成人における低栄養 malnutrition in adults
低栄養の分類
・低栄養(Malnutrition)は主に3つに分類することができ、
- 疾患を有さない状況での低栄養状態(社会経済的要因や心理的要因による影響が想定される)
- 非炎症性疾患に関連する低栄養
- 炎症性疾患に関連する低栄養(急性疾患/急性外傷, 慢性疾患(悪性腫瘍など))
に大別される。
病態生理
・低栄養は主に2つの病態生理学的プロセスが存在することが知られている。
<エネルギー/栄養素の欠乏>
・エネルギーや栄養素の摂取が不十分なケースが典型で、例えば脳卒中後の嚥下障害や、短腸症候群が原因として挙げられる。
・このケースではヒトは安静時のエネルギー消費、心拍数、体温などを低下させることで順応する。肝臓および筋肉に貯蔵されているグリコーゲンは1~2日程度で枯渇し、その後は筋肉異化により飢餓に対処することとなる。
・通常は水分摂取ができれば、完全な飢餓状態であっても60日間程度は生存が可能とされている。
<炎症性疾患に関連する低栄養>
・基礎疾患としては悪性腫瘍、感染症、慢性臓器疾患などでは、炎症性サイトカインに関連する低栄養が生じる。
・炎症に起因する低栄養では代謝はより複雑である。安静時の心拍数と体温は上昇することが典型。筋肉由来のアミノ酸は糖新生やCRPなどのタンパク質合成の原料として使用される。炎症が存在する間は十分なエネルギーとタンパク質が供給されていても、筋肉の異化は続く。
低栄養の疫学
・地域により疫学は様々であるが、低栄養は地域住民の5~10%、入院患者の20~40%、介護施設居住者の50%で認められるという報告もある。
・癌では低栄養の有病率は病期や癌の種類により異なる。上部消化管における癌では早期から低栄養を生じる。乳癌、肺癌、腎細胞癌では低栄養はより進行した病期において認められやすい。
・重度の外傷、熱傷、急性感染症では過剰な炎症が生じ、脂肪、筋肉などの異化が生じる。
・慢性臓器障害では最終的に炎症に起因する低栄養が生じる。低栄養はCOPD、慢性心不全の20~50%で合併する。
・アルツハイマー型認知症では20~30%で種々の原因による低栄養に関連する。また、大うつ病性障害の患者の約半数で体重減少がみられる。
低栄養の合併症
・筋力低下/筋肉量減少が生じ得て、その結果として運動能力低下、転倒、骨折が生じることがある。
・低栄養の経過の初期においては免疫不全とそれに関連する感染症が生じることがある。
・ビタミンB1/B6/B12/D、葉酸、必須脂肪酸の欠乏を伴うことがある。
・抑うつ状態、うつ病を合併することもある。
低栄養のスクリーニング/診断
<スクリーニング>
・低栄養のスクリーニングは病院や介護施設への入院/入所の24~48時間以内に行うことが推奨されている。
・入院患者においてはNutritional Risk Screening 2002、Malnutrition Universal Screening Tool、Short Nutrition Assessment Questionnaireが知られている。また、Malnutrition Screening Toolは栄養リスクの迅速な評価が可能である。Mini Nutritional Assessment-Short Formは高齢者における低栄養のリスク評価のために使用される。
・また、通常はICU患者においては従来のスクリーニングツールは適用できない。しかし、Nutrition Risk in the Critically Ill scoreは予後の判断に有用かもしれないとされている。
<診断>
・SGA(Subjective Global Assessment)やAcademy of Nutrition and Dietetics-American Society for Parenteral and Enteral Nutrition Indicators が診断に使用されることがある。
GLIM基準
・2019年に4つの主要な国際臨床栄養学会が、低栄養を診断するための、GLIM基準(Global Leadership Initiative on Malnutrition Criteria)を発表した。
