百日咳 Pertussis
病原体
・ほとんどの百日咳(またはwhooping cough)は、Bordetella pertussis(Bp)による感染が原因である。
・稀にBordetella parapertussis(Bpp)が原因となることがある。
・ボルデテラ属は線毛を持つグラム陰性桿菌であり、百日咳毒素(pertussis toxin, PT ※Bpのみ産生)など、さまざまな病原因子を有する。
感染経路
・BpおよびBppは飛沫によりヒトからヒトへ伝播する。
・百日咳は非常に感染力が強く、基本再生産数(R0)は15〜17とされる。
・ただし、この数値は感染者が大量の菌を排出し、接触者が全員感受性を持つ場合の理論値である。
・実際の感染力は、感染者および接触者双方の百日咳に対する既存免疫の有無により大きく影響を受ける。
疫学
・Bpの感染力の違いにより、孤発例(BpまたはBpp)、家庭や保育施設、学校、病院などでの集団発生(ほぼBp)など、さまざまな形で発生する。
・百日咳は小児だけの疾患ではなく、すべての年齢層が罹患し得る。
・特に新生児や乳児は、家族(親、きょうだい、祖父母)から感染することが多く、家庭内感染が問題となる。
・感染によって個人差のある免疫が獲得されるが、その免疫は時間とともに低下し、生涯にわたって症状の軽い再感染を繰り返す。
臨床像
・百日咳は鼻炎や軽度の咳嗽(しばしば受診に至らず、百日咳と認識されない)から、典型的な発作性の咳嗽、咳嗽後の吸気性笛音(吸気時にヒューと鳴る)、短い咳嗽が連続的に生じるスタッカート、嘔吐まで、幅広い症状を呈する。
・これらの咳嗽は数日から数週間、場合によっては数カ月持続する。
・百日咳は、患者にとって不快なだけでなく、日常生活への支障や重度の睡眠障害を引き起こすことが多い。
・発熱は20%未満の症例でみられる。
・合併症は年齢や免疫状況により異なり、最も多いのは気管支肺炎(全年齢)、無呼吸(新生児や乳児)である。
・稀に呼吸不全、けいれん、脳症様症状を呈する。乳児においては致命的となることもある。
診断
・典型的な百日咳は臨床診断が可能だが実際には困難なこともある。
・小児や思春期では、原因不明の長引く咳(7〜14日以上)が唯一の症状であることが多い。
・臨床的にBpとBppの区別は不可能であり、検査による確定診断が必要となる。
・従来、鼻咽頭分泌物からの細菌培養が診断のゴールドスタンダードであったが、特にワクチン接種後のブレイクスルー感染や再感染では菌量が少なく、感度は低い。培養検査は感度が低いため、陰性であっても百日咳は否定できないことに留意する。
・そのため現在は、鼻咽頭分泌物を用いたPCR法が利用可能である。使用するプライマーにより、BpとBpp、さらには他の稀なボルデテラ属菌も区別できる。
・発症初期(第1〜2週)はPCRや培養が有用だが、それ以降は血清学的検査(抗体検査)が推奨される。ただし、血清学的検査はワクチン接種歴を考慮することが重要である。
・発症6カ月以内のワクチン接種がなければ、抗PT抗体値が27 IU/mL以上であれば、百日咳と診断できる(感度、特異度ともに高い)。
治療
・ボルデテラ属は複数の抗菌薬に感受性を示すが、マクロライド系が最も一般的に使用される。
・発症早期(カタル期; 初期1~2週間)に投与すれば症状改善が期待できるが、発作性咳嗽のみられる進行期では効果は限定的である。
・治療の主な目的は感染を伝播させにくくすることである。
・治療開始から5〜7日以内に感染性は消失する。第一選択はCAMまたはAZMである。その他の薬剤(β刺激薬、ステロイド、鎮咳薬)は有効性が証明されていない。
・呼吸不全例ではECMOなどの集中的治療が必要となる。
予防
・2024年から5種混合ワクチン(DPT-IPV-Hib(ジフテリア/百日咳/破傷風/ポリオ/Hib))が定期接種となっている。重症化予防効果は1回目の接種後から得られる。
・濃厚接触者には抗菌薬予防投与がなされることがある。通常、CAMかST合剤がしようされる。
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<参考文献>
・Heininger U. Pertussis: what the pediatric infectious disease specialist should know. Pediatr Infect Dis J. 2012 Jan;31(1):78-9. doi: 10.1097/INF.0b013e31823b034e. PMID: 22217968.