上部消化管出血 upper GI bleeding

上部消化管出血とその疫学

・上部消化管出血とはトライツ靭帯より口側の消化管における出血を指し、発症率は人口10万任あたり48~160例と推定されている。

リスク因子としては以前の上部消化管出血の既往(RR 13.5)、抗凝固薬の使用(RR 12.7)、NSAIDsの高用量使用(RR 5.8)、高齢(RR 5.6)などが挙げられる。

・腎不全はそれ自体がリスク因子としては一般的ではない。ただし、特に透析開始1年以内は血小板機能不全などにより上部消化管出血のリスクが高まることが知られる。

・主な原因疾患としては消化性潰瘍、胃炎、食道炎、静脈瘤破裂、Mallory-Weiss症候群、悪性腫瘍などが挙げられる。

・ピロリ菌(H.pylori)の除菌例とPPI投与例が増えていることにより、消化性潰瘍の全体的な発症率は減少傾向にある。しかし、H.pyloriやNSAIDsの使用と関連しない病型の消化性潰瘍の発症率は増加傾向にある

・上部消化管出血の予測因子としては黒色便の既往、診察時の黒色便の存在、頻脈、Hb 8mg/dL以下などが挙げられる。

各疾患のリスク因子

 <消化性潰瘍>

NSAIDs性の消化性潰瘍とH.pylori関連の消化性潰瘍は全消化性潰瘍の約80%を占める。

・過去の除菌歴が明らかでない限り、消化性潰瘍が認識された患者ではH.pylori関連検査を行うことが推奨され、感染例では全例で除菌を行うことが推奨されている

 <びらん性疾患>

・びらん性疾患には食道炎、胃炎、十二指腸炎が挙げられ、通常はSelf-limitedな経過をたどる。

・治療的内視鏡検査を要さないケースが多く、患者の多くは早期退院が可能である。

・メタ解析ではびらん性疾患に対するPPI投与は投与開始8週時点での治癒率がH2RA投与よりも有効であることが示された。

・また別のメタ解析ではびらん性食道炎の治癒率に関して、PPIの種類によって有意な差がないことが示された。

 <Mallory-Weiss症候群>

・Mallory-Weiss症候群は下部食道粘膜の裂傷であり、通常は2度目以降の嘔吐を契機に発症することが多い。

・自然治癒することも少なくないが、Criticalな出血に至ることもある。

・1,811人を対象にした前向き研究ではMallory-Weiss症候群の発症率は人口10万人あたり7.3人で、消化性潰瘍性出血とほぼ同等の死亡率であることが示された。また、65歳以上の患者や併存疾患を有する患者では死亡率が有意に高いことが示された。

 <薬剤性の出血>

アスピリンは消化管出血のリスクを37%増加させることが知られる。また、DAPT(アスピリン+クロピドグレル)はCriticalな消化管出血のリスクを93%増加させるという報告がある。

・2018年のコンセンサスステートメントでは上部消化管出血の既往があり、SAPTを受けている患者、あるいは上部消化管出血の複数のリスク因子を有していてDAPTを受けている患者に対してはPPIを併用することが推奨された。2018年のメタ解析では抗血小板薬にPPIを併用することで消化管出血のリスクが42%減少することが報告された。ただし、一方でその併用療法により主要な心血管イベントの発生率が17%増加していた。

ワルファリンによる消化管出血の発生率は年間1~4%と考えられている。DOACはワルファリンと同程度かそれ以上に脳卒中を予防する効果を有していて、なおかつCriticalな出血を減らす。したがって、DOACを使用できる場合はワルファリンよりも推奨される。

・2017年のシステマティックレビューではアピキサパン(エリキュース®)5mg 1日2回投与は他種類のDOACのいずれの用量よりも消化管出血の発生率が低いことが示された。

・NSAIDsは消化性潰瘍やそれによる出血と関連性がある。セレコキシブは他のNSAIDsよりも消化性潰瘍のリスクが小さいことが知られている。ただし、低用量アスピリンと併用することでこの利点は失われることも知られている。

・NSAIDs内服を必要とする状態で、上部消化管出血リスクが高いケースではPPIや高用量H2RAなどの併用が検討される。

・SSRIは上部消化管出血のリスクを55%増加させることが示されている。SSRIにNSAIDsや抗血小板薬を併用するとさらにリスクは増加する。

臨床症状/臨床経過

・上部消化管出血の臨床症状としては腹痛、めまい、失神、吐血、黒色便などが挙げられる。

・以前の上部消化管出血の既往や内服薬などについても把握することに努める。

・身体診察ではABCの評価、腹痛や腹膜刺激徴候、直腸指診などを確認する。

初期評価

ABCの安定化を図りつつ、病歴聴取などを進める。

・初期評価にとしては出血の重症度を判定し、出血源を特定すること、輸血の必要性などを判断することが重要である。

・評価を進めている最中は絶飲食を基本とする。

・検査としては血液検査(凝固、血液型などを含む)、状況によって造影CT撮像を検討する。

・Hb値やHt値は出血の重症度評価に有用であるが、急性出血では必ずしも検査値に反映されないことに留意する。

・下部消化管出血との比較という点では血中BUN/Cre比が36を上回れば上部消化管出血が示唆されるとされている(感度90%)。

・病歴などから総合的に上部消化管出血からの大量出血が想定される場合には2箇所の静脈路を確保し、晶質液をボーラス投与し、循環血液量を補正し、血圧の維持に努める。なお、頻脈脈圧低下は大量出血の初期からみられる所見として有用である。

