肺高血圧症 pulmonary hypertention

肺高血圧症とその疫学

・肺高血圧症(PH: pulmonary hypertention)は心臓カテーテル検査において平均肺動脈圧 25mmHg以上の状態と定義される。

・後述の分類に示すように多くの機序が肺高血圧症を誘発する。

・肺高血圧症ではプロスタサイクリン、一酸化窒素、エンドセリンなどの血管作動性メディエーターの不均衡により、肺動脈床の減少が進行し、結果として右室後負荷の増大、右心不全、死亡につながり得る。

・肺高血圧症(PAH)の有病率は100万人あたり15-52人と推定されている。

・罹患率としては特発性肺動脈性肺高血圧症(IPAH)で年間100万人あたり1-3.3人、慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)で年間100万人あたり1.75-3.7人と推定される。

特発性肺動脈性肺高血圧症(IPAH)は稀であり、プライマリ・ケアの現場で遭遇しにくいと考えられている。一方で、肺高血圧症(PAH)の治療可能性を残す原因疾患として、全身性強皮症(9%)、門脈圧亢進症(2~6%)、先天性心疾患(5~10%)、HIV(0.5%)、急性肺塞栓症後の慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症(0.5~4%)が挙げられる。特に慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)には特異的な治療法が存在するため、分類することは重要と思われる。

・なお、肺高血圧症の原因になり得るリウマチ性疾患としては全身性強皮症(SSc)、混合性結合組織病(MCTD)、全身性エリテマトーデス(SLE)、関節リウマチ(RA)、シェーグレン症候群(SjS)などが主に知られている。

肺高血圧症の分類

 <第1群:肺動脈性肺高血圧症(PAH)>

  1. 特発性肺動脈性肺高血圧症(IPAH)
  2. 遺伝性肺動脈性肺高血圧症(HPAH)
    • 1. BMPR2
    • 2. ALK1, endoglin, SMAD9, CAV1
    • 3. 不明
  3. 薬物・毒物誘発性肺動脈性肺高血圧症
  4. 各種疾患に伴う肺動脈性肺高血圧症(APAH)
    • 1. 結合組織病
    • 2. エイズウイルス感染症
    • 3. 門脈肺高血圧症
    • 4. 先天性心疾患
    • 5. 住血吸虫症

 <第2群:左心性心疾患に伴う肺高血圧症>

  1. 左室収縮不全
  2. 左室拡張不全
  3. 弁膜疾患
  4. 先天性/後天性の左室流入路/流出路閉塞

 <第3群:肺疾患および/または低酸素血症に伴う肺高血圧症>

  1. 慢性閉塞性肺疾患
  2. 間質性肺疾患
  3. 拘束性と閉塞性の混合傷害を伴う他の肺疾患
  4. 睡眠呼吸障害
  5. 肺胞低換気傷害
  6. 高所における慢性曝露
  7. 発育障害

 <第4群:慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)>

 <第5群:詳細不明な多因子のメカニズムに伴う肺高血圧症>

  1. 血液疾患(慢性溶血性貧血、骨髄増殖性疾患、脾摘出)
  2. 全身性疾患(サルコイドーシス、肺ランゲルハンス細胞組織球症、リンパ脈管筋腫症、神経線維腫症、血管炎)
  3. 代謝性疾患(糖原病、Gaucher病、甲状腺疾患)
  4. その他(腫瘍塞栓、線維性縦隔炎、慢性腎不全)、区域性肺高血圧

