチリンなど)に関するデータは症例報告などに限られ、臨床的効果も様々であった。
<抗けいれん薬>
・ガバペンチン(ガバペン®)、プレガバリン(リリカ®)などは肢端紅痛症の治療に応用できる可能性がある。
・特にガバペンチンは肢端紅痛症において有用性が複数報告されていて、多くは他の薬剤との併用がなされている。なお、ガバペンチンの副作用としては傾眠などが挙げられる。
・プレガバリンも化学構造としてはガバペンチンに類似している。一般的な副作用としては傾眠、めまい、口渇などが挙げられる。症例報告によると肢端紅痛症における有用性は限られている。
<抗ヒスタミン薬>
・抗ヒスタミン薬には血管拡張作用があり、治療薬として考慮できる。特にシプロヘプタジン(ペリアクチン®)は5-HT2受容体におけるセロトニン拮抗作用を有する抗ヒスタミン薬である。ある報告では抗ヒスタミン薬の投与により肢端紅痛症患者の40%で著明な症状の改善がみられたが、60%では症状の改善がみられなかったと報告されている。
・ロラタジン、ジフェンヒドラミン(レスタミンコーワ®)の有用性も示されている。ただし、非鎮静性抗ヒスタミン薬である塩酸セチリジン(ジルテック®)では小児例を除き、症状の改善が報告されていない。
<免疫抑制薬>
・免疫抑制薬の使用に関連した多くの症例報告が存在する。一説では肢端紅痛症の病因として自己免疫学的機序とsmall fiber neuropathyの要素とが存在する可能性が指摘されている。
・IVIG、mPSL、経口ステロイドによる治療により、small fiber neuropathyあるいはlarge fiber neuropathyが併存する患者の臨床的改善が報告されている。
・肢端紅痛症における免疫抑制薬の有用性に関するデータは限定的である。
<β遮断薬>
・β遮断薬は特に外性器の症状を有する肢端紅痛症で使用されてきた。しかし、ネビボロール(本邦では未承認)を除き、その有効性の理由や機序は明らかとなっていない。
<オピオイド>
・オピオイドが単剤で有効性を示した報告はなかった。
・また、多くの研究で、オピオイドに他の薬剤を併用しても肢端紅痛症における激しい疼痛の管理には有用性が示せなかったと報告されている。
<その他の治療>
・ボツリヌス毒素注射などによる介入法も報告されている。ただし、報告症例数が少なく、またあくまで他の薬物治療に抵抗性を示したものが対象となる。
非薬物療法
・慢性疼痛的なアプローチの実践は肢端紅痛症に対しても推奨される。ただし、肢端紅痛症に対する非薬物療法の有用性を評価した研究は限定的である。
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<参考文献>
・Tham SW, Giles M. Current pain management strategies for patients with erythromelalgia: a critical review. J Pain Res. 2018 Aug 30;11:1689-1698. doi: 10.2147/JPR.S154462. PMID: 30214279; PMCID: PMC6121769.