低ナトリウム血症/SIAD(Syndrome of inappropriate antidiuresis)

SIADとその疫学

・低ナトリウム血症は一般的に腎臓における水排泄が滞ることで生じ、Naに対して相対的に水が過剰となっている状況である。

・この状態にはバソプレシン(ADH: antidiuretic hormone)の分泌増加が関係しやすく、ADHは集合管におけるV2受容体を活性化させることで、水分貯留を促す。

・一般的にADHは血清浸透圧の上昇、有効循環血漿量の減少により分泌が促進される。SIAD(syndrome of inappropriate antidiuresis)は血清浸透圧や有効循環血漿量の変化に依らずにADHが分泌される状態(このことを不適切分泌と表現されている)を指す。

・低ナトリウム血症、特にSIADの有病率は年齢とともに増加する。65歳の入院患者の40%が低ナトリウム血症であり、そのうち25~40%はSIADによるものであると報告されている。このようにSIADの有病率が増加する理由としては高齢者における併存疾患(例: 癌、肺疾患、糖尿病など)によって説明が可能である。

臨床症状

急性経過(低ナトリウム血症発現から48時間以内)のSIADによる症状は主に脳浮腫によって生じ、軽度で非特異的な症状から、重度な症状まで様々である。また、昏睡や痙攣などといった生命に影響を及ぼし得るような状態につながることもある。一般的に症候性の低ナトリウム血症では脳浮腫が生じている可能性が高く、血清ナトリウムを上昇させることで脳浮腫を軽減させる必要がある

・一方で、慢性経過の(低ナトリウム血症発現から48時間以降)のSIADでは脳浮腫に対して代償機構が働いていて、ときに重度な症状を伴うこともあるが、通常は軽度な症状に留まることの方が多い。

中等症例では悪心/嘔吐、錯乱、集中力低下、記銘力低下、脱力感、筋痙攣、頭痛などがみられることがある。

重症例では心肺停止、深い傾眠、全身性の痙攣、昏睡(GCS≦8)、非心原性肺水腫、幻覚などがみられることがある。

診断

・SIADの診断にはまず体液量が正常(euvolemia)で、かつ低張性低ナトリウム血症であることを確認することが重要である。

・もちろん体液量の評価の指標として身体所見を確認することは重要であるが、感度や特異度が十分ではないため、他の所見と合わせて総合的な判断を行うことが重要である。ヨーロッパのガイドラインでは尿浸透圧および尿中Naの測定を推奨している。Na利尿状態にあること(尿中Na>20~30mmol/Lなど)尿浸透圧が高いこと(尿浸透圧>100mOsm/kg・H2O)はSIADに矛盾しない所見といえる。

・臨床検査では血清BUNが基準値内あるいは低値であること、血清尿酸値が低値であることなどもSIADを支持する所見である。

・またSIADを考えるうえでは除外診断も重要であり、副腎不全、甲状腺機能低下症の否定をする必要がある。

SIADの原因

・SIADの原因は一つとは限らず、複数が関与していることもある。

・原因別の頻度としては悪性腫瘍(24%)、薬剤性(18%)、肺疾患(11%)、中枢神経疾患(9%)という報告がされている。その他の原因として、運動、疼痛、ストレス、嘔吐、術後、V2受容体に関連する遺伝子変異などが挙げられている。

・悪性腫瘍が関与する場合では最も頻度が高いのは肺小細胞癌(SCLC)であり、悪性腫瘍に関連するSIADの約25%を占める。それに頭頚部癌(嗅神経芽細胞腫など)が次ぐ。

・肺疾患が関与する場合では肺炎や喘息、呼吸不全が関係しやすい。

・特に低体重の高齢女性においては抗うつ薬が最も頻度が高い薬剤性の原因とする報告もある。また、抗うつ薬のなかでも特にSSRIのリスクが高いと考えられている。

・そのほか薬剤性ではADP放出を促す薬剤(イホスファミド、ビンクリスチン、プラチナ製剤など)、ADH作用を増強させる薬剤(NSAIDsなど)、V2受容体刺激作用のある薬剤(SSRI、ハロペリドール、カルバマゼピン、シクロホスファミドなど)などが知られている。

・なお、SIADと診断される患者の17~60%では原因が特定できない。

・薬剤性SIADでは被疑薬と思われる薬剤を中止して、低ナトリウム血症が改善すれば因果関係が示される。

・臨床的に原因を同定するための手がかりが乏しい場合、頭部および胸部のCT撮像を推奨するExpertもいる。なお、それらの画像検査で特記所見がなければ、腹骨盤部のCT撮像を考慮する場合もある。

マネジメント

 <緊急的な治療>

低ナトリウム血症による重度の症状(傾眠、昏睡、痙攣、心肺停止など)がみられるケース、中等度の症状(嘔吐、錯乱など)がみられるケース、頭蓋内疾患(くも膜下出血、頭部外傷)に伴う低ナトリウム血症が生じているケースなどでは緊急的な治療の必要性が高い。

