悪性症候群 malignant syndrome
悪性症候群とは
・悪性症候群とは視床下部や脳幹におけるD2受容体遮断により、高体温、著明な筋固縮、自律神経症状、精神状態の変動が生じる症候群である。また、ドパミン作動薬の中断によっても生じることが知られている。
・あらゆる年齢で発症し得るが、特に若年男性に多い。
国際専門家会議による診断基準
・72 時間以内にドパミン拮抗薬の投与あるいはドパミン作動薬の中断(20点)
・口腔温で2回以上 高体温>38度(18点)
・筋固縮(17点)
・意識状態の変化(13点)
・CK上昇≧基準値上限の4倍(10点)
・交感神経が不安定な状態にある(以下の2項目を満たす)(10点)
- 血圧上昇(sBPあるいはdBP≧基礎値+25%)
- 血圧変動(24時間以内にsBPで25mmHgあるいはdBPで20mmHg以上)
- 発汗
- 尿失禁
・代謝亢進(心拍数増加≧基礎値+25% or 呼吸数増加≧基礎値+50%)(5点)
・原因となる感染症、薬物、代謝疾患、神経疾患がない(7点)
※明確なCut off値は存在せず、内容を理解して総合的に判断することが大切と思われる
原因薬剤
・定型抗精神病薬は非定型抗精神病薬よりも悪性症候群を発症するリスクが高いと考えられているが、それを証明した文献はない。ただし悪性症候群と考えられたケースの原因薬剤の44%がハロペリドールであったとする報告も存在する。また、非定型抗精神病薬でもクエチアピン、オランザピン、リスペリドン、クロザピン、アリピプラゾールなどで悪性症候群の報告は存在していて、少なくとも非定型抗精神病薬であれば悪性症候群の発症リスクを回避できるということはない。
・悪性症候群の62%が非定型抗精神病薬の投与開始2週間以内に発症しているという報告がなされている。また、定型抗精神病薬による悪性症候群よりも、非定型抗精神病薬による悪性症候群の方が死亡率は低い可能性は示唆されている。
・また抗精神病薬以外ではメトクロプラミドなども悪性症候群の原因薬剤になり得る。
悪性症候群の発症リスク
・抗精神病薬の非経口投与、用量増加は悪性症候群の発症リスクに関係する。
・また脱水、低栄養、器質的な中枢神経障害なども発症リスクとなる。
・悪性症候群の既往があるケースでは抗精神病薬の再投与後に最大30%の患者で再発が生じ得る。
臨床像
・経過は多様であるが、診断基準にも含まれる意識状態の変化は比較的早期から確認されることが多いと指摘されている。ただし、その程度はJCSⅠ-1程度のものから、昏睡状態まで様々である。
・筋強剛は重度の場合には鉛管様強剛(歯車様強剛と異なり、一様に抵抗がある)とも称され、悪性症候群の一つの特徴とされる。この筋強剛症状は抗パーキンソン病薬による治療には反応性に乏しく、他の神経学的徴候(振戦、ジストニア、構音障害、嚥下障害など)を合併してしまうことがある。
・あるReviewでは悪性症候群の70%以上のケースで、①意識状態の変化 ②筋強剛 ③高体温 ④自律神経障害 がみられ、そして頻度としても数字で示した順に多くみられたことが示された。
・患者の16%が原因投与薬剤開始24時間以内に悪性症候群を発症し、投与開始1週間までに66 %が、投与開始30日までに96%が発症していた。
検査所見
・悪性症候群に特異的な検査異常はない。
・血液検査では白血球増加、代謝性アシドーシスあるいは低酸素血症(約75%)、血清CK高値(95%)がみられる。また高体温、筋強剛などによる筋細胞破壊で、急性腎不全をきたすことがある。そのほか、頻度は低いかもしれないが、低ナトリウム血症/高ナトリウム血症、脱水、血清鉄低値、凝固異常などを伴うこともある。
・尿検査ではミオグロビン尿(67%)がみられる。
・脳波検査では患者の54%で所見がみられる。
・髄液検査や神経画像検査は基本的に異常がみられない。
鑑別疾患
・悪性症候群は除外診断が重要で、他の疾患、特に精神/神経疾患(脳腫瘍、脳卒中など)、代謝内分泌疾患(甲状腺クリーゼ、セロトニン症候群、褐色細胞腫など)、感染性疾患(脳膿瘍、急性ウイルス性脳炎、破傷風など)、自己免疫疾患(SLE、MCTDなど)、外因性(熱射病、抗コリン性トキシドローム、アルコール離脱症候群など)を除外する姿勢が大切。
