腫瘍熱 Neoplastic fever
他の鑑別疾患を除外したうえで発熱の原因が特定されない場合に、担癌状態であることも加味し、総合的に腫瘍熱を疑うケースがあります。頻度が多いとまではいえない印象ですが、どのような際に疑うべきかなどについて一度再学習しておこうと思い、取り上げてみることにします。
担癌患者の発熱の主な原因
・当然ですが、「担癌患者の発熱=腫瘍熱」ではなく、他の患者さんと同様に種々の鑑別疾患があるため、腫瘍熱と早合点せずに、病歴聴取、身体診察に立ち戻ることがまず前提として重要と思います。
・そのことを前提としたうえで、担癌患者で特徴的ともいえる鑑別疾患を以下に記載してみます。以下の全てを網羅的に検索する必要性はありませんが、病歴、既往歴、治療歴などから想定されるものに関しては能動的に各疾患に特徴的な身体所見をとりにいくなどの姿勢が重要です。
<担癌患者において特徴的な鑑別疾患>
・腫瘍熱:多くの腫瘍性疾患(特に腎細胞癌、血液腫瘍、肝細胞癌などが有名)
・薬剤熱:化学療法による影響も含めて検討します
・放射線:放射線心外膜炎、放射線肺臓炎など
・中枢神経:癌性髄膜炎、視床下部浸潤など
・その他:ステロイド性副腎不全、輸血反応など
腫瘍熱の診断基準/腫瘍熱の全身状態とバイタルサイン
・腫瘍熱は病名というよりは状態というような気がするため、”診断”基準という言い方が適切かどうかがよくわかりませんが、一応、以下のように目安となる基準は存在します。
<腫瘍熱の診断基準>
- 少なくとも1日1回37.8度以上の発熱がみられる
- 発熱期間が2週間以上続く
- 身体所見、臨床検査、画像検査などにより感染性疾患が否定されている
- 薬剤熱や輸血による反応が否定されている
- 経験的な抗菌薬治療を7日以上行っても発熱が改善しない
- ナプロキセンによる解熱がみられる
・絶対的な基準ではないと思われ、あくまで除外診断的な診療を念頭とすることが大切です。
・腫瘍熱の原疾患の悪性腫瘍としては腎細胞癌や血液腫瘍(白血病、リンパ腫など)、悪性腫瘍の肝転移などが有名ですが、それ以外の悪性腫瘍でもみられ得ます。
・また、観察研究ではありますが比較的徐脈(90%強)も特徴の一つとして示唆されています。そのほか高熱の割には全身状態が比較的良好であることも多いです。
・なお腫瘍熱の機序については不明瞭な部分も多いようで、こちらについては記載を割愛します。
腫瘍熱の疫学
・担癌患者の発熱の原因としては、感染性疾患(約7割)、非感染性疾患(約3割)という頻度とされています。例外はありますが、担癌患者の方々は腎盂腎炎や肺炎などの感染症を発症しやすい全身状態にあることも多いと思いますので、やはりCommonな疾患を漏らさないということは基本です。
・なお、3割に相当する非感染性疾患の内訳をみると、腫瘍熱(30%弱)、薬剤性(20%弱)、原因不明と続きます。まとめると、担癌患者の発熱のうち腫瘍熱が占める割合は約10%ということになります。
ナプロキセンテスト
・ナプロキセンは商品名ナイキサンとして知られるNSAIDsですが、ナプロキセンにより解熱するかどうかにより鑑別の一助とする方法(ナプロキセンテスト)が知られています。どうやら初めて提唱されたのは1984年のようです。
・ナプロキセンテストの診断学的特性に関して調べたメタアナリシスが存在しますが、ナプロキセン250mg 1日2回投与による成功率は98.1%(95%CI:95.0-99.3%)で、ナプロキセン125mgの少量投与や、375mg1日2回投与、250mg1日3回投与の有効性も示唆されています。
・ナプロキセン以外のNSAIDs(イブプロフェン、ジクロフェナクなど)、アセトアミノフェン、ステロイドも腫瘍熱に対して有効性がないわけではありませんが、ナプロキセンよりは効果やエビデンスは劣るようです。
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<調べてみての感想>
・まとめる過程でUpToDateも利用しましたが、もしかしてMesh Termには「腫瘍熱」に相当する英語名が存在しないかもしれないと思いました。私の検索能力の不足などにより認識できなかっただけかもしれないので、もしもアドバイスなどあればコメントいただけますと幸いです。
・腫瘍熱の頻度が担癌患者の発熱全体の10%程度というのはおおむね印象どおりのように感じられました。
・腫瘍熱の診断基準の③と⑤との項目同士がConflictしている印象をもちました。感染性疾患らしくないことが確認されているのに、「適切な抗菌薬を7日間使っている」という状況が少し理解しがたいように思いました。腫瘍内部が壊死をきたし、そこに感染をきたすケースもあるようなので、もしかしたらそういった状況を想定した記載なのかもしれません。いずれにせよ、前述したようにあくまで目安としての基準というふうに理解して実装するのが良いように思います。
・腫瘍熱は「高熱の割に全身状態が比較的良好」「比較的徐脈がみられることがある」という点などから薬剤熱の病像に近いものを感じさせるように思います。薬剤熱ではいわゆる「比較三原則(比較的元気/比較的徐脈/比較的CRP低値」が有名です。
・腫瘍熱の可能性が高いと結論づけた後に、新たな発熱エピソードなどが生じた際に、うっかりと「どうせ腫瘍熱だろう」と早合点してしまうこともありそうなので、その都度、他疾患の鑑別を怠らないことが大切に思いました。
<参考文献>
・Zell JA, Chang JC. Neoplastic fever: a neglected paraneoplastic syndrome. Support Care Cancer. 2005 Nov;13(11):870-7. doi: 10.1007/s00520-005-0825-4. Epub 2005 Apr 29. PMID: 15864658.
・Liaw CC, Huang JS, Chen JS, Chang JW, Chang HK, Liau CT. Using vital sign flow sheets can help to identify neoplastic fever and other possible causes in oncology patients: a retrospective observational study. J Pain Symptom Manage. 2010 Aug;40(2):256-65. doi: 10.1016/j.jpainsymman.2010.01.015. Epub 2010 Jul 3. PMID: 20598848.
・Toussaint E, Bahel-Ball E, Vekemans M, Georgala A, Al-Hakak L, Paesmans M, Aoun M. Causes of fever in cancer patients (prospective study over 477 episodes). Support Care Cancer. 2006 Jul;14(7):763-9. doi: 10.1007/s00520-005-0898-0. Epub 2006 Mar 10. PMID: 16528534.
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・Chang JC. Neoplastic fever. A proposal for diagnosis. Arch Intern Med. 1989 Aug;149(8):1728-30. PMID: 2764649.