胸郭出口症候群 thoracic outlet syndrome

胸郭出口症候群とその疫学

・胸郭出口症候群(thoracic outlet syndrome)とは鎖骨、第1肋骨、前斜角筋、中斜角筋で構成される腕神経叢、鎖骨下動静脈が圧迫あるいは牽引されることで生じる病態のことであり、1956年にpeetらにより提唱された。

・胸郭出口症候群は神経原性(95%)、静脈性(4~5%)、動脈性(1%)に分類される。

・神経原性胸郭出口症候群は頻度が高いが、診断と治療に難渋することもある。病歴聴取と身体診察などを加味した総合的判断で診断することもある。

・動脈性あるいは静脈性胸郭出口症候群では動脈血栓症静脈血栓症を伴って発症することもある。

・胸郭出口症候群の多くは何らかの外的要因(外傷など)、反復性のストレスによる解剖学的素因により生じると考えられている。ただし、その外的ストレスを受けてから数週間以上も遅れて発症することもある。

・好発年齢は20~30歳代とされている。

神経原性胸郭出口症候群

・神経原性胸郭出口症候群では上肢の脱力感、異常感覚(しびれ)、知覚異常、疼痛などを呈することがある。

・症状は睡眠時のみならず日中の活動時にもみられる。

上肢の重だるさ腕を上げる動作などでみられやすい。

・症状の頻度としては上肢の知覚異常(98%)、頸部痛(88%)、僧帽筋部の疼痛(92%)、肩あるいは腕の疼痛(88%)、鎖骨上の疼痛(76%)、胸痛(72%)、後頭部痛(76%)、第5指の知覚異常(58%)、第4~5指の知覚異常(26%)、第1~3指の知覚異常(14%)とする報告もある。

・多くの神経原性胸郭出口症候群では下部腕神経叢(C8~Th1)の圧迫を伴い、前腕および手の尺側、腋窩などにおける症状を伴う。上部腕神経叢(C5~7)に関連する場合の方が頻度として少ないが、この場合には同側の頭部、顔面、上胸部、肩甲骨周囲、示指および母指の手背側などに放散する疼痛を伴うことがある。

血管性胸郭出口症候群

・前述のように静脈性および動脈性のタイプが存在する。

静脈性胸郭出口症候群では上肢の著明な腫脹が特徴的で、上肢、胸部、肩周囲の深部疼痛を伴い、運動後に悪化する重だるさのような症状がみられることがある。また、四肢のチアノーゼ様の皮膚変化がみられることがある。鎖骨下静脈は前斜角筋の前方で圧迫されるのが一般的である。また静脈性胸郭出口症候群のいち病型としてPaget-Schroetter症候群があり、これは比較的若年者で生じる鎖骨下静脈の血栓症を指す。

動脈性胸郭出口症候群は稀な疾患で、異常感覚(しびれ)、冷感、皮膚蒼白を呈し、寒冷時に症状が悪化することもある。この病型では鎖骨下動脈の間欠的あるいは持続的な動脈圧迫により生じる。長期にわたる圧迫により血栓症、動脈瘤の形成、四肢の虚血などを伴うことがある。多くの場合で動脈性胸郭出口症候群と神経原性胸郭出口症候群とは併存し得る。動脈性胸郭出口症候群では手指の発作性の蒼白、紅斑、片側性のレイノー症状などとして発現することがある。

身体診察

・上肢を対側と比較し、皮膚の色調、温度、毛髪の分布、筋萎縮、爪に関する所見が得られることがある。

神経原性胸郭出口症候群の特徴的な所見としてGilliatt-Sumner handが知られている。Gilliatt-Sumner handは短母指外転筋の萎縮、小指球筋の萎縮を伴う所見を指す。

左右の上肢で20mmHg以上の血圧差があることは血管性胸郭出口症候群でみられることがある(ただし頻度は低い)。

・静脈性胸郭出口症候群では上肢および胸壁に表在静脈のうっ血所見がみられることがある。

・動脈性胸郭出口症候群では上肢の皮膚の蒼白がみられることがある。

・血管性胸郭出口症候群の評価としては腕の位置を様々なところに変化させることで橈骨動脈の所見がどう変わるかに着目して診察することが有用で、いくつかの誘発テストがある。