・緊張病症候群も重要な鑑別疾患の一つに含まれる。DSM-Ⅴで定義される緊張病症候群は①運動活動性の低下(例:昏迷、カタレプシー)、心理社会的関与性の低下(緘黙など)などの12の症状のうち、3つ以上を必要とする精神疾患である。緊張病症候群に対してはロラゼパム 1~2mg 静注が初期治療として推奨されている。ロラゼパム抵抗性な場合は電気けいれん療法(ECT)の適応となる。
マネジメント
・まず前提として、現在までに悪性症候群に対する薬物治療、電気けいれん療法(ECT)の有効性を評価したRCTはない。したがって、以下の記載はあくまでケースシリーズ、エキスパートオピニオンなどに基づいていることに留意する。
・はじめに優先的に行うこととして、抗精神病薬の中止が挙げられる。
・多くの場合、悪性症候群はSelf-limitedな疾患で、抗精神病薬の投与を中止し、支持療法を行うことで症状が軽快し得る。
・悪性症候群の患者では急性期において脱水症状をきたしているため、積極的な輸液は勧められる。
・高体温が目立つ際には冷却も重要。心不全、呼吸不全、凝固異常などの合併症がみられる場合には集学的治療も必要となることもある。
・薬物治療に関するRCTは行われておらず(疾患頻度的に恐らく実施が難しい)、経験的に有効と思われる治療が選択される。ベンゾジアゼピン系薬剤は非重症例において回復を早める可能性が指摘されている。例えばロラゼパムの使用(例:1~2mgを4~6時間毎に静注)は悪性症候群の患者に対して行われることのある薬物治療であり、24~48時間以内に筋強剛と高体温とを軽減する可能性がある。
・また多くのエキスパートがドパミン作動薬(ブロモクリプチン、アマンタジンなど)による治療を提案していて、筋強剛などの回復までの時間を短縮させ、死亡率を低下させる可能性を指摘している。アマンタジンの場合は1日200~400mgを分割経口投与あるいは経鼻胃管で投与することが一例として挙げられ、ブロモクリプチンの場合は1回2.5mgを1日2~3回から開始して、必要に応じて増量を検討することが一例として挙げられている。ブロモクリプチンは悪性症候群が軽快した後も10日間程度は継続することが提案されていて、中止を早めると再発をきたす可能性が指摘されている。また、ブロモクリプチンは精神症状を悪化させて、低血圧や嘔吐を惹起する可能性があることに留意する。
・ダントロレンは筋弛緩薬であり、重度の高体温や筋強剛を伴う悪性症候群に有用。ダントロレンはベンゾジアゼピン系薬剤またはドパミン作動薬と併用可能であるが、カルシウム拮抗薬との併用は避けるべき。ダントロレンは通常1~2.5mg/kgの静脈内投与で開始して、初回投与後に高体温と筋強剛とが改善した場合には6時間ごとに1mg/kgを投与とする。ダントロレンに関しても悪性症候群が軽快した後、10日間程度は継続することが提案されている。ダントロレンの副作用としては肝障害、呼吸障害が特に知られる。
・電気けいれん療法(ECT)は悪性症候群の治療に有効であることが示されている。事前の薬物治療が無効であったケースであってもECTは有効。
・悪性症候群を経験した場合、抗精神病薬の再開により30%程度で再発をきたす。もしも再開する場合は悪性症候群が軽快して少なくとも2週間以上が経過してから、再開することにより再発のリスクを最小限に抑えることができるかもしれない。また、再開する場合も少量から徐々に漸増することを検討する。
予後
・悪性症候群の死亡率は最大30%程度にも至ると考えられていたが、近年の文献では疾患の認識、早期診断が比較的可能となってきているせいか、さらに低い死亡率が報告されている。
・ミオグロビン尿と腎不全の存在はともに予後不良因子。
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<参考文献>
・Ware MR, Feller DB, Hall KL. Neuroleptic Malignant Syndrome: Diagnosis and Management. Prim Care Companion CNS Disord. 2018 Jan 4;20(1):17r02185. doi: 10.4088/PCC.17r02185. PMID: 29325237.