梅毒 syphillis
<梅毒とその疫学>
・梅毒は15世紀後半にヨーロッパで認識された疾患で、Treponema pallidumが原因となる感染症である。
・ペニシリンの発明により梅毒は著しく減少したが、現代は再び感染者が増加している。
・本邦においては2023年の感染者数が約15,000人と報告され、10年前と比較して約12倍もの数に増加してりいる。
・2018年には米国の梅毒患者の86%を男性が占めていると報告され、また梅毒を発症した男性の半数以上が男性との性交渉歴があることが示され、かつそのうち42%がHIVに感染していた。実際、梅毒の発症とHIV感染リスクとの間には強い相関性があることが知られている。したがって、梅毒を疑った場合はHIV感染の可能性を考え、またHIV感染を疑った場合には梅毒感染の可能性を考えて、必要に応じて検査をすることが重要。
・妊娠可能年齢の女性における梅毒の発症数の増加は先天性梅毒の発症率や乳児死亡率に影響を及ぼし得る。
梅毒の自然経過
・T.pallidumは感染し数日以内に各所に播種され、中枢神経系を含む遠隔臓器への浸潤、および経胎盤的に胎児へ感染する。
・梅毒のいかなる病期においても、スピロヘータは髄液へ侵入することがあり、また無症候性の場合もある。実際、第1期梅毒における最大50%で髄液検査で異常所見がみられる。
・第1期梅毒は無痛性の潰瘍(下疳)がみられ、外陰部のみならず、肛門周囲や口腔内など、粘膜接触が生じる部位に出現する。また、しばしば局所のリンパ節腫脹を伴い、無痛性であることが典型的である(無痛性横痃)。
・第2期梅毒の臨床症状としてはまず全身症状が強いことが特徴的で、咽頭痛、筋肉痛、全身性リンパ節腫脹などを伴う。また、特に手掌および足底における掻痒を伴わない発疹、発熱、リンパ節腫脹、粘膜病変(扁平コンジローマ)、脱毛症、肝炎(しばしばALP高値であるが、トランスフェラーゼの上昇幅は比較的小さい)などがみられることがある。そのほか、無菌性髄膜炎を合併することがある。多彩な病像を呈することから、第2期梅毒は”great imitator”と呼ばれている。
・第3期梅毒では神経梅毒、心血管梅毒、ゴム腫などがみられる。心血管梅毒は感染後15~30年程度で発症し、大動脈瘤、大動脈弁閉鎖不全症、冠動脈狭窄、心筋炎の発症に至ることがある。晩期の神経梅毒では慢性髄膜炎、脳実質障害(主に進行性麻痺を伴う)、脊髄実質障害(脊髄癆)などがあり、通常は髄膜、脳実質、脊髄の順に侵すことが典型とされる。
また、神経梅毒の特殊型として虹彩炎、中耳炎を伴うことがある。眼梅毒では眼のどの部分でも侵され得るが、特にぶどう膜炎が最も一般的である。
・早期潜伏性梅毒(early latent syphilis)とは感染後1年までの時期を指し、この時期は第2期梅毒の再発がみられることがあるため、早期潜伏性梅毒と称されている。早期潜伏性梅毒の定義としては「①RPRなどの陽転化(seroconversion)か、非トレポネーマ値が4倍以上上昇 ②明白な第1期・第2期梅毒の臨床像がある ③パートナーが第1期・第2期、早期潜伏性梅毒の患者であり、この者に曝露している」 とされている。
・後期潜伏性梅毒(late latent syphilis)とは第3期梅毒が出現するまでの潜伏期間を指す。血清学的検査で偶然判明した感染時期不明なケースもこの概念に含めることがあり、この概念に相当する時期では血清学的検査以外の異常はほとんどないことが多い。
臨床検査
・多くの検査では血清学的検査により診断される。
・古典的にはスクリーニング検査としてまず非トレポネーマ抗原検査(例: RPRまたはVDRL)を行い、陽性のケースにおいてより感度が高く特異的なトレポネーマ抗原検査(例:FTA-ABSまたはTPHA)での結果を確認するという手順を踏む。ただし、実臨床では非トレポネーマ抗原検査とトレポネーマ抗原検査とを同時に提出し、トレポネーマ抗原検査で感染の有無を判定し、非トレポネーマ抗原検査(定量)で梅毒の活動性や治療の必要性を判断する場合もある。
・なお感染初期の梅毒の最大30%で血清学的検査は陰性であり、最初の検査が陰性の場合はその2週間後に再検とするべきである。トレポネーマ抗原検査は治療歴に無関係に陽性が持続する。
・なお非トレポネーマ抗原検査は定量化することで、疾患活動性、治療に対する反応性の指標になる。なお、トレポネーマ抗原検査はそういった目的で使用できない。
・神経梅毒の診断には標準的な検査がないため、臨床検査と臨床症状などからその可能性を検討する。髄液トレポネーマ検査(FTA-ABS)は感度が高いが、血清トレポネーマIgG抗体が血液脳関門(BBB)を通過したり、膵液中に血液が混ざったりするため、特異性には欠ける。また、髄液非トレポネーマ検査(VDRLまたはRPR)は特異度が高い。実際的には検査前確率次第では、感度が高い髄液トレポネーマ検査が陰性であることをもって神経梅毒を除外することもある。
トレポネーマ抗原検査と非トレポネーマ抗原検査の結果ごとの解釈
<トレポネーマ抗原検査(+)かつ非トレポネーマ抗原検査(+)>
・真の陽性であり、非トレポネーマ抗原検査(定量)で活動性感染か否かを確認できる。治療により非トレポネーマ抗原検査値は低下する。
<トレポネーマ抗原検査(+)かつ非トレポネーマ抗原検査(−)>
・ごく初期か、あるいは後期の感染の可能性を考える。
・以前感染していたが、治療により活動性を失った状態である可能性も想定される。
<トレポネーマ抗原検査(−)かつ非トレポネーマ抗原検査(+)>
・生物学的偽陽性の可能性を考える。
