ヘパリン起因性血小板減少症 HIT: heparin-induced thrombocytopenia

総論/疫学

・ヘパリン起因性血小板減少症(HIT: heparin-induced thrombocytopenia)はヘパリン投与開始後の血小板数が最高値から50%以上減少すること、ヘパリン投与開始後5~10日で発症すること、凝固亢進状態にあること、ヘパリン依存性血小板活性化IgG抗体が存在することを特徴とする。

・血小板消費の亢進、産生障害、破壊によって惹起されるような他疾患とは対照的であるが、免疫学的機序により生じるHITでは出血を誘発しないまま、むしろ逆説的に血栓形成傾向を呈する。換言すれば血栓形成傾向を惹起してしまうためにHITを早期に認識することは重要である。

・HITは入院患者5,000人あたり約1人に発生するが、患者集団によってもその頻度の報告にはばらつきがある。

未分画ヘパリン(UFH)を7~10日間投与されている患者で最もリスクが高い。また、心臓手術後には1~3%で発生するという報告もある。

・HITが確定診断された患者の約50%で血栓塞栓症が発生する。最も頻度が高いのは下肢の静脈血栓症および肺塞栓症であり、次いで末梢動脈塞栓症や脳卒中が続く。そのほか、脳静脈洞や腸間膜静脈などの血管に血栓塞栓症をきたすこともある。なお、心筋梗塞を発症することは頻度としては稀である。

・HITは通常、ヘパリン投与開始後5~10日の時期に認められることが典型的であるが、これは初回投与例でも再投与例でも同一である。なお、例外もあり、過去90日以内(通常は30日以内)にヘパリン投与歴がある患者では血小板第4因子(PF4)-ヘパリン複合体に対する抗体が持続的に循環している場合があり、ヘパリン再投与時に急速な発症を経験することがある(rapid-onset HIT)。この場合、ヘパリンボーラス投与後30日以内にアナフィラキシー様反応を呈することもある。

・通常は一過性の抗体が消失した場合(検査方法にもよるが中央値 50~85日)、抗体の再産生には少なくとも5日間程度かかる。また、一部の患者ではヘパリン中止後にHITを発症あるいは増悪することがあり、これをdelayed-onset HITと呼ぶ。これらの患者ではヘパリン曝露後最大3週間において血栓症を発症することがある。

・稀であるが、しばしば劇的な経過をたどる病型としてSpontaneous(自然発症型)またはAutoimmune(自己免疫型)のHITがある。これはヘパリン曝露を伴うことなく発症し、特に大手術後(例: 膝関節置換術など)や直近の感染症発症後においてみられる。通常のHITでは代替となる抗凝固薬開始後2~5日で血小板数が増加するが、Autoimmune HITでは数週間にわたり血小板減少が続くこともある。

病態生理

・HITは血小板第4因子(FP4)とポリアニオン(polyanion)の複合体における新たなエピトープを認識するIgG抗体によって誘発される。結果として血小板および単球の活性化を通じてトロンビン産生が促進される。このトロンビン産生の増加こそが臨床的問題を惹起する。したがって、血小板減少そのものが原因とはならない。

リスク因子

・HITのリスクは使用するヘパリンの種類や患者集団により異なる。

・未分画ヘパリン(UFH: unfractionated heparin)を使用している患者では低分子ヘパリン(LMWH: low-molecular-weight heparin)を使用している患者と比べて、HITの発生率は最大10倍高いとされている。

・また、HITは大手術を経験した患者においてより発症しやすい。

・一般的には女性の方が男性よりもわずかにリスクが高いとされる。

診断

・HITの診断はおもに以下の4つの特徴にもとづいてなされる。

  1. ヘパリン投与開始後の血小板数が最高値から50%以上の減少である
  2. ヘパリン投与開始5~10日後の発症である
  3. 血液凝固亢進状態である
  4. ヘパリン依存性かつ血小板を活性化するIgG抗体が存在する

・またHITにはスコアリングシステムとして4Tsスコアが検査前確率の評価において有用とされる。各項目は0~2点で評価され、合計点が4点未満であればHITの可能性は低い(陰性的中率 97~99%)。一方で、4~5点の中等度リスク群や6~8点の高リスク群ではHITの可能性がより高まる。

・HITを発症するリスクが高い患者(>1%)では典型的な経過を考慮すると、5, 7, 9日目時点で血小板数をモニタリングすることで大部分の患者を早期に認識することができる。

