過剰診断、過小診断、医療化、社会的処方の関係性

先日、British Journal of General PracticeのEditor’s Briefingにおいて、ユアン・ローソン氏(Euan Lawson)が過剰診断と過小診断を主なテーマに記事が掲載されて、社会的処方や医療化についても話題を拡大させて論じられていました。

関心がある方はリンクからご一読ください。

要旨

・いわゆる過剰診断(Overdiagnosis)過小診断(underdiagnosis)とは”ゴルディロックス型の問題(Goldilocks’-type problem)”として概念化されることがありますが、このことは欺瞞に満ちていると著者は批判しています。

・欺瞞という表現が使われると少し分かりづらいですが、要は現代社会における利益追求主義による必然的な結果であるということを伝えたいようでした。医療者の容赦ない医療化、「どんな病気にも有効な薬」というフレーズでの商業化などもその例として挙げられています。また高明な政治哲学者であるマイケル・サンデルが主張する「市場の道徳的限界」にも触れています。

・また近年認知が進んでいる社会的処方(Social prescribing)についても触れ、エビデンス自体は現状強くはないが、慎重に解明する必要があると述べています。社会的処方の良い点は薬物療法ではないことと認めつつも、一方で医療化(Medicalization)の嘆かわしい拡大という側面としても捉えることができると指摘しています。

・また過小診断は過剰診断とは異なる特性を有し、より技術的な課題によるものであると指摘しています。平たくいえば、病歴聴取や診察などの観点での技術的な改善が重要としています。

・またユアン氏は2019年の記事(Debrief: Deprescribing is just the first step)でも社会的処方について、例えば会話や海辺の散歩、歌うというシンプルな喜びさえも医療化してしまっているというような言及をしています。まずは人々の様々な生活が、いわゆる処方箋に基づいて提供されることを暗示するような言葉(恐らく社会的処方を指しています)を使うことをやめることを提案して締めくくっています。

本文に登場した概念についての補足

 <ゴルディロックスの原理(Goldilocks principle)> 

 ・過度でも不足でもない、一定の範囲内の「中間のほどよい状態」を意味する概念。

 ・類似した概念として「松竹梅の法則」「センターステージ効果」などが知られているようです。

 <市場の道徳的限界>

 ・サンデルによる「市場には道徳的な限界があり、市民の対話により市場原理のおよぶ範囲を制限していくべき」という主張を指します。市場経済における行動様式や考え方(market-oriented thinking)が人間の営みのあらゆる領域に浸透して、あらゆる社会関係を作り直しつつあり、こうした市場思考の支配が実現した社会が市場社会であるとサンデルは考えています。そのうえで、サンデルは「この社会において市場が演じる役割を考え直す必要がある。市場をあるべき場所に留めておくことの意味について、公に議論する必要がある。この議論のために、市場の道徳的限界を考え抜く必要がある。お金で買うべきではないものが存在するかどうかを問う必要がある」とも主張しています。

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<読後の感想>

・感じたことはいくつかありますが、そのうちの一つとして、近年は神経発達症(以前は発達障害と表現)とされている方が増加傾向にあるということに思いを馳せました。根拠はありませんが、病型に種類はあれども、いわゆる神経発達症に特徴的とされている特性を備えた人々は恐らく大昔も存在していてもおかしくないのに、この過剰診断の流行めいた現象は利益があるのだろうかと疑問に思うことがあります。もちろん薬物治療につながったり、生活上の助言などを受けたりすることができて、状況が好転するようなケースもなかにはありますが、一方で特性に直面化することで生きづらくなってしまっているような方々がいないだろうかと心配してしまうこともあります。

・社会的処方について、2019年の記事を含めて、繰り返しユアン氏は触れています。まず私自身は社会的処方に精力的に取り組める医療者は貴重と思いますし、一定の尊敬さえもしています。ただ、私自身は社会的処方という概念や活動に関して、以前から熱心になれないままでいます。そのことに引け目を感じることなどはないのですが、熱心になれない原因が何なのかについてあまり言語化できずにいました。ただ、今回の論説を読んで、自然と共感する部分が多く、少し自分の内在的な考えのようなものの理解が進んだ気がしました。

<参考文献>

・Euan Lawson. The Goldilocks diagnosis is not ‘just right’. British Journal of General Practice 74.740 (2024): 99. 

・Lawson, Euan. "Debrief: Deprescribing is just the first step." British Journal of General Practice 69.689 (2019): 606-606.

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