<トレポネーマ抗原検査(−)かつ非トレポネーマ抗原検査(−)>
・感染が生じている可能性は考えにくい。
・感染直後の潜伏期にあたる可能性は残る。
マネジメント
<髄液検査>
・疾病対策予防センター(CDC: Centers for Disease Control and Prevention)は神経学的徴候がなければ、初期の梅毒患者に対するルーチンの髄液検査の実施は推奨していない。換言すれば、神経学的徴候または症状がある全ての梅毒患者、第3期梅毒を疑う所見がみられる患者では髄液検査を行うこととなる。
<抗菌薬>
・T.pallidumではペニシリンに関する耐性は認められていない。240万単位の長時間作用型ベンジルペニシリンGを単回で筋肉注射すると、血中濃度は7~10日間程度持続し、合併症のない初期梅毒の治療に有効とされている。
・ベンジルペニシリンG(ステルイズ®)は本邦でも2021年11月に薬価収載された。
・後期潜伏性梅毒の治療ではベンジルペニシリンGを1週間ごとに計3回投与する。。
・なお、神経梅毒、眼梅毒、耳梅毒では髄液中のベンジルペニシリンGの目標濃度を達成することができない可能性から、静注投与で対応する。
・ペニシリン系抗菌薬に対するアレルギー反応が証明されているケースで、かつペニシリンによる治療が不可欠なケースでは減感作療法とペニシリンによる治療が推奨される。
・1950年代の研究ではテトラサイクリン系抗菌薬が初期梅毒の治療に有効であることが示唆された。その後の小規模後ろ向きコホート研究ではDOXY内服がベンジルペニシリンGと有効性が同等であることが示唆された。DOXYの28日間投与はHIV感染症の併存の有無に関わらず、後期潜伏性梅毒においても有効であることが、限定的なデータながらも示されている。
・観察研究による報告に限られるものの、CTRXは梅毒のすべての病期においてペニシリンGと同様の有効性であることが示唆されている。CTRXは髄液移行性も良好で、減感作が必要なペニシリンアレルギーを示す、神経梅毒の治療の有用な選択肢と考えられる。
・AMPCあるいはABPCの有用性は動物実験では示唆されているが、実臨床での使用という観点ではエビデンスが乏しい。
・AZMはいくつかのRCTでは初期梅毒の治療に有効であることが示唆されている。しかし、AZMや他のマクロライド系抗菌薬に対するT.pallidumの耐性が報告されていて、現状はAZMは治療に使用されるべきでないと考えられる。
<妊娠中のスクリーニング検査>
・すべての女性は妊娠初期において梅毒のスクリーニング検査を受けるべきである。
・なかでも感染リスクが高い女性においては妊娠28週時点と分娩時とに再度スクリーニング検査を行うべきとされている。
<認知機能低下を伴う高齢者における検査>
・認知症の評価の一環としての梅毒関連検査は通常推奨されていないが、実臨床ではしばしば行われている。
・梅毒の既往歴、治療歴、非トレポネーマ抗原検査に関する情報は有用な場合もあるが、そもそもそういった情報が得られることは頻度としては少ない。
・血清学的検査も加味したうえで、確認した神経学的所見が神経梅毒を疑わせるようなものである場合には髄液検査の実施は検討される。一方で、検査前確率が低く、以前の治療歴などに関する情報がない場合には髄液検査の実施は見送り、ベンジルペニシリンGを週3回投与する治療を行うこともできる。
<治療後の非トレポネーマ検査>
・梅毒治療の主な目標は臨床的および血清学的改善である。
・血清学的改善とは早期梅毒では治療開始6~12ヶ月後、後期梅毒では治療開始12~24ヶ月後に非トレポネーマ抗原検査の値が4倍以上低下することを指す。この血清学的改善の定義はごく僅かなデータに基づいて決定されているが、70年以上の臨床経験により現代でも使用されている。
・治療によっては非トレポネーマ抗原検査の値が期待された4倍以上の低下を示さず、かつ再感染の可能性が低い場合に、”血清学的不応答(serologic nonresponse)”と表現されることがある。早期梅毒のケースの約20%が治療6ヶ月時点で血清学的不応答の状態である。しかし、この状態の臨床的意義はすべてが明らかなわけではなく、こういった状態のケースがその後の進行リスクが高いかどうかも不明である。血清学的不応答のケースで追加の抗菌薬治療を行うことが正当化されるかどうかも不明である。ある対照研究では追加の抗菌薬治療を受けた介入群で、血清学的な転帰を改善させることは示されなかった(ただし長期的な臨床転帰を評価した研究はない)。
・なお、HIV感染者では血清学的所見の改善は比較的緩徐であることが知られている。
パートナーの診療
<過去3ヶ月以内に第1期・第2期梅毒の患者に曝露した場合>
・TPHAなどのトレポネーマ検査が陽性の場合は疫学的治療を行う。
<潜伏期梅毒に曝露した場合>
・トレポネーマ検査で感染の有無を確認し、陽性ならば非トレポネーマ検査の値を確認して、通常の診療を行う。
※主に「レジデントのための感染症診療マニュアル」から引用した
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<参考文献>
・Ghanem KG, Ram S, Rice PA. The Modern Epidemic of Syphilis. N Engl J Med. 2020 Feb 27;382(9):845-854. doi: 10.1056/NEJMra1901593. PMID: 32101666.
・レジデントのための感染症診療マニュアル 第4版.