・GLIM基準では主に①リスクスクリーニング(前述のツールを利用) ②アセスメント(Phenotypic criteria:体重減少/BMI低値/筋肉量減少. Etiologic criteria: 食物摂取量の減少・蛋白同化の減少/疾患の状況・炎症の状況.) ③低栄養の診断(最低でもPhenotypic criteriaとEtiologic criteriaで各々1つ以上が該当) ④重症度評価(主にPhenotypic criteriaによりなされる) の順に評価がなされる。
・当初、GLIM基準は確かな検証をなされないまま導入されたが、それから約4年間にわたる様々な検証がなされ、本基準の外的妥当性は良好とされている。
低栄養の治療
<栄養治療を行うにあたっての評価>
・GLIM基準を利用することは検討されるが、それに加えて病歴や併存疾患、社会心理的要因(例: 生活状況、孤独や抑うつなど)、栄養学的要因(歯の状態、嚥下障害など)の評価を加えるべきである。
・身体診察では筋肉量と脂肪量の推定も含めると良い。
・血液検査も参考になる場合はあり、具体的にはHb、肝機能、脂質(通常はコレステロール値)、CRPなどが挙げられる。血清アルブミンなどは急性期の栄養状態の指標に用いるべきではない。
・腎機能障害がみられないケースであれば、血清クレアチニン値が筋肉量を間接的に反映する場合がある。
<栄養療法>
・栄養療法は経腸栄養(EN: Enteral nutrition)と経静脈栄養(PN: Parenteral nutrition)とに分けられる。経腸栄養はさらに経口栄養と経管栄養(さらに経鼻アクセスと消化管瘻アクセスに区別可能)とに分けられる。
・経口栄養では栄養補助食品などの選択肢も含まれる。
・食事摂取が不十分な場合、エネルギーなどの供給により栄養状態は通常改善するが、炎症病態が相対的に強い場合には蛋白同化反応は限定的なことがある。
・一般的に1週間以上、経口摂取が困難/不十分な場合には経腸栄養または経静脈栄養の適応があるが、腸管の利用に問題がなければ、経腸栄養を優先的に選択する。
・タンパク質の摂取量については健常成人では0.8~1.2g/kg/日、健常高齢者では1.2~1.5g/kg/日が必要とされ、急性疾患/術後患者では1.5g/kg/日、熱傷や外傷患者では1.5~2.0g/kg/日などが指標として推奨されている。ただし、議論の余地がある推奨という見方もある。また、肝機能障害や腎機能障害が併存している場合ではタンパク質の摂取推奨量はさらに少なくなる場合がある。
・栄養不良であった種々の疾患で入院していた患者600人を対象としたTrialでは経口栄養補助食品を3ヶ月使用したことで死亡率が約50%低下したことが示された。なお、栄養補助食品は1日1~2パックが提供され、エネルギー350kcal/パック、タンパク質20g/パックのほか、ビタミンDなどが含まれていた。
・経鼻経管栄養は意識清明な状態であれば、その不快感から忍容性が乏しいケースも少なくない。ときに下痢症状などを伴うことがあるが、栄養剤の注入速度を遅くすることで対処可能な場合もある。また、悪心や嘔吐を伴う場合には誤嚥リスクを軽減するために、栄養剤の注入量を減らすか、一時中止することを検討する。また、消化管蠕動促進薬の使用を考慮することもある。下痢が一般的な合併症であるが、そのほか高血糖、電解質異常、Refeeding症候群なども挙げられる。経鼻経管栄養を指標として4週間程度使用しても経口投与に切り替えることが困難な場合には胃瘻、空腸瘻などを検討する場合がある。
・経静脈栄養は消化管を安全に使用できない場合において使用が検討される。末梢静脈栄養(PPN)は指標として2週間程度の使用が原則であり、それ以上の期間で経静脈栄養を行う場合は中心静脈栄養(TPN)を選択することを検討する。
薬物治療
・食欲を改善させる薬剤(例: 酢酸メゲストロール、グレリンアゴニスト(いずれも本邦で未承認))や同化作用を促進させる薬剤(例:選択的アンドロゲン受容体刺激薬など)による治療は長期にわたって研究された経緯があるが、いずれも大きなブレイクスルーには至らなかった。
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<参考文献>
・Cederholm T, Bosaeus I. Malnutrition in Adults. N Engl J Med. 2024 Jul 11;391(2):155-165. doi: 10.1056/NEJMra2212159. PMID: 38986059.