・以前から知られる治療法としては高張食塩水(3%NaCl)を緩徐に静注する方法がある。一例としては高張食塩水150mLを20分程度かけて緩徐に静注する

・血清ナトリウムを上昇させる際には浸透圧性脱髄症候群の予防の観点から、1時間あたり1~2mmol/Lを指標に、数時間かけて上昇させ、はじめの24時間で最大でも8~10mmol/L以内その次の24時間以内で8mmol/Lまでの補正に留めることが推奨されている。

・また尿量もモニタリングしながら補正することが望ましく、例えば尿量>100mL/hrとなった際にはナトリウム過剰補正が生じている可能性を想起する。過剰補正が生じていた場合には5%ブドウ糖液、デスモプレシン投与などによる対処が必要である。

・浸透圧性脱髄症候群を合併することは稀ではあるが、ときに大脳皮質、橋に影響を及ぼし、腱反射亢進、仮性球麻痺、パーキンソニズム、Locked-in syndrome(閉じこめ症候群)がみられ、また致命的な転帰をたどるケースもある。診断にはMRI撮像が有用で、T1WIで低信号、T2WIおよびFLAIR像で高信号が示される。なお、橋が侵されることがよく知られているが、橋以外にも基底核や視床が侵されることがある。

・なお、浸透圧性脱髄症候群を合併するリスクが高いケースとしては慢性経過の低ナトリウム血症(血清Na<110mmol/Lなど)、アルコール使用障害、肝疾患/肝移植症例、低カリウム血症、低栄養が併存するケースなどが挙げられる。こういったケースでははじめの24時間以内の補正上限を8mmol/L、特にリスクが高いケースでは6mmol/Lとする。

・血清ナトリウムの過剰補正は主に高張食塩水(3%NaCl)のボーラス投与を繰り返すことで生じる。

 <それ以外の治療>

・前述のような緊急的な治療を必要とするような重度な症状を呈するケースは低ナトリウム血症全体のうち5%未満とされている。

・多くのケースではSIADの原疾患への対処に重点が置かれる。また、症状が比較的軽度に留まっていることは脳浮腫に対して既に代償機構が生じていることによる可能性も考えられ、この場合は浸透圧性脱髄症候群のリスクを最小限にするために、治療中は特に血清ナトリウムのモニタリングは慎重に行う。

・被疑薬を中止したり、肺炎を治療したりすることで、根本的な原因が除去できれば、通常は低ナトリウム血症が数日以内に改善する。

・中等度または重度の慢性経過のSIAD患者を対象とした観察研究では血清ナトリウムの補正が、認知機能、運動機能、気分障害の改善と関与することを示されている。

・SIADでは複数の治療法があり、水分制限、食塩やタンパク質摂取量の増加などが挙げられる。

・原疾患への対処を除けば、水分制限はSIADにおいて第一選択となる治療法である。中等症例では1.5L/日以下重症例では1L/日以下に制限することがある。

・SIADにおいて、水分制限(1L/日以下)を行った群では対照群に比して、血清ナトリウムの緩徐な上昇がみられることが示された。

・NaCl、タンパク質の摂取量を増加させる治療法については現状エビデンスが不足しているが、試されることがある。NaClを補給する歳には2~5g/日程度を目安とする。

・そのほか集合管におけるV2受容体を競合的に阻害するトルバプタン(サムスカ®)は有効な治療法とされている。血清ナトリウムの過剰補正を防ぐために、水分制限との併用は回避することが無難かもしれない。低ナトリウム血症の治療を目的にしたトルバプタンに関する2つのRCTでは対照群に比して、トルバプタン投与群では血清ナトリウムの増加が有意にみられた。なお、トルバプタンと高張食塩水(3%NaCl)の併用は禁忌であることに留意する。なお、トルバプタンの使用に伴う安全性に関するエビデンスは限られるという見方もあり、血清ナトリウム<120mmol/Lのケースでは注意が必要とされる。また、腎性SIADにはトルバプタンは無効である。

・また最近の研究ではSIADの治療において、エンパグリフロジン(ジャディアンス®)の有用性が示唆されるものもある。87例の患者を対象としたRCTでは水分制限(1L/日以下)とエンパグリフロジン併用群は水分制限のみの対照群よりも5日目の血清ナトリウム上昇と関連していることが示された。両群間で重篤な有害事象の発生頻度において統計学的有意差はみられなかったが、エンパグリフロジン投与群では一過性の腎機能障害が4例、低ナトリウム血症の過剰補正が2例みられた。

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<参考文献>

・Adrogué HJ, Madias NE. The Syndrome of Inappropriate Antidiuresis. N Engl J Med. 2023 Oct 19;389(16):1499-1509. doi: 10.1056/NEJMcp2210411. PMID: 37851876.

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