粘液水腫性昏睡 myxedema coma

粘液水腫性昏睡とは

・粘液水腫性昏睡とは甲状腺機能低下症(原発性または中枢性)が基礎にあり、重度で長期にわたる甲状腺ホルモンの欠乏に由来する、あるいはさらに何らかの誘因(薬剤、感染症等)により惹起された低体温、呼吸不全、循環不全などが中枢神経系の機能障害を来す病態である。

・基礎疾患が原発性の甲状腺機能低下症の場合、多くは慢性甲状腺炎(橋本病)が原疾患である。ただし、粘液水腫性昏睡の5~15%は中枢性、つまり下垂体または視床下部に由来する甲状腺機能低下症であることには留意する。

主な誘因

・比較的頻度が高い誘因としては甲状腺ホルモン製剤の内服中断感染症(肺炎など)が挙げられる。そのほかCriticalな誘因としては心筋梗塞や脳血管障害、低血糖、電解質異常(低ナトリウム血症、高カルシウム血症など)などが知られている。

薬剤が誘引となることもあり、鎮静剤(オピオイドなど)、リチウム製剤、アミオダロン、利尿薬、向精神病薬などが被疑薬として挙げられやすい。

・環境要因として寒冷曝露、外傷、手術なども誘引となることが知られている。

臨床像

・主な臨床症状は診断基準の記載内容のとおりである。

・典型的には低体温を伴う意識障害や全身性浮腫がみられ、CO2貯留を伴う呼吸不全や循環不全などが見られるケースなどで想起することが大切。

・意識障害は昏睡であるとは限らない。意識レベル低下の程度は昏睡レベルよりも軽度に留まることもあることに留意する。ただし、無治療の場合、時間経過とともに意識レベルは悪化傾向を辿る。

・粘液水腫性昏睡では低体温徐脈がみられることが典型であるため、感染症が誘因となっていても認識が遅れてしまう場合がある。したがって、発熱がみられないことなどを理由に安易に感染症の可能性を除外しないことが重要。

身体所見

・甲状腺機能低下症の可能性を高める所見としてはHypothyroid speech,乾燥して冷たくザラザラした粗造な皮膚、徐脈、アキレス腱反射の遅延などが挙げられる。

・甲状腺機能低下症では非圧痕性浮腫(non-pitting edema)がよく知られていて、水と結合しやすいコンドロイチンやヒアルロン酸といったムコ多糖が皮膚に蓄積することで生じる。なお、十分な甲状腺ホルモンの補充を行ってもこちらの所見の改善には数ヶ月ほど要する場合もあることが知られている。また眉毛外側の脱毛もよく知られているが、特異性は低いと考えられている。

・甲状腺機能低下症ではアキレス腱反射の収縮相と弛緩相との両方が遅延するが、特に弛緩相の延長は肉眼でも観察できることがある。また、甲状腺機能亢進症の患者と比べると、打腱器で叩くときにより強く叩かなければ腱反射自体が誘発されにくい

Hypothyroid speechは甲状腺機能低下症の約1/3でみられる特徴的な声質であり、話す早さが遅くなり、太く低調な鼻声のような音声がみられる。なお、声帯にムチンが沈着することに起因するという見方もある。

・なお、甲状腺腫大はたとえみられなくても、甲状腺機能低下症の否定には至らない

診断基準(3次案)

 <必須項目>

  1. 甲状腺機能低下症(原発性で概ねTSH>20μU/mL, 中枢性の場合はその他の下垂体前葉ホルモン欠乏症状に留意)
  2. 中枢神経症状(JCSⅡ-10以上, GCS 12点以下)

 <症候/検査項目>

  1. 低体温(35度以下:2点, 35.7度以下:1点)
  2. 低換気(PaCO2≧48Torr, 動脈血pH≦7.35, 酸素投与のいずれかがあれば1点)
  3. 循環不全(MAP≦75mmHg, 脈拍数≦60/min, 昇圧薬投与のいずれかがあれば1点)
  4. 代謝異常(血清Na≦130mEq/L:1点)

<確実例>

・「必須項目2項目」+「症候/検査項目2点以上」

<疑い例>

  1. 甲状腺機能低下症を疑う所見があり必須項目の①は確認できないが, 必須項目の②に加え症候/検査項目2点以上
  2. 必須項目の①,②および症候/検査項目1点
  3. 必須項目の①があり, 軽度の中枢神経系の症状(JCSⅠ-1~3 or GCS 13~14)に加え, 症候/検査項目2点以上

主な鑑別診断

・初期の粘液水腫性昏睡と部分的に重複する臨床像を呈する疾患としては、低体温症を来す疾患群、副腎クリーゼ、敗血症、うつ病、肝性脳症、認知症、薬物中毒などが挙げられる。

