終末期における抗菌薬の使用

終末期における抗菌薬使用がテーマの興味深いReview(PMID:38301076)があり、読んでみました。本文では架空の症例を通して、実際的な考え方の一例を紹介してくれていますが、エッセンスの部分を抽出とします。

終末期における抗菌薬の使用

・終末期においては延命という目標と症状緩和という目標はときに両立しないことがあります。細菌感染症に対する抗菌薬治療は延命に寄与する場合もあれば、症状緩和に寄与する場合もあり、ケースにより異なります。たとえば抗菌薬治療によって細菌感染症が治癒すれば入院や敗血症などを回避できるかもしれませんが、治療の副作用として悪心や下痢などを伴う場合もあり、その場合は症状緩和が完全にうまくいっているかといわれると疑問符がつくことがあります。

・終末期の患者が難治性の細菌感染症を発症している場合にはその患者の予後、目標などに基づいた治療を行うことが重要です。具体的にはそれぞれの治療選択肢に関して想定されるメリットとデメリットをなるべく正確かつ公平に提供すること、患者の目標などを理解すること、そしてそれらの情報を統合して、方針決定に役立てることが大切です。

・終末期における抗菌薬使用に関する決定は、抗菌薬の実際的な必要性よりも、臨床現場を取り巻く様々な感情によって左右されることが知られています。例えば抗菌薬の治療を開始/継続することによって、基礎疾患(悪性腫瘍など)の治療が可能に変わるかもしれないなどといった希望により、抗菌薬使用を決定することもあります。患者やその家族には、希望などを失わせないようにしながらも、治療に対する期待が現実から大きく逸脱したものにならないようにするためにも他科の診療科の医師とも連携するなどといったこともときに必要です。

終末期においては細菌感染症を再発する段階に至った場合、抗菌薬治療に伴うデメリットについて検討する必要性が高くなります。デメリットとして、具体的には治療による体液量増加、薬剤耐性菌の出現などが挙げられます。最終的には抗菌薬使用の目的は感染症を治癒させることでなく、感染をコントロールすることに変わり、もしも感染源の制御が困難で、治癒の可能性が低下していると思われる状況に変われば、ケアの目標について改めて再検討することが大切です。その際にはREMAP(Reframe, Expect emotion, Map out patient goals, Align with goals, Propose a plan)というフレームワークを利用することも紹介されています。

・終末期に近づくにつれて、抗菌薬使用のメリットは相対的に小さくなっていきます。したがって、抗菌薬を使用/継続するかについての決定はあくまで患者のケアの目標(Goals of care)に基づいて決定されることが望ましいです。そして、その目標は患者の病状などを含む、周囲の状況により段階的に変化し得るため、繰り返しの対話がときに重要です。その対話のなかでは抗菌薬使用に関して予想されるメリットとデメリットについての共有も含まれると良いと指摘されています。

・終末期における治療に関して、

 ①可能な限り延命に繋がると考えられる介入を行う

 ②衰弱が進行するなかで、さらに治療を強化させることはせずに、その時点での治療の継続を図る

 ③症状緩和に繋がるような治療を追加し、症状緩和につながらないような介入は中止する(抗菌薬中止も含む)

 といった方針を提案することはときに有用です。

TLT(Time limited trial)の提案

・終末期に限らないものの、予後不良あるいは予後が不透明な状況で侵襲的治療を行うことを検討している場合の一つの方法としてTLT(Time limited trial)の実施が検討可能です。

・TLTでは期間限定で治療介入を行い、その後、客観的な指標(例えば発熱の有無や酸素需要など)が改善しないようであれば、治療介入を中止して、その後の治療方針について再検討する方法です。

・TLTを抗菌薬治療で利用する場合、有効性を再評価する期間を決めておくことが必要です。細菌性あるいは真菌性の感染症では一般的に2~3日が推奨されていますが、状況次第でさらに短くしたり、長くしたりすることも検討可能です。

