セロトニン症候群 serotonin syndrome
セロトニン症候群とは
・セロトニン症候群とは特定の薬剤の使用、意図的な過剰摂取、あるいは薬物相互作用の影響により生じる、ときに重篤な転帰を辿り得る薬物有害反応である。
・セロトニン症候群の三徴として精神状態の変化、交感神経亢進、神経筋異常が有名であるが、全てが揃うとは限らない。臨床症状として軽症であれば振戦や下痢などに留まることもあれば、重症例では高体温、筋強剛などをきたすケースもある。特に軽症例は見逃されやすいため、注意が必要。
・セロトニン症候群の診断においていくつかの障壁が存在する。一つ目は症状が多彩であるがゆえに見逃されやすいということである。下痢や高血圧を伴う振戦のような症状を薬剤とは無関係な症状と認識してしまう可能性もあれば、不安やアカシジアを患者自身のパーソナリティに由来するものと誤認してしまっている可能性もある。二つ目はSternbachが提唱した診断基準を厳密に適用することで、現在では軽症例などと認識されているものが除外されてしまう可能性があることである。三つ目はセロトニン症候群は稀ではなく、高齢者、小児、新生児を含むあらゆる年齢層において発症する疾患であるにも関わらず、疾患認識が思ったように広がっていないことである。
セロトニン症候群の発症に関連し得る薬剤
・SSRI:セルトラリン、フルボキサミン、パロキセチン、シタロプラムなど
・抗うつ薬:トラゾドン、クロミプラミンなど
・MAO阻害薬
・抗てんかん薬:バルプロ酸
・鎮静薬:フェンタニル、トラマドール、ペンタゾシンなど
・制吐薬:メトクロプラミドなど
・片頭痛薬:スマトリプタン
・抗菌薬:リネゾリド、リトナビル
・OTC:デキストロメトルファン
・その他:リチウム製剤、LSD、MDMAなど
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・SSRI内服に、CYP2D6およびCYP3A4を阻害する薬剤を併用することでセロトニン症候群を発症する恐れは強まる。
・MAO阻害薬と、デキストロメトルファン、SSRIなどとの併用もセロトニン症候群の重症化に寄与することがある。
臨床像
・軽症例で仮に体温上昇が無かったとしても、バイタルサインの異常として頻脈が、身体所見では自律神経障害(発汗、散瞳など)、ミオクローヌス、腱反射亢進がみられる場合がある。
・中等症以上のケースでは腱反射亢進やクローヌスが上肢よりも下肢で目立ちやすいことも知られている。
・重症例では短時間でショック状態に至る場合もある。また、筋強剛は上肢よりも下肢で目立ちやすい。
・セロトニン症候群の診断と統計学的に有意に相関した所見は腱反射亢進、ミオクローヌス、眼球クローヌス、自発性クローヌス、誘発クローヌス、四肢末梢の筋強剛、振戦などであった。
・自律神経症状として、頻脈、散瞳、発汗亢進、腸蠕動音亢進、下痢がみられる場合がある。
・セロトニン症候群と有意に関連する精神状態の異常としては興奮状態とせん妄であった。
・高体温(38度以上)はセロトニン症候群との相関性は乏しかった。
・検査異常としては代謝性アシドーシス、横紋筋融解症、腎不全などがみられる場合もある。
・通常、症状の発現は急性経過に相当し、薬剤変更や過量服薬の数分以内に生じることも多い。セロトニン症候群の患者の約60%は薬剤の初回投与時、過剰投与時、投与量の変更6時間以内に生じる。
・セロトニン症候群は誘引とされる薬剤が投与され続ける限り、自然軽快することはない。
診断
・セロトニン症候群の診断を単独で確定できる検査項目はない。
・振戦、クローヌス、アカシジアが認められ、それ以外の錐体外路症状がない場合にセロトニン症候群が想起される必要がある。
・身体診察では瞳孔径、口腔粘膜の乾燥の有無、腸蠕動音、発汗の有無に加えて、深部腱反射、クローヌス、筋強剛に重きを置いて確認する。特にクローヌス(誘発性、自発性、眼球)はセロトニン症候群の診断を確定するうえで最も重要な所見ともされている。
・筋強剛に臨床医の注意が向いてしまい、クローヌス、腱反射亢進に気付きづらくなってしまうことがある。
鑑別診断
・抗コリン性トキシドローム、悪性症候群、悪性高熱症、熱射病は鑑別疾患に挙げられるが、身体所見や服薬歴から区別は可能。
