神経因性膀胱 neurogenic bladder
目次
総論
・神経疾患による生じる下部尿路機能障害(lower urinary tract dysfunction)は一般的であるが、QOLに大きく影響を及ぼす。
・初期評価では病歴聴取、膀胱日誌(bladder diary)が行われ、必要に応じて尿流測定、排尿後残尿量(PVR)測定、腎臓超音波検査、神経生理学的検査、膀胱鏡検査などが追加される。
・不完全な排尿は主に間欠的導尿で管理され、蓄尿障害は抗コリン薬で治療されることがある。
・膀胱内のボツリヌス毒素Aの注射は神経因性排尿筋過活動のマネジメントに有用性が示されている。また、神経調節療法は蓄尿障害と排尿障害の両者に対して有望な治療法である。
下部尿路の神経生理学
・下部尿路系の神経制御系は膀胱の貯留機能と尿道括約筋の収縮機能の相互関係を維持している。
・健常成人の膀胱容量は400~600mL程度であり、排尿頻度は3~4時間ごとである。この間、膀胱は99%の時間を貯留相(storage phase)のまま維持する。この貯留相から排出相への切替えは膀胱充満の感覚、排尿に関する意識によってなされる。
・橋(pons)と仙髄(sacral spinal cord)、末梢神経は貯留と排尿と正常に行うために機能的に保たれる必要がある。
・膀胱充満時には交感神経と陰部神経が、内尿道括約筋と外尿道括約筋を収縮させ、さらに交感神経により排尿筋の抑制がはたらくことで膀胱内圧が低く維持され、尿失禁を防ぐ。
・排尿を行うことが適切と判断された場合には高次皮質(higher cortical center)における抑制が解除され、橋排尿中枢(PMC: pontine micturition center)が活性化される。これにより副交感神経を介して排尿筋が収縮し、骨盤底および尿道括約筋が弛緩し、効果的な尿排出がなされる。
神経因性の下部尿路機能障害(神経因性膀胱)
・神経疾患に伴う下部尿路機能障害(lower urinary tract dysfunction)は神経学的疾患の病型ごとに機能障害のパターンが異なる。
・排尿筋過活動は神経疾患後の尿失禁の最も一般的な原因であり、患者は尿意切迫感、頻尿、夜間頻尿、失禁など、さまざまな蓄尿症状(storage symptoms)を自覚する。これらは総称して、過活動膀胱症状(overactive bladder symptoms)と呼ばれる。
・中枢抑制経路の損傷や、膀胱内の末梢求心性神経終末の感作により、原始的な排尿反射が生じやすくなり、排尿筋の自発的収縮が生じる。
・上位橋障害や脊髄損傷における排尿筋過活動の機序は異なる。上位橋ネットワークの損傷では橋排尿中枢(PMC)の抑制が解除され、排尿筋の不随意収縮が生じる。一方で、上位仙髄損傷では脊髄反射経路が活性化し、膀胱過活動が誘発される。
・健常者では下部尿路求心性神経は細く有髄のAδfiberと無髄のC fiberから成る。C fiberは活性化には高い閾値を有するため通常は不活性状態にあるが、脊髄損傷後には感作され、低い膀胱容量でも機械的刺激に反応し、排尿筋の不随意収縮が誘発される。
・排尿時における排尿筋と尿道括約筋の協調活動は傷害され、両者が同時に収縮する排尿筋-括約筋協調不全(DSD: detrusor-sphincter dyssynergia)が幼児る。
・円錐髄、仙髄根、末梢神経の障害では排尿筋収縮が維持できず、排尿筋低活動となり、主に排尿障害が生じる。
・DSDや排尿筋低活動の患者では排尿困難、尿線途絶、排尿不全感などの排尿症状がみられる。
パーキンソン病/多系統萎縮症
・パーキンソン病(PD)における下部尿路症状の有病率は疾患の進行度や罹病期間により異なり、38~71%と報告されている。下部尿路症状はPDにおいて一般的な非運動症状であり、転倒リスク増加、医療費増大などと関連する。
・PDにおける一般的な下部尿路症状は夜間頻尿で、これは排尿筋過活動による蓄尿障害や夜間多尿により生じる。
・多系統萎縮症(MSA)では下部尿路症状が比較的早期から出現し、しばしば他の神経学的症状や起立性低血圧に先行する。失禁は排尿筋過活動と外尿道括約筋の筋力低下により生じるが、疾患が進行するにつれて排尿障害が優位に変わる。
認知症
・認知症患者では失禁が顕著な症状として認められることがあり、介護負担にも影響する。
・正常圧水頭症(NPH)、レビー小体型認知症(DLB)、血管性認知症(VaD)、前頭側頭葉型認知症(FTD)では失禁が比較的早期から出現する。
