橋本脳症 Hashimoto's encephalopathy
要旨
・橋本脳症(以下HE; hashimoto’s encephalopathy)は精神状態の変化、幻覚、妄想、ときに痙攣を特徴として、血中の甲状腺関連自己抗体(抗TPO抗体and/or抗Tg抗体)の高値を伴う免疫介在性の症候群である。
・通常はステロイド治療に反応性を示す。
・診断においては他の脳症を除外することが求められる。
・頭部MRI撮像や脳脊髄液検査(CSF)は正常か、あるいは非特異的な異常に留まることが多い。
疫学
・HEはあらゆる年齢層において、急性、亜急性、慢性、劇症型など様々な病型で報告されている。
・比較的稀な疾患で、推定有病率は10万人あたり2人とされている。
・女性が男性の4~5倍と多い。
・発症年齢は平均41~48歳程度とされているが、小児発症例もある。
・HE患者の約1/3でSLE、シェーグレン病、サルコイドーシスなどの自己免疫疾患を併存する。
臨床症状
・HEの典型的症状としては認知機能障害、精神症状、意識障害、痙攣などが挙げられる。
・ときに幅広い神経症状を呈し、小脳失調や振戦、ミオクローヌス、自律神経症状がみられることもある。
・再発と寛解とを繰り返す脳症エピソードは比較的典型像である。
・臨床的には以下のような状況では一度HEの可能性を想定することとなる。
- 原因不明の焦点性または全般性の発作
- 通常の抗てんかん薬に抵抗性を示す発作
- 認知機能障害や精神症状を伴う場合
臨床検査
・橋本脳症を疑った際には抗TPO抗体と抗TG抗体のうち、どちらか一方でなく、両方提出することが望ましい。過去の症例報告をみると、いずれか一方のみが陽性となるケースが存在する。
・105例を対象にしたレビューによると、抗TPO抗体は約100%、抗TG抗体は48%の症例で陽性であった。また、TSH受容体抗体が陽性となることもある。
・なお、抗体価と疾患活動性の間に相関性はない。また、健常者の約10%でも抗TPO抗体が陽性となることが知られている。
・髄液中の甲状腺自己抗体が検出された報告もあるが、感度や特異度は不明である。
・抗NAE抗体が検出されることもあるが、2025年07月時点では保険適用外のようである。
・甲状腺機能は明らかな甲状腺機能低下症から甲状腺機能亢進症まで様々であるが、多くの症例では機能正常か、軽度の甲状腺機能低下症かである。
・頭部MRI撮像では多くの場合、正常か非特異的な所見かに留まる。
・髄液検査では約80%の症例で軽度の異常所見がみられる。最も一般的な所見は蛋白上昇(約75%)である。そのうち、蛋白100mg/dL超は約20%とされる。軽度のリンパ球増多が約10~25%の症例でみられる。
・脳波異常は90%以上の症例で認められる。徐波が典型的であるが、焦点性棘波、三相波などもときにみられる。脳波検査は治療効果の指標として有用とされ、ステロイド投与により迅速に正常化することがある。
診断基準(Grausら)
- 痙攣, ミオクローヌス, 幻覚, 脳卒中様エピソードを伴う脳症
- 甲状腺疾患(不顕性or軽度顕性)
- 脳MRI撮像で正常または非特異的な異常
- 血清中の甲状腺自己抗体(抗TPO抗体および/または抗TG抗体)の上昇
- ステロイドへの良好な臨床的反応性がみられる
- 他の原因が除外されている
・なお、ステロイドへの良好な反応性という点については議論の余地があるようである。良好な反応性を示すのはHE患者の32%に留まるという報告が存在する。
治療
・HEの治療としてはステロイド治療が基本となり、必要に応じて甲状腺機能異常に対する治療も行われる。
・HEは稀な疾患であるため、ステロイドの用量や治療期間に関する明確な指針は存在しない。
・経口PSLは、通常1日50〜150 mgの用量で使用されており、一部の症例では高用量の静脈内mPSLが投与されている。
・大部分の患者はステロイド療法に反応し、数週間から数か月かけて症状の改善がみられる。
・治療期間やステロイドの漸減スケジュールは、臨床反応に応じて調整される。
・ステロイドが使用できない、反応しない、またはステロイド減量中に再燃する患者には、アザチオプリンやシクロホスファミドなどの免疫抑制薬が用いられることがある。リツキシマブによる良好かつ長期的な効果が得られた報告もある。
・静脈内免疫グロブリン療法(IVIG)は、成人・小児ともに有効性が示されているが、血漿交換療法は、抗甲状腺抗体を除去できるにもかかわらず、その有効性は不明確とされている。
・HEの予後は概して良好であり、発症から数か月〜数年経過していても治療により改善する場合がある。長期間未治療だった患者の約25%で、残存する認知機能障害の改善が報告されている。
・多くの患者はステロイド減量後も再発なく経過するが、一部では再発し、再度のステロイドや免疫抑制療法が必要となる場合もある。自然寛解の報告もある。
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<参考文献>
・Chaudhuri J, Mukherjee A, Chakravarty A. Hashimoto's Encephalopathy: Case Series and Literature Review. Curr Neurol Neurosci Rep. 2023 Apr;23(4):167-175. doi: 10.1007/s11910-023-01255-5. Epub 2023 Feb 28. PMID: 36853554; PMCID: PMC9972331.