ピロリ菌感染症と除菌治療 H.pylori infection
H.pylori関連疾患
・H.pylori(ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌))は胃上皮に定着する細菌で慢性炎症を惹起する。なお、ピロリ菌はウレアーゼ産性能を有するため、胃の産生環境においても生存することができる。
・ピロリ菌が関連する疾患としては特に胃潰瘍/十二指腸潰瘍、胃がん、胃MALTリンパ腫が重要である。そのほか、萎縮性胃炎、免疫性血小板減少性紫斑病(ITP)、機能性ディスペプシア、胃過形成ポリープなどとの関与が強く疑われている。
・消化性潰瘍はその成因がNSAIDsによるものでなければ、除菌治療により通常は治癒することが知られている。
・胃MALTリンパ腫は限局的な病変に留まっていれば、除菌治療により退縮する可能性が示されている。
・萎縮性胃炎は除菌治療によって、さらなる進行は抑制できるが、萎縮の程度などが改善するという根拠は示されていない。なお、除菌成功後も胃がんが生じるリスクは消失しないため、ケースによっては年1回程度の内視鏡検査を行う場合もある。
H.pylori感染の診断
・診断のための検査としては非侵襲的検査と侵襲的検査とに大別可能である。
・非侵襲的検査として尿素呼気試験(UBT)、便中抗原検査、血清抗体価測定の3つが挙げられる。特に感度、特異度の観点で優れているのはUBT、便中抗原検査の2つであるため、基本的にはこちらを優先的に使用することが良いと思われる。なお、UBTについてはPPIの使用により偽陰性になるケースがあることに留意する必要があり、内服を中止して2週間以上経過してから判定することがあり、PPIに代わる制酸薬の必要性が高いケースではH2RA(ファモチジンなど)に置換する場合もある。
・侵襲的検査としては迅速ウレアーゼ試験、鏡検法、培養法の3つが挙げられ、基本的に組織を採取することが求められる。
・なお、上部消化管内視鏡検査を実施して潰瘍性病変や萎縮性胃炎病変などを確認して6ヶ月以内の検査が保険診療の適用範囲となる。また、前述の6つの検査のうち、同時の実施が保険診療で許容されるのは2法までとされている。
除菌治療の対象
・診断に至った場合において、原則として年齢のみによって除菌治療の不適応となることはないと考えられている。しかし、ADLや生命予後など種々の事項を勘案したうえで除菌療法の利益が相対的に小さいと考えられるケースは存在するため、個別性に応じた判断がときに必要となる。
・除菌療法の確実な適応となると考えられているのは消化性潰瘍(胃潰瘍/十二指腸潰瘍)と胃MALTリンパ腫である。また、早期胃癌の切除後においても、感染の有無の確認とその後の除菌療法が望ましいと考えられている。
H.pyloriの除菌の方法
・一次除菌としてはP-CAB(タケキャブ®)40mg/日、CAM 400mg/日、AMPC 1,500mg/日の内服を7日間行うことが推奨される。なお、パック製剤としてボノサップパックが存在し、そちらを使用することも多い。ボノサップパックは400mg製剤(ボノサップパック400)と800mg製剤(ボノサップパック800)とが存在するが、除菌成績に差はないため、より副作用の軽減が期待でき、安価なボノサップパック400を優先的に使用することが一般的と思われる。
・除菌判定を行ったうえで、除菌失敗と判定される場合には二次除菌を行う場合がある。その際には一次除菌で使用する3剤のうち、CAMをMNZ 500mg/日に置換した治療で改めて7日間の内服治療を行うこととなる。なお、パック製剤としてはボノピオンパックが存在する。
・一次除菌のみでの除菌成功率は約90%で、二次除菌まで行ったケースでの除菌成功率は98~99%程度と考えられている。
・なお、二次除菌も失敗したケースにおいては可能性としてそもそもH.pyloriが関連していないA型胃炎(自己免疫性胃炎)の可能性を想定し、専門診療科へのコンサルトは検討する。
除菌判定の方法とタイミング
・基本的には感度、特異度が高い検査であるUBT、便中抗原検査で行うことが一般的で、個人的にはUBTの方が簡便な印象にあるため、そちらを優先的に使用することが多い。
・除菌判定は除菌治療を終えてから数え、早くても4週間以降のタイミングで行うこととされている。
・ただし、治療終了から4週間後の時点では5%程度の偽陰性が含まれることが示唆されている。またUBTでは”delayed clearance現象”が知られている。これは「除菌判定時にUBT陽性であったものが、2~3ヶ月後に遅れて陰性に転じる現象」で、偽陽性の一つとされている。それを予防する観点では除菌判定を多少遅らせ、除菌治療終了から2~3ヶ月後ぐらいをメドに除菌判定を行うことが有用かもしれない。
抗H.pylori抗体の測定について
・ピロリ菌に対する血清抗体測定の利点は比較的実施が簡便である点にある。一方で、不利点として感度や特異度が十分でないことなどが挙げられる(ある報告では感度85%, 特異度 79%に過ぎない)。
・日本における検査では抗体価 10U/mL未満で”陰性(−)”と判定されるように設定されている場合がある。
・しかし、日本からの報告では抗体価3.0~9.9U/mLの場合、未感染例6.4~14.0%で、現感染や既感染の割合が多かったことが示されている。また、抗体価 3.0U/mL未満であっても、未感染例77~91%であり、1~4%は現感染であったという報告もあり、ときに解釈が容易でない検査であることが示唆される。
・血清抗体検査はその検査学的特性の限界に留意して、いち参考所見として利用することはできるものの、特別な理由がなければUBTや便中抗原検査の実施を優先することがよいかもしれない。
・また血清抗体価は除菌治療を終えたあとも陽性がしばらく続くこともある。
ピロリ菌の除菌治療とGERD
・以前、ピロリ菌の除菌治療により、一部のケースにおいて胃食道逆流症(GERD)のリスクが増加する可能性が示唆されていた。
・しかし、1983年から2007年までの、関連する7件のRCT、5件のコホート研究が解析されたメタアナリシスでは除菌治療によってGERDのリスクが増加するということに関して統計学的有意差が示せなかった。
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<参考文献>
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