医師のWell-being 2.0
Well-beingとその変遷
・近年、医師のwell-beingの重要性に関する認識が高まっている。
・燃え尽き症候群(burnout syndrome)の予防としてもwell-beingを保てることは重要。
・時代とともに医療提供システムなど様々な条件が変化していて、それとともにwell-beingのあり方も変わっている。
・歴史的に捉えると、well-beingは3段階に分けることができ、現代の一つ前の段階として”era of distress(苦悩の時代)”、現在の状況を”well-being1.0”、将来的な段階を”well-being2.0”と区別できる。
過去:The era of Distress
・医師の苦悩(distress)に関する認識が欠如していた、あるいは意図的に認識を避けていたと思われる2005年以前の時代のことを、Shanafeltは”The era of Distress”と呼んでいる。当時、職業上の苦痛の問題はそもそも話題になることがなかった。
・燃え尽き症候群(burnout syndrome)の原因が労働者自身の脆弱性によるものでなく、労働環境の問題やシステムの問題などに起因するという認識がなされていなかった。また、医師は学部教育課程またはレジデント時代ではある種の、無理をしてでも苦労して研鑽を積むような態度が必要という考え方があり、それが通過儀礼(rites of passage)のように捉えられていた。実際、睡眠や休憩をほとんど取らずに連続して勤務することもしばしばであった。そして、そのような生活のなかで医師は平時と同様にハイパフォーマンスを維持することを期待されていた。また、ある医師が何らかの理由で出勤できない場合には同僚が穴埋めをしていたが、医師のなかには同僚の医師に負担をかけたくないという思いから、自分自身の健康などを顧みずに働き続けるという構造も形成されていた。また、この問題を指摘する個人に対しては「献身性が乏しい」や「弱い人である」というふうな評価がなされることもあった。
・電子カルテも普及していない時代であり、患者満足度や医療の質を評価することも一般的でなかった。
・医療ミスが生じた場合には基本的に個人に責任を求めた。そして医師はいかなる状況であっても最適なケアを提供できるよう、そして医療システムにおける欠陥を超越できるような存在であるはずだというふうに考えられていた。そして、医師個人のwell-beingが患者のケアの質に与える影響について注意が向けられていなかった。
現在:医師のWell-being 1.0
・時代の変化とともにエビデンスや研究も集積し、Well-being 1.0というフェーズが2005年から2010年頃に始まり、現在に至っている。
・このフェーズは知識(knowledge)と認識(awareness)とにより特徴づけられ、医学生やレジデンなど様々な医師の間で生じている苦痛が認識され、記録され始めた。また医師の燃え尽き症候群や様々な苦悩が与える様々な影響(例: アルコールや薬物の過剰使用、うつ病、自殺など)が認識されはじめた。また、患者ケアの質や患者満足度などへの影響についても研究で証明がされ始めた。
・このような時代の変化が、医療における3つの目的”the triple aim of health care”(①improving patient experience ②reducing the cost of care ③advancing population health)から、4つの目的”a quadruple aim”(④clinician well-being を追加)に拡張された。
・この時代には医学部入学者の男女比率がほぼ同等になり、女医の割合も増加し、いわゆるワークライフバランスにも注意が払われるように変わった。
・それとともにレジデンシーやフェローシップにおける研修は個人の能力に合わせるように傾向が変わり、労働時間に関しても制限を設ける動きが生じ、そして電子カルテの導入も進んだ。
・組織は患者満足度や医療の質、コストなど様々な指標を用いて診療の質を評価をするようになった。
・徐々に”culture of wellness”についての議論が定着し始めたが、”自分自身を大切にして、よりレジリエンスを高めよう”というようなメッセージが中心となって、根本的な診療環境の改善には目が向けられないことに不満を抱かれることもあった。”レジリエンスを磨くことが大切”というような、いわば過度な単純化は分裂を生み、医師は組織を批判し、組織は医師を批判するような応酬を招くこともあった。
将来:医師のWell-being 2.0
・2017年頃から一部でWell-being2.0に移行し始めた。この移行はCOVID-19の流行によりさらに加速され、医療提供システムにおける医師のwell-beingの重要性とそれが与える影響の大きさを明らかにした。
・well-being2.0のフェーズへの移行は職業的な苦悩の根本的原因への対処とシステムベースでの介入/改善を特徴とする。
・well-being1.0で生じていた医師と組織の間での分裂は、実践的で持続可能な解決策を生み出すためのパートナーシップというマインドセットに置換される。医師にも限界があることを認識し、適切な人員配置、休憩を得られるように注意が払われるべきである。
・多様性(diversity)、公平性(equity)、包括性(inclusion)とwellnessとの間にはインターセクションがあることが認識されている。これらは別個の領域ではあるが、反レイシズムを促し、多様性、公平性、包括性を脅かすものやシステムに対処することがこの自体のwell-beingを改善させるうえで基礎となるものと思われる。
(3つの時代における専門家の特徴とマインドセット(※PMID:34607637より引用))
(3つの時代における組織の特徴とマインドセット(※PMID:34607637より引用))
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<参考文献>
・Shanafelt TD. Physician Well-being 2.0: Where Are We and Where Are We Going? Mayo Clin Proc. 2021 Oct;96(10):2682-2693. doi: 10.1016/j.mayocp.2021.06.005. PMID: 34607637.