・一方でアルツハイマー型認知症(AD)や認知症を伴うパーキンソン病では失禁は疾患の後期において認められる。
・認知症と失禁の併存状態ではいずれか一方の薬物治療により他方の症状が悪化することがあり、注意が必要である。
脳血管疾患
・脳卒中急性期の患者の半数以上で尿失禁がみられるという報告がある。尿失禁のリスク因子としては病変の大きさ、糖尿病などの併存疾患、高齢などが挙げられる。
・前内側前頭葉、脳室周囲白質、被殻の病変が下部尿路症状と関連しやすい。尿流動態検査(urodynamic studies)では多くのケースで排尿筋過活動が確認できる。
多発性硬化症(MS)
・MS患者における下部尿路症状の報告率は罹病期間と重症度により異なり、32~96%と報告されている。平均的には発症して6年で症状が現れ、罹病期間が10年間を超えると90%以上の患者で症状がみられる。
・多くの場合、蓄尿症状と排尿症状の両者が併存し、尿流動態検査ではDSDが最も一般的に認められる。
脊髄損傷(SCI)
・脊髄ショック期においては多くの患者が尿閉をきたすが、時間経過とともに脊髄反射が回復し、典型的な排尿筋過活動およびDSDのパターンが出現する。
・膀胱内圧は著明に上昇する可能性があり、これが上部尿路障害のリスクを増大させる。
馬尾症候群および末梢神経障害
・排尿筋収縮が減弱または消失することが多く、膀胱充満感の低下、随意排尿の困難、膀胱過伸展による溢流性尿失禁が報告されている。
・一部の患者では排尿筋過活動もみられることがある。
尿閉
・神経疾患後に尿閉が生じることがある。
・薬剤による排尿障害も重要な原因であり、オピオイド、抗コリン作用を有する薬剤、α受容体作動薬などが尿閉をきたし得る。
・若年女性における尿閉は比較的稀であり、泌尿器系および神経系の疾患が否定された場合には尿道括約筋弛緩の障害、すなわちフラウラ―症候群(Fowler’s syndrome)を考慮することとなる。フラウラ―症候群は膀胱充満感が無いにも関わらず、無痛性尿閉をきたし、尿量が1Lを超えることもある。導尿した際のカテーテルの抜去に抵抗があることも特徴である。尿道括約筋筋電図では異常所見が認められ、尿道内圧が通常上昇している。
アセスメント
・病歴聴取では下部尿路症状、先天性および神経学的異常、過去の泌尿器系合併症や治療歴、性機能および腸管機能の問題、生活に与えている影響などを聴取する。
・薬剤歴も重要で、前述の薬剤が関与している可能性について評価を行う。
・神経疾患による運動障害やトイレへのアクセスの困難などにより、時間内にトイレに到達できない機能性尿失禁が生じているかもしれない。
・基本的な検査としては尿検査、尿培養、生化学検査が含まれる。
・超音波検査では排尿後残尿量(PVR)の測定に利用できる。PVR上昇は排尿障害を示唆するが、その原因が排尿筋低活動なのか、尿路閉塞なのかは区別し難く、尿流動態検査で判断することができる。
・PVRは一時的な変動があるため、異なる機会に複数回測定することが推奨される。
・上部尿路障害のリスクが高いケースでは水腎症や腎瘢痕の有無の評価目的で腎臓に関する超音波検査を実施する。
・下部尿路症状の背景には他の泌尿器科疾患が隠れていることがあり、必要に応じて膀胱鏡検査、尿細胞診を実施し、膀胱結石症、尿路狭窄、膀胱腫瘍の可能性を評価する。
マネジメント
・神経因性膀胱における治療の目標は尿失禁を予防すること、QOL改善、尿路感染症の予防、上部尿路機能の保護にある。
・マネジメントにおいては蓄尿障害と排尿障害の両者に対応する必要があり、症状の重症度や上部尿路障害のリスクなどによって方針が決定される。
・蓄尿障害に関しては以下に記載する治療法のほかに、ボツリヌス毒素療法や神経調節療法なども提案されているが、詳細は割愛する。
<蓄尿障害のマネジメント>
<抗コリン薬>
・抗コリン作用により排尿筋を弛緩させ、膀胱内圧を低下させる。
・一般的な副作用としては口渇、眼圧亢進、便秘、頻脈などが挙げられる。
・抗コリン薬は血液脳関門(BBB)を通過し、中枢のムスカリン受容体に作用し認知機能障害や意識変容をきたすことがある。なお、抗コリン作用の蓄積による抗コリン負荷(anticholinergic burden)は認知機能の悪化、MRIでの脳萎縮、身体機能低下、転倒リスク増加に関連している。
・高齢者などではより中枢ムスカリン受容体への作用が少ない薬剤が推奨される。
<β3受容体作動薬>
・ミラべクロン(ベタニス®)は過活動膀胱の症状に対して承認されている。抗コリン作用がほとんどみられない。ただし、頻脈やそれに伴う動悸を自覚することがある。
