骨盤内炎症性疾患 pelvic inflammatory disease
骨盤内炎症性疾患とその疫学
・骨盤内炎症疾患(以下PID: Pelvic inflammatory disease)とは膣、子宮頸管からの上行性感染で発症し、骨盤腹膜を含む子宮および付属器の炎症性疾患の総称にあたる。
・起因菌としては淋菌(N.gonorrhoease)、クラミジア(C.trachomatis)が多く、これらで過半数を占めるとされる。そのほかBacteroides属を含む腸内細菌、ウレアプラズマ、マイコプラズマ(M.genitalium、M.hominis)などが起因菌となることもある。
・典型的な発症時期は月経中から月経終了直後である。年齢としては10~20歳代が最多。
・PIDの発症リスクとしては月経中の性行為、コンドームを用いない性行為、PIDの既往、複数のパートナーの存在、子宮内避妊具などが挙げられている。
・右上腹部痛を伴う場合は肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群)の合併を想定する。この場合、肝胆道系酵素上昇はみられないことも珍しくないため、安易に除外せず、造影CT撮像を検討する。
臨床症状
・典型的には急性経過での両下腹部痛を自覚する。そのほか帯下の増加、不正性器出血、性交時痛、頻尿などがみられることがある。
・悪心/嘔吐はみられにくい。悪心/嘔吐を伴う場合はPIDの可能性は低くなることが知られている。
・Fitz-Hugh-Curtis症候群を合併した場合は放散痛として右肩痛を自覚する場合があり、こちらは右側の横隔膜への炎症波及によるものと考えられている。
身体所見
・内診で子宮頸部の可動時痛(cervical motion tenderness)がみられることが多い。
・腹部の圧痛は下腹部全体にみられることが頻度としては多い。ただし、右下腹部あるいは左下腹部に限局するケースもある。
検査
・PIDを想定した場合は血液検査で炎症反応などを確認する。なお、Fitz-Hugh-Curtis症候群ではCRPの上昇幅に比して、WBCの上昇幅が小さいという報告もある。
・病歴、身体所見などから総合的に勘案してPIDが想定できる場合は造影CT撮像を行う。
・前述のようにFitz-Hugh-Curtis症候群を想定した場合にも造影CT撮像を検討する。早期相で肝被膜の造影増強効果がみられることがある。
・血液培養、尿培養の提出は行うべきである。可能であれば治療前の初尿検体で淋菌、クラミジアに関する核酸増幅検査(NAAT)を行う。
・そのほか参考所見であるが血清クラミジア抗体を提出することもある。ただし、C.pneumoniaeの感染症でも陽性となり得ることや、感染急性期には偽陰性になり得ることに留意して検査結果を解釈する。
診断
・明らかな診断に至ることが困難なケースもあり、他疾患がそれらしくなく、PIDらしさが残るようであれば治療開始を検討する場合もある。
・PIDを診断した際にはパートナーの治療を行うことも検討する。
<診断基準>
・必須項目に加えて付加診断基準があれば強く疑う。
- 必須項目
・下腹部痛、下腹部の圧痛
・子宮、付属器の圧痛
2. 付加診断基準
・体温≧38.0度
・白血球増加
・CRP上昇
3. 特異的診断基準(一部は主に産婦人科医が行う)
・骨盤内の膿瘍形成(経膣超音波検査やMRI撮像で確認)
・腹腔鏡による炎症の確認
治療
・一般的に入院加療とする。軽症であれば外来治療も可能という見方もあるが、特に卵管卵巣膿瘍の合併も想定される場合は静注治療が強く推奨される。
・淋菌とクラミジアとの同時感染は稀なことではなく、両者を治療対象とすることを原則とする。
・嫌気性菌をルーチンでカバーする必要性はRCTで確認されていないが、特に細菌性膣炎はPIDでも併存しやすく、嫌気性菌も確認されることが多い。総合的に勘案して横隔膜下の嫌気性菌(Bacteroides属など)までカバーしておくことが多いと思われる。
・淋菌はキノロン耐性が進行しているため、ルーチンでのキノロン系薬剤の使用は控える。
・クラミジア(C.trachomatis)の治療において、AZMはDOXYよりも有効性が低いことを示唆する報告があり、可能であればDOXYを優先的に使用することを検討する。DOXYが使用できない場合はMINOの使用を検討する。
・治療の例としては「CTRX+MNZ+DOXY」、「CTX+DOXY」、「ABPC/SBT+DOXY」、「CMZ+DOXY」などが検討されると思われる。個別性、全身状態に応じてどんな細菌までカバーするか(例えばESBL産生菌など)、地域のアンチバイオグラムがどうかなどを総合的に勘案して治療方法を検討することとなる。
・治療期間は臨床経過にもよるが14日間程度を見込むことが多い。
・子宮内避妊用具(IUD)の抜去は臨床的な改善を早めるとは限らず、留置したままにする場合もある。
治療後の経過
・PIDの後、3年間の経過を追跡した研究では29%で慢性骨盤痛、18%で不妊症、0.6%で異所性妊娠がみられ、15%でPIDを再発していたことが報告されている。
・なお、PIDの治療が遅れることでこういった合併症の頻度が増えると考えられている。
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<参考文献>
・Brunham RC, Gottlieb SL, Paavonen J. Pelvic inflammatory disease. N Engl J Med. 2015 May 21;372(21):2039-48. doi: 10.1056/NEJMra1411426. PMID: 25992748.
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