臨床症状/身体所見

・右心機能不全が進行すると、労作時のめまい、失神を生じることがある。

浮腫腹水貯留病期の後半で生じることが多い。

右室肥大、肺動脈による左冠動脈主幹部(LMT)の圧迫、虚血性心疾患などによる労作時の相対的心筋虚血による狭心痛が生じることがある。

頻脈性不整脈(最多は心房粗動)を生じやすい。

・喀血が生じることは稀である。ただし、CTEPHなどで生じることがある。

・肺高血圧症を示唆する徴候としてはⅡp音亢進、頸静脈圧の上昇、四肢の浮腫、腹水貯留などが挙げられるが、病期の初期などではみられないこともある。

・リウマチ性疾患や慢性肝疾患による肺高血圧症を鑑別するためにも関連する身体所見の有無を入念に確認する。

臨床検査

・肺高血圧症が疑われるケースではまず心電図検査、胸部X線撮影、呼吸機能検査により、他の原因が特定できることもある。

・心電図検査で右室肥大所見がみられ、胸部X線撮影で肺動脈や心拡大が目立つ場合には肺高血圧症に典型的な所見をみているのかもしれない。しかし、これらの検査に異常がなくても、肺高血圧症の可能性は除外することはできず、臨床的にそれでも疑われる場合には心エコー検査を行うべきとされている。なお、肺高血圧症の存在を示唆する心エコー所見を確認することやTRPG測定などは有用であるが、肺高血圧症はあくまで心エコー検査で推定される値ではなく、平均肺動脈圧(右心カテーテル検査で測定)で定義されるということにも留意する。また、心エコー検査での推定値は慢性呼吸器疾患などが併存している場合では信頼性は低下するかもしれない。

・臨床的に疑われる場合は造影CT撮像で肺血栓塞栓症を否定することを考慮する。

・血液検査でのリウマチ性疾患に関する血清学的検査や、HIV関連検査を行うことは肺高血圧症の原因を特定するのに役立つ可能性がある。また、NT-proBNPBNPは予後判定においても重要である。

右心カテーテル検査

・前述の非侵襲的検査により肺高血圧症を疑う所見が得られている場合において、肺高血圧症の診断を確定するためには右心カテーテル検査が必要となる。また、心拍出量の推定や肺動脈楔入圧を用いた左房圧の推定も可能となる。

・血行動態的パラメータ(右房圧、心拍数、平均肺動脈圧など)などは重要な予後規定因子とされている。

マネジメント

 <支持療法>

・慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)のケースでは抗凝固薬が使用される。また、利尿薬は心不全の治療においてしばしば利用される。

・妊産婦死亡率は高く、報告によっては17~33%におよぶことも知られている。したがって、必要に応じて避妊なども検討される。

 <高用量カルシウム拮抗薬>

特発性肺動脈性肺高血圧症(IPAH)と診断されたケースの約半数では高用量のカルシウム拮抗薬(ジルチアゼム 480~720mg/日やニフェジピン60~120mg/日など)に長期の臨床的反応性をみせ、予後を改善させる可能性が示唆されている。なお、他の病型では同様のエビデンスはなく、あくまで特発性肺動脈性肺高血圧症において適用可能なエビデンスと考えられている。

 <プロスタサイクリン>

・プロスタサイクリンとは血管拡張薬の一つであり、小規模RCTで有効性が示された最初の肺高血圧症治療薬である。

・トレプロスチニル(半減期:約4時間)は大規模RCTにおいて、持続皮下注射で投与された場合に運動能力が有意に改善することが示された。経口プロスタサイクリン薬も存在する。 

 <エンドセリン受容体拮抗薬>

・エンドセリンは血管平滑筋の強力な血管収縮因子である。ボセンタンは患者の5~10%で可逆的な肝機能障害を誘発し、毎月のモニタリングを要する。

 <PDE5阻害薬>

・一酸化窒素はcyclicGMPを介して、肺血管の弛緩を強めるが、PDE5により分解されてしまう。2つの経口PDE5阻害薬(シルデナフィル、タダラフィル)は大規模RCTにおいて、運動能力などを有意に改善させた。なお、これらの薬剤は硝酸薬との併用は禁忌である。

治療法の選択

・肺高血圧症にはWHO機能分類が存在する。

・ガイドラインではWHO機能分類Ⅱ~Ⅲの肺高血圧症のケースでは内服治療を開始し、Ⅲ~Ⅳで予後不良因子を有するケースでは非経口的プロスタサイクリン薬の投与を考慮することを推奨している。なお、治療に対する反応性が不良な際には薬剤の変更や追加も提案されている。

・CTEPH患者の2/3程度は肺動脈血栓内膜摘除術の適応となる。

慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の治療

・手術の適格基準は明確ではなく、総合的判断と思われる。なお、手術不能例では肺高血圧症に対する薬物治療がなされるが、エビデンスが豊富とはいえない。

その他の治療

・肺移植(通常は両側)は全5年生存率が約50%で、内科的治療が無効な重症肺高血圧症手術不能な慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)が適応となる。

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<参考文献>

・Kiely DG, Elliot CA, Sabroe I, Condliffe R. Pulmonary hypertension: diagnosis and management. BMJ. 2013 Apr 16;346:f2028. doi: 10.1136/bmj.f2028. PMID: 23592451.

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