・ミラべクロンはパーキンソン病、多発性硬化症、脊髄損傷の患者においても有効性が示唆されている。
<デスモプレシン>
・デスモプレシンはバソプレシンの合成アナログで、腎集合管における水分の再吸収を促進し、一時的に尿量を減少させる。これにより頻尿や夜間頻尿の改善が期待される。
・多発性硬化症の夜間頻尿や頻尿においても6時間程度の効果は期待でき、パーキンソン病や起立性低血圧を伴う神経疾患における夜間多尿のマネジメントにおいても有用。ただし、低ナトリウム血症や心不全のリスクがあるため、慎重な使用が求められる。
<排尿障害のマネジメント>
・排尿障害は問診のみでは明らかにならないこともあり、排尿後残尿量(PVR)の測定は必要である。PVRが著しく高い場合、膀胱内圧が上昇し、排尿筋過活動が悪化して、蓄尿障害が悪化し、抗コリン薬などによる治療効果が減弱する。
・PVR上昇は尿路感染症のリスク因子でもある。その場合は導尿、特に間欠的導尿が推奨される。ただし、間欠的導尿を導入するPVRのカットオフ値に関してコンセンサスは得られていない。
・神経因性膀胱患者では膀胱容量が低下していることも多く、PVRが100mLを超える場合で症状があれば、間欠的導尿を開始する指標となるかもしれない。
・間欠的導尿の頻度は膀胱容量、尿量、PVR、尿流動態パラメータにより決まる。完全な尿閉をきたしている患者では1日4~6回の導尿が必要となる。間欠的導尿を規則的に実施することで尿路感染症のリスクは低下する。
・間欠的導尿が実施できないケースでは膀胱留置カテーテルや膀胱瘻の利用が検討される。
・反射性排尿誘発法(triggered reflex voiding)は膀胱収縮を誘発するために恥骨上部の叩打や大腿部の擦過を行う方法で、上位仙髄損傷患者で最も成功しやすい。ただし、膀胱内圧上昇を招く可能性があるため、慎重な利用が求められる。
・クレーデ法やバルサルバ法による膀胱圧迫は膀胱内圧が過剰に上昇するため推奨されない。
・そのほかα受容体遮断薬を使用する場合もある。
尿閉の鑑別診断
- 円錐髄(conus medullaris)または馬尾(cauda equina)の病変
・圧迫性病変(Compressive lesions)
・脊椎骨折(spine fracture)
・椎間板ヘルニア(intervertebral disc prolapse)
・占拠性病変(space-occupying lesions)
・腫瘍(tumor)
・肉芽腫(granuloma)
・膿瘍(abscess)
・非圧迫性病変(Noncompressive lesions)
・血管性(vascular)
・梗塞(infarction)
・動静脈奇形(arteriovenous malformation: AVM)による血流盗取現象(vascular steal)
・炎症性(inflammation)
・脊髄炎(myelitis)
・髄膜炎関連尿閉症候群(meningitis retention syndrome)
・感染症(infection)
・単純ヘルペス(herpes simplex)
・水痘帯状疱疹ウイルス(varicella zoster)
・サイトメガロウイルス(cytomegalovirus)
・エルスベルグ症候群(Elsberg’s syndrome: ウイルス性無菌性髄膜炎)
- その他の神経疾患
・二分脊椎(spina bifida)
・多系統萎縮症(multiple system atrophy: MSA)
・自律神経不全(autonomic failure)
・純粋自律神経不全(pure autonomic failure)
・自律神経ニューロパチー(autonomic neuropathies)
- その他の要因
・薬剤性(medications)
・オピオイド(opioids)
・抗コリン薬(anticholinergics)
・レチガビン(retigabine)
・骨盤内根治手術後(radical pelvic surgery)
・フラウラー症候群(Fowler’s syndrome: 女性)
――――――――――――――――――――――――――――――
<参考文献>
・Panicker JN. Neurogenic Bladder: Epidemiology, Diagnosis, and Management. Semin Neurol. 2020 Oct;40(5):569-579. doi: 10.1055/s-0040-1713876. Epub 2020 Oct 16. PMID: 33065745; PMCID: PMC9715349.