REMAP

・本文ではREMAPに含まれる5項目について、以下のように紹介されています。

 <Reframe>

 ・その時点での予想される今後の臨床経過と、ケアの目標を再検討しようと思っている理由を明確化させる。

 ・予後に関する情報を伝える必要性が高い場合には、簡潔かつ共感的に伝えることを意識する。

 <Expect emotion>

・患者やその家族の感情的な変化を認識してそれに対処する。

・感情的変化に共感をもって対応すること自体が患者の価値観や目標を捉え直すことに繋がることがある。

 <Map out patient goals>

・患者やその家族が伝えてくれた、ケアにおいて重視したい内容などを捉える。

・もしも重視したいことを挙げられない場合には他のケースでどのようなことが挙げられた例があるかなどについて一例として示してみる。

 <Align with goals>

・患者がケアにおいて重視したい内容をより正確に捉えるために、患者の価値観や嗜好としてこれまでに把握していたことを振り返る

 <Propose a plan>

 ・ここまでのステップで捉え直した内容を加味して、推奨される方針を提案する。

 ・方針を提案する前には、そのことについて事前に許可を得るようにする。それは患者や家族が提案を聞き入れる準備を整えることにも役立つ(平たく言えば”心の準備”を確認する)。

患者、その家族、医療者の複雑な感情

・前述のような対話は表面的には穏やかに見えていても、内面は複雑な感情を伴っていることがあります。

・信頼関係を強化しながら、その感情の背景にある思いなどを理解するためにも傾聴、注意深い観察などを怠らないようにしたいところです。

・なお、結果として抗菌薬の使用を中止する/控えることとなった場合に、患者やその家族、医療者は罪悪感のような感情を抱く場合もあります。また、実際には因果関係が明確ではありませんが、抗菌薬の中止が死期を早めてしまうのではないかという懸念に家族が苛まれてしまうこともあります。そういった可能性も認識しながら、患者やその家族を支えたり、対話を繰り返したりすることが重要です。

・ケアの目標や患者の価値観などが明確にされていても、メリットよりもデメリットが大きくなる可能性が高い治療を中止することを患者やその家族が選択できない場合があります。その理由は様々ですが、例えば内容が難しく感じられていたり、意思決定をすること自体に負担を感じていたりという場合もあります。こういった状況ではPalliative paternalismが有用な場合があります(本文では”Palliative paternalism”という言葉が使用されていますが、実際に利用されている意味から推察するにいわゆる”Libertarian paternalism”と同義と私は予想しました)。

・臨床現場ではときに患者やその家族から、治療に関して「何でもやってほしい」という要求がなされることもあり、気管挿管、人工呼吸管理、抗菌薬治療など、選択可能なあらゆる対応を行わなければいけないと医療者に感じさせる場合もあります。しかし、「何でもやってほしい」という要求の背景には、例えば「合理的と思われることはやってほしい」「衰弱する現実の受容がうまくいかず感情の折り合いがつかないため、今は全てやってほしいと考えている」などといった感情が存在することもあります。したがって、言葉をそのまま受け取るのではなく、根底にある感情や思いを汲み取れるような対話を進めることを意識することが大切です。

緩和ケアと抗菌薬使用

・症状緩和を目的にした抗菌薬使用によるメリットは一概には示すことはできません。

・現状、症状緩和に抗菌薬使用が最も有効と考えられているのは尿路感染症(UTI)と考えられていて、あるシステマティックレビューではUTIと診断された患者の92%が抗菌薬使用により症状緩和を示したということが示されています。そのほか、治療が症状改善につながりやすいと考えられている疾患として帯状疱疹、CD腸炎、カンジダ症などが知られています。換言すると、その他の疾患では症状緩和に抗菌薬使用が有用とはいいきれないということになります。

・たとえば終末期の肺炎では抗菌薬使用が症状を緩和させることなく、苦痛のある時間をより長引かせる可能性があることを示唆するエビデンスもあります。解熱薬、オピオイドの使用や送風療法など、他に症状緩和に繋がる可能性が示唆される方法があるため、そちらを優先的に利用することも検討可能です。

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<参考文献>

・Karlin D, Pham C, Furukawa D, Kaur I, Martin E, Kates O, Vijayan T. State-of-the-Art Review: Use of Antimicrobials at the End of Life. Clin Infect Dis. 2024 Mar 20;78(3):e27-e36. doi: 10.1093/cid/ciad735. PMID: 38301076.

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