・抗コリン性トキシドロームの患者では腱反射が正常で、散瞳、口腔粘膜の乾燥、尿閉、腸蠕動音の減弱、皮膚の発赤などが特徴である。特に腸蠕動音の亢進、神経筋診察所見(クローヌス、腱反射亢進など)、発汗亢進、皮膚色調が正常といった所見はセロトニン症候群らしい点で、抗コリン性トキシドロームと一線を画する所見である。
・悪性高熱症はEtCO2上昇、高体温、代謝性アシドーシスなどを特徴とし、吸入麻酔薬に曝露して、数分以内に発症することが典型。身体所見では皮膚が特徴的で、チアノーゼを呈する部分と紅潮する部分とが斑状にみられる。まるで死後硬直のような筋肉の硬直と、腱反射低下とは悪性高熱症らしく、これらの所見はセロトニン症候群にはみられない。
・悪性症候群はD2受容体拮抗薬により生じ、比較的緩徐な経過で発症し、鉛管様筋強剛、高体温、意識状態の変動、自律神経障害、動作緩慢などで特徴づけられる症候群である。悪性症候群の症状はセロトニン症候群とは異なり、通常数日の経過で発症する。
マネジメント
・セロトニン症候群のマネジメントとしては誘引となる薬剤の中止、支持療法、興奮状態のコントロール、5-HT2拮抗薬の投与、高体温のコントロールなどが基本となる。
・セロトニン症候群の多くのケースは通常、誘引となる薬剤を中止して24時間以内に症状は消失する。しかし、半減期の長い薬剤などの場合は症状が長く続くこともある。
・補液とバイタルサインの安定化は治療の柱である。
・治療の内容は重症度により異なる。軽症例(例えば腱反射亢進や振戦はみられるが高体温は欠くようなケース)では通常、支持療法、誘引の除去、ベンゾジアゼピン系薬剤の投与により管理可能。中等症例では心肺の補助、高体温の是正に関して積極的に介入する必要性が高い場合もあり、また5-HT2拮抗薬(シプロヘプタジンなど)の投与もときに有効。重症例(例えば体温41度以上)では前述の治療に加えて、鎮静、気管挿管などを検討する場合もある。
・セロトニン症候群の管理ではその重症度によらず、ベンゾジアゼピン系薬剤(ジアゼパムなど)による興奮状態の管理が必要。
・薬物治療としては5-HT2拮抗薬の投与を検討可能。シプロヘプタジン(ペリアクチン®)はセロトニン症候群の治療薬として推奨されているが、その有効性は厳密には確立されていない。シプロヘプタジン12~32mgを24時間毎に投与する必要がある。まずはシプロヘプタジン12mgを初回投与して、症状が続く場合には2時間ごとに2mgの投与を考慮することが提案されている。維持投与としてはシプロヘプタジン8mgを6時間ごとに投与することを検討する。シプロヘプタジンは経口剤のみであるが、錠剤を砕いて経鼻胃管投与することも可能。
・またオランザピン10mg舌下投与も有効な場合もあるが、こちらも有効性は厳密に確立されていない。
・非経口投与を選択する場合にはクロルプロマジン50~100mgの筋注を検討可能。クロルプロマジンは古い治療法であるが、それでも重症例では考慮される。
・MAO阻害薬の相互作用でセロトニン症候群が生じる場合には低血圧を伴う場合があり、その際には低用量のノルアドレナリンやアドレナリンなどを使用する場合もある。
・高体温の管理には筋肉の過剰な活動をなくすことが重要。ベンゾジアゼピン系薬剤は中等症例では有効であるが、例えば41度以上の高体温を呈するような重症例ではベクロニウムなどの非脱分極性筋弛緩薬を利用し、その後、人工呼吸管理を行うことを検討するべき。なお、高体温はあくまで筋肉活動に由来するため、解熱薬の使用は有用でない。
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<参考文献>
・Boyer EW, Shannon M. The serotonin syndrome. N Engl J Med. 2005 Mar 17;352(11):1112-20. doi: 10.1056/NEJMra041867. Erratum in: N Engl J Med. 2007 Jun 7;356(23):2437. Erratum in: N Engl J Med. 2009 Oct 22;361(17):1714. PMID: 15784664.