・また、重要な鑑別疾患として橋本脳症が挙げられ、こちらはステロイド治療を要する場合があり、治療方針に影響を及ぼすため、鑑別を要する。橋本脳症では粘液水腫性昏睡とは異なり、甲状腺機能の低下は必ずしも認められず、正常範囲か多少の低下に留まることもあり、血清抗NAE抗体が陽性となる場合がある。また、粘液水腫性昏睡においては頭部MRI撮像での特異的な所見はないが、橋本脳症ではFLAIR撮影で両側側頭葉内側の高信号域(辺縁系脳炎に類似する)がみられたり、びまん性白質病変がみられたりすることがある。

下垂体前葉ホルモン

・粘液水腫性昏睡が疑われ、かつ基礎疾患として中枢性甲状腺機能低下症が疑われる場合にはTSH以外の下垂体前葉ホルモン(ACTH、GH、LH、FSH、PRL)を血液検査で確認することもときに有用。

・下垂体ホルモンには日内変動があるものが多く、食事やストレスの影響も受けやすいため、空腹時かつ早朝の採血で確認するのが本来的には望ましいが、実臨床ではそうもいかない場面も多いため、あくまでそういった修飾を受けやすいということを理解したうえで検査結果を解釈することが大切と思われる。また、それぞれの下垂体ホルモンの末梢ホルモン(FT4、テストステロン、E2、IGF-1など)比較的、日内変動の影響は小さいため、そちらの低下の有無を同時に確認することも有用である。

マネジメント

・臨床的に疑われれば診断が確定する前に治療介入が必要なケースもある。

・粘液水腫性昏睡の治療は「甲状腺ホルモン製剤の投与」「副腎不全の予防/ケア」「全身管理(支持療法)」「誘因に対する介入」で形成される。

・文献によっても治療用量などが多少異なり、以下の記載は一例として挙げる。

 <甲状腺ホルモン製剤の投与>

 ・治療1日目レボチロキシン(チラーヂンS静注液)50~400μgを生食に溶解させ1日1回 点滴静注するが、年齢や心不全などの併存疾患の状況に応じて適宜用量を調整することも検討する。目安として200μgあたり生食100mLに溶解することを記載する文献もある。

 ・治療2日目以降50~200μgを1日1回 点滴静注する。

 ・内服が可能な場合は内服治療に切替えることは許容され、維持量としては1.6μg/kgを経口投与する。

 ・高用量のLT3静注ではしばしば予測不可能に血中濃度が変動し、心血管疾患による死亡率が上昇するという報告もある。

 <副腎不全のケア>

 ・粘液水腫性昏睡を疑う時点でACTH、コルチゾールを測定し、ベースラインを把握しておく。

 ・エビデンスレベルは低いものとしているが、アメリカ甲状腺協会(ATA)は甲状腺ホルモン(LT4製剤)の投与よりも、グルココルチコイドの投与を先行させることを推奨している。

 ・明らかな副腎不全に至っていなくても、相対的な副腎不全状態に至っていることがある。血液検査で副腎不全が否定されるまではヒドロコルチゾン 100mgを8時間ごとに点滴静注することが検討される。

 <全身管理(支持療法)>

 ・原則としてモニター管理として、肺や心血管系の継続的なモニタリングが行える環境下での管理となる。

 ・低体温に対しては毛布や室温を上げることなどによる復温を考慮する。ただし、急激に温めることにより末梢血管が拡張し、ショックを誘発する可能性があることに留意する(Rewarming shock)。

 ・低ナトリウム血症などの電解質異常に対して適宜補正を行う。

 ・呼吸中枢の反応性低下や舌腫大などにより低換気を惹起することがあるため、PaO2やPaCO2の注意深いモニタリングを要する。ときには気管挿管を考慮する場合もある。

 <誘因に対する介入>

 ・感染症などの誘因が特定されれば、そちらに対する介入も並行して行う。

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<参考文献>

・Jonklaas J, Bianco AC, Bauer AJ, Burman KD, Cappola AR, Celi FS, Cooper DS, Kim BW, Peeters RP, Rosenthal MS, Sawka AM; American Thyroid Association Task Force on Thyroid Hormone Replacement. Guidelines for the treatment of hypothyroidism: prepared by the american thyroid association task force on thyroid hormone replacement. Thyroid. 2014 Dec;24(12):1670-751. doi: 10.1089/thy.2014.0028. PMID: 25266247; PMCID: PMC4267409.

・Ylli D, Klubo-Gwiezdzinska J, Wartofsky L. Thyroid emergencies. Pol Arch Intern Med. 2019 Aug 29;129(7-8):526-534. doi: 10.20452/pamw.14876. Epub 2019 Jun 25. Erratum in: Pol Arch Intern Med. 2019 Sep 30;129(9):653. PMID: 31237256; PMCID: PMC6721612.

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