Wright test頭部を反対側に向け、腕を外転かつ外旋させた状態で橈骨動脈の脈拍が減少/消失するかどうかを確かめる診察法である。

Adson test腕を伸展させ、頭部を患側に向けて、深呼吸をする診察法であるが、健常者でも51%で橈骨動脈の脈拍減少がみられることを示唆する報告もあり、臨床的有用性は一部疑問視されている。

Roos testは胸郭出口症候群の診断につなげる診察法としては信頼性が高いとされていて、両腕を90%外転位にし、肘関節を90度に屈曲させた肢位をとり、そのまま両側の手指の屈伸を3分間行わせる診察法で、途中で腕のしびれやだるさが生じて、診察法を完遂できない場合に陽性と判断する。

Morley test鎖骨上窩部の斜角筋上部を圧迫することで末梢への放散痛が生じれば陽性とする診察法である。

・胸郭出口症候群における上記の誘発テストはいずれも偽陽性が多いという指摘があり、健常者の58%で上記診察法の少なくとも1つが陽性となるという報告もある。また、Adson testの特異度は76%で、Roos testの特異度は30%であるが、両者が陽性である場合は特異度が82%まで上昇するという報告もある。

・診察法については参考文献のFigure 4が大変参考になる。

診断的検査

 <画像検査>

胸部および頚椎のX線撮影では頸肋、C7横突起の異常などを捉えられる場合があり、これらは胸郭出口症候群の原因となり得る。

CT撮像MRI撮像占拠性病変(腫瘍など)、転移性疾患、骨折などの指摘に有用な場合がある。

超音波検査は胸郭出口症候群の診断において、有用性に限界があるという指摘もあるが、静脈性胸郭出口症候群の診断においては感度95%、特異度92%という報告もある。

 <血管造影>

・動脈造影が胸郭出口症候群の診断には必ずしも有用とはいえない。

・動脈性胸郭出口症候群は体位変化による影響が大きい可能性があり、血管造影検査よりも身体診察を重視するべきという見方もある

・一方で、静脈性胸郭出口症候群が疑われる場合には鎖骨下静脈の圧迫などを確認可能な静脈造影検査が適応となる。

・急性血栓症が確認されたケースでは早期の血栓溶解療法や外科的治療の適応となる。

 <前斜角筋ブロック>

・リドカインあるいはボツリヌス毒素のブロック注射により筋の拘縮などを緩和することができ、予後改善効果も示唆されている。

治療

・治療は胸郭出口症候群の原因により異なる。

神経原性胸郭出口症候群のほとんどのケースではまず非外科的治療を試みることとなる。

血管性胸郭出口症候群あるいは症状が持続性にみられる神経原性胸郭出口症候群筋萎縮や進行性の症状がみられるケースでは手術が検討される。

 <非外科的治療>

・神経原性胸郭出口症候群の初期治療としては理学療法、抗炎症薬、筋弛緩薬、ブロック注射などが検討される。

・超音波ガイド下ボツリヌス毒素注射により神経原性胸郭出口症候群の69%で短期的な症状緩和がみられたという報告もある。そのほか、リラクゼーション、姿勢の修正、体重管理、栄養管理もときに有用である。

・理学療法としてはストレッチ、可動域訓練などが行われる。

・6ヶ月程度の治療で改善がみられない場合には再評価を行ったうえで、適応があれば外科的治療も検討することとなる。å

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<参考文献>

・Kuhn JE, Lebus V GF, Bible JE. Thoracic outlet syndrome. J Am Acad Orthop Surg. 2015 Apr;23(4):222-32. doi: 10.5435/JAAOS-D-13-00215. PMID: 25808686.

・Fugate MW, Rotellini-Coltvet L, Freischlag JA. Current management of thoracic outlet syndrome. Curr Treat Options Cardiovasc Med. 2009 Apr;11(2):176-83. doi: 10.1007/s11936-009-0018-4. PMID: 19289030.

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