・HIT抗体検査はあくまで HITが疑われる患者においてのみ実施されるべきであり、スクリーニング的な実施には不適である。陰性的中率は高いが(98~99%)、陽性的中率が低い検査である。これは臨床的に無関係なHIT抗体も検出されるためである。なお、血小板数の減少があり、HIT抗体が陰性である場合は新たな血小板数減少イベントや血栓症イベントがない限り、抗体検査の再検査は推奨されない。なお、初回の検査で陰性であった場合で、その後に抗体が陽転化するケースのおおくは 臨床的に無関係な抗体を反映している。

・典型的なHITにおける血小板数の最低値(nadir)は40,000~80,000/μLであるが、減少があっても基準値内に留まることもある。また、患者の10%未満では血小板数の減少が30~50%に留まるとされている。なお、血小板数が20,000/μL未満まで低下することは稀であり、消費性凝固障害(consumptive coagulopathy)などの他の血小板減少の要因が併存する場合によりみられやすい。

・HITが強く疑われるケース、あるいは確定診断に至ったケースでは深部静脈血栓症(DVT)のスクリーニング目的で下肢静脈の超音波検査を行うことが推奨される。また、HIT患者で腹痛や低血圧がみられる場合には副腎静脈血栓症に伴う副腎出血を考慮する必要があり、また重度の頭痛を伴う場合には海綿静脈洞血栓症を疑うべきである。

治療

・急性期のHITの治療としては迅速なヘパリンの中止、代替となる抗凝固薬を治療用量で開始することが必要である。

・予防用量の抗凝固療法はたとえ血栓症が明らかでなくても、HITで生じる大量のトロンビン産生を抑制するためには不十分である。

 <ワルファリン>

・ワルファリンの使用は回避するべきである。

・ビタミンK拮抗薬(例: ワルファリン)はHITが解消するまで(例: 血小板数が15万/μL以上に回復し2日間安定するまで)は投与するべきでない。これはプロテインCを低下させることで、静脈性四肢壊疽、四肢切断のリスクが高まるためである。ビタミンK拮抗薬の開始時には代替の抗凝固薬との重複投与が必要となる。

 <アルガトロバン>

・本邦ではアルガトロバン(ノバスタン®)が保険適応を有している。アルガトロバンは直接トロンビン阻害薬である。前向きコホート研究の解析ではHIT患者においてアルガトロバンによる治療は血栓の新規発生、血栓症による死亡、血栓症関連の切断を複合エンドポイントとしたリスクを有意に低下させることが示唆された(血栓なしのHITではHR 0.33(95%CI: 0.20-0.54)。血栓ありのHITではHR 0.30(0.25-0.62))。

・アルガトロバンは重症患者においてしばしば使用され、半減期が短く、腎機能に依存しないため、用量調節は不要である。PT-INRに影響を及ぼす。

 <血小板輸血>

・HIT患者への血小板輸血は回避するべきである。出血リスクが非常に低く、輸血による血栓症リスクが増加する可能性がある。

 <DOAC>

・本邦のガイドラインでは「亜急性期HITA以降の患者にDOACを投与することを推奨する(1C)」と記載がある。血小板数回復後にワルファリンとDOACを比較した場合、DOACは血栓形成を抑制し、出血のリスクも小さく、ワルファリンに対して非劣性であることが示されている。ただし、急性期のHITに関する有効性に関してはさらなるエビデンスの集積が待たれる状況といえる。

・治療期間については臨床経過をみながら少なくとも3ヶ月間の治療用量での抗凝固療法が必要とされている。しかし、血栓症を伴わないHIT患者において、血小板数が安定化し(目安は15万/μL以上)、その後どの程度の期間を治療用量の抗凝固療法を継続するべきかについては明確な指針がない。

 <免疫グロブリン静注療法(IVIG)>

・高用量免疫グロブリン静注療法は血小板Fcγ受容体をブロックすることでHITに有効に作用すると考えられている。限定的なエビデンスではあるが、IVIGは出血と血栓症のリスクが高い患者、あるいは自己免疫型HIT患者において、抗凝固療法と併用する選択肢が挙げられる。

HITの既往を有する患者における心臓手術

・HITの既往を有する患者が心臓手術を必要とする場合、HIT抗体が消失するまで手術を延期し、その後にヘパリンを使用することは安全に可能である。

・緊急の場合には血漿交換療法を実施して抗体を除去するという選択肢もある。

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<参考文献>

・Greinacher A. CLINICAL PRACTICE. Heparin-Induced Thrombocytopenia. N Engl J Med. 2015 Jul 16;373(3):252-61. doi: 10.1056/NEJMcp1411910. PMID: 26176382.

・ヘパリン起因性血小板減少症の診断・治療ガイドライン. 日本血栓止血学会誌. (2025/04/23閲覧).

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