・大量出血が続く場合には気管挿管を要する状況に変わる場合があり注意を要する。

・経鼻胃管の使用を指示するRCTやガイドラインはほとんどない。上部消化管出血による入院患者632人を対象としたレトロスペクティブ研究では経鼻胃管の使用によって死亡率、手術の必要性、輸血の必要性が低下することはなかったと報告されている。

・内視鏡検査前の消化管運動促進薬の使用に関してはコントラバーシャルな部分である。あるメタ解析では内視鏡検査前のEM点滴により視認性が改善し、再内視鏡検査の必要性が低下し、入院期間が短縮することも示されている。

・上部消化管出血のリスクの層別化および治療方針の決定に関して、Glasgow-Blatchfordすコア(GBS)が利用できる。1点以下の場合には低リスクに該当し、緊急内視鏡検査を行わず外来診療が可能な場合がある(感度98.6%, 特異度 34.6%)。

輸血と凝固異常

Hb 8mg/dL以下の上部消化管出血をきたした患者では輸血を行うことが推奨される。冠動脈疾患の併存するケース、最近の心臓手術歴があるケース、血液悪性腫瘍を有するケースではより積極的な輸血戦略が必要とされる。

血小板数 5万/μL未満の場合には血小板輸血も検討される。

・上部消化管出血があり、PT-INR 1.5超のケースでは1.5未満のケースと比較して死亡率が高いことが示されている。Expert opinionではあるが、中等度の凝固異常(PT-INR 1.5~2.5)では補正のために内視鏡検査を遅らせるべきでないものの、PT-INR 2.5超のケースでは内視鏡検査前に補正を行うべきと結論付けられている。

治療

 <内視鏡検査>

・血行動態が不安定で、かつ上部消化管出血を示唆する所見がある患者では輸液蘇生とABCの安定化を行った後に、緊急内視鏡検査(来院or出血から24時間以内)を行うべきである。

 <動脈塞栓療法・手術>

・内視鏡的止血が奏功しない場合には経カテーテル的動脈塞栓療法を試み、それでも止血が得られない場合には手術が検討される。

・あるシステマティックレビューでは手術療法は経カテーテル的動脈塞栓療法と比較して臍出血リスクが59%低いことが示されたが、死亡率には差がなかったと報告されている。

 <PPI>

・上部消化管出血を疑った時点で可及的速やかにPPI投与を行うべきである。

再出血例に対するマネジメント/フォローアップ

 <再出血>

・再出血を認めた患者では繰り返し内視鏡検査を行うことが推奨されるが、73%の患者で止血に至っていることが報告されている。

・2回目の内視鏡検査の際に追加の出血が生じた場合には経カテーテル的動脈塞栓療法または手術が検討される。

 <抗血栓療法の再開時期>

・上部消化管出血後の抗血栓療法の再開時期を決定するためのエビデンスは不足している。

・心房細動患者5,685人を対象にした2018年のメタ解析では消化管出血後の抗凝固療法を再開したケースと再開しなかったケースとを比較したところ、再開したケースの方で全死亡の絶対リスク減少(ARR)が10.8%でNNT=9と報告された

・あるガイドラインでは出血後7~15日目にワルファリンの投与を再開することが推奨されている。血栓塞栓リスクが高い患者ではワルファリンの投与再開は7日以内とすることを検討するべきという見方もある。また、可能であればより出血リスクが小さいDOAC、特にアピキサバン(エリキュース®)に置換するべきである。

・アピキサバン5mgを服用中に出血が生じた場合には減量が推奨される。

・あるガイドラインでは消化管再出血リスクが低い場合で、かつ血栓症リスクが中等度以上に高いケースでは心血管疾患の二次予防目的に3日以内のアスピリン再開が推奨されている。内視鏡検査後のPPI+アスピリンの再開に関するRCTではアスピリン非再開群で8週間後の全死因死亡率が有意に上昇することが示された。

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<参考文献>

・Wilkins T, Wheeler B, Carpenter M. Upper Gastrointestinal Bleeding in Adults: Evaluation and Management. Am Fam Physician. 2020 Mar 1;101(5):294-300. Erratum in: Am Fam Physician. 2021 Jan 15;103(2):70